第97話


バイトに行って塾に行って結と連絡をしていたら結と会う日が迫っていた。

結は春のコンクールに向けてまたピアノを頑張りだしたので放課後にちょっと出掛けるくらいしかできてないが結と会う日は一日一緒にいれる。


その日は結の家についたらすぐにプレゼントを渡して誕生日を祝ってあげる予定だからそこが上手くいかないと後に響く。私は琴美とフロランタンを作りながらプレッシャーに感じていた。


「……明日大丈夫かな琴美」


生地を伸ばしながら私は不安に負けて聞いてしまった。フロランタンはクッキー生地にスライスナッツ等の具材をかけてキャラメルのような色になるまで焼くのでまずは生地を作っている。


「え、何が?」


琴美は私の感じているプレッシャーなんか理解すらしていない。琴美みたいになれたら良いのに私には無理だ。


「結にロマンティックな事言って喜ばせられるかなって意味」


「喜ぶに決まってるよ。結が喜ばないはずないよ」


「……そうかな。でも、私がミスらないようにすれば喜んでくれるよねたぶん」


明日になってほしいけど明日にならないでもほしい。私はエッチまでしてるくせに全く自信がなかった。


「泉大丈夫だよ。間違っても絶対喜んでくれるよ。前も琴美言ったじゃん、結は泉が大好きだから大丈夫なの」


生地の形を整えてオーブンに入れた琴美。あとは焼き上がるのを待つのだがそれでも何かもう今から緊張する。

以前も琴美の言った通り大丈夫だった時があったけれど、それと誕生日は訳が違う。


「……本当に平気かな?」


「平気だって!そんなに言うなら琴美ついて行ってあげようか?」


「いや、それはなんかめんどくさい事になりそうだからダメ」


この二人はよく揉めているしそんな大事な時に琴美がいたらトラブルが起きそうだ。私達は生地が焼けるまでとりあえず座って休憩する事にした。


「じゃあ、頑張ってね!琴美は泉に運命だよなんて言われたら喜んじゃうよ!結良いなぁ~」


琴美は私が考え抜いた台詞を羨ましそうに言った。結には改めて気持ちを伝えて結が運命の人だと伝えるのだが恥ずかしくてできるのか分からない。しかもバラの花持ってやるなんて、なんかもう不安しかない。


「運命とかドラマで聞いた事しかないけど恥ずかしくない?しかも花持ってやるって……気合い入りすぎて引かれたらどうしよう……」


「えー?引かないよ。すっごいロマンティックじゃん!琴美してもらいたいから平気だよ!琴美だったら嬉しすぎて抱きついちゃう!」


「琴美はそうかもしれないけど相手は結だよ?…反応が読めないよ私。結そういうのやられ慣れてそうだし、笑われて終わったら私恥ずかしくて死ぬよ」


結ならキモいとか普通に言いそうだもんなぁ、バカってよく言われるし。私がため息をついていたら琴美はにっこり笑った。


「もー、泉心配しすぎ。絶対大丈夫だよ。少なからず無反応な事はないから。琴美が突撃するといっつも怒ってるけど絶対反応してくれるし、無反応じゃないだけましでしょ?」


「まぁ、極論そうだけど……」


無反応ほど辛いものはないからましだけど、私がうじうじしていたら琴美は立ち上がった。


「もう次やるよ?泉はとりあえず大丈夫だから覚悟決めて頑張ってね!」


「うん、分かった」


前も琴美が大丈夫って言ったら大丈夫だったし、もうぐだぐだ言うのはやめよう。私達はお菓子作りを再開した。

フロランタンは特に失敗する事もなく上手くできた。味見のために食べてみたけど味も大丈夫だったし琴美にはお礼を言って結のために可愛くラッピングした。


明日はどう転ぶか言ってみないと分からないけど腹を括って言おう。

私は夜に台詞の練習をした。


何回練習してもこの運命という台詞はくさくてたまらない。練習の時点で恥ずかしかった。私が美人とかイケメンなら許されて輝く言葉だと思うけど私は一般庶民だ。なのに結は私の運命の人だ!なんて……琴美これで大丈夫なのか。



私はもう諦めて寝る事にした。もう考えても仕方ない。明日の時点ですでにあとの祭りなのだ。

悩んでいたのに朝は爽快に目が覚めた。いつもなら二度寝するのが多いのに今日はすぐに目覚められた。


今日が来てしまったのか。朝はまず花屋に向かわないと。私は身支度を済ませてから結へのプレゼントを持って家を出た。今日は予定があるから直接結の家に向かうと言ってあるからその前にバレる事はない。

私は琴美に教えてもらった花屋でピンクのバラを買うと結の家に向かった。


綺麗に包んでもらったけど緊張する。プロポーズでもないのに何でこんな緊張してるんだ。私はドキドキしながら台詞を頭の中で繰り返しながら歩いた。

何回繰り返したか分からないところで結の家に到着する。私は鏡で今一度身支度を整えてからインターフォンを押した。


ここまで来たら絶対言う。やるぞ。私はやる。


気合いを入れて結の部屋まで案内された。あとはドアを開けてサプライズで喜ばせてあげるだけだ。あぁ、緊張する。大丈夫。大丈夫だ。琴美も大丈夫って言ってた。


私は深呼吸をしてからノックして声をかけると後ろに花束を隠しながら部屋に入った。部屋に入ると結はピアノを弾いていたみたいでピアノを弾く手を止めて私を見た。


「早かったね」


「うん」


「ちょっと気になるところあるからそこだけ少しやらせて?」


「あぁ、全然いいよ」


「ありがとう」


結はピアノに向き直ってピアノを弾きだした。花束はばれていない。しかしタイミングを逃してしまった。私はとりあえずお菓子と鞄だけテーブルに置いて結の後ろの方に近づいた。ここにいればばれないがすぐ終わるだろうか。


結は同じフレーズを何回か弾いている。それにしても今回も難しそうな曲なのにすらすら弾いていて何が気になっているのか分からない。

私は後ろから結を眺めていたら結はいきなり演奏をやめた。



「ごめん、ありがとう。もう大丈夫」


「あ、そうなの?全然いいよ」


ビックリしたなぁと思っていたら、結は立ち上がって私に振り向いた。


「今日はなにする?あ!その前に医学部のまとめたやつ見せてあげる。忘れてた」


結はハッとしたように自分のデスクに向かって行こうとしたから慌てて止めた。もう渡すなら今しかない。


「ゆ、結!待って!」


「え?なに?」


結の手首を掴む。絶対分かっていない結に私は緊張しながら後ろに隠していたバラの花束を差し出した。結は驚いていた。


「あの、これ…。こないだのおうちデートの時誕生日だったんでしょ?だからお祝いしたくて買ってきた」


「……別に、よかったのに……」


「ダメだよ。結の誕生日は祝ってあげたいし。それに、私がクリスマスのお祝いとプレゼント交換しようって言ったから言いずらかったよね?しかも結の誕生日知らなかったし。……本当ごめんね。付き合ってるのに」


付き合っているのにそんな事も知らない私は致命的なミスを犯していた。誕生日を祝わない恋人はいないだろう。怒っても良い事なのに何も言わない結はいつも通り優しい。


「私は、一緒にいれれば良かったから……そんなに気にしてない」


結は照れているのか視線を逸らした。


「クリスマスのプレゼントも貰ったし、一緒にいれたから……良い誕生日だったから。……それに、祝ってもらうのを催促するみたいで嫌だったから言わなかっただけ」


「結の誕生日なら喜んで祝うよ。だいぶ遅れちゃったけどごめんね?誕生日おめでとう結」


「……うん。……ありがとう」


「あとさ……………………」


私は過ぎてしまった結の誕生日を祝ってから台詞を言おうとした。しかし、あとは言うだけなのにここに来て更にドキドキしてしまった私は台詞をど忘れしてしまった。どうしよう、思い出せない。散々練習したのに忘れた。ロマンティックな事を言って結を喜ばせないといけないのに焦って緊張して何も出てこない。私は形振り構ってられなくて結にバラの花束を握らせて結の手の上から手を握った。


とにかく気持ちを伝えれば少なからずは喜んでくれるはずだ。私は緊張しながら何も考えていない状況で口を開いた。



「あと……こういうの柄じゃないと思うんだけど結が好きだって聞いたから買ってきたんだ。結のために結の好きなお菓子も作ったんだよ。それで、その……皆に祝ってもらったかもしれないけど……あの、生まれてきてくれて本当にありがとう。結と出会えて付き合う事ができて本当に幸せだよ。これからもよろしくね結。大好きだよ」


私はとにかく思い付いた事を言い切った。

なんか、ロマンティックな事言えなかったかもしれない。しかし自分が言った事も忘れるくらいまだ焦ってドキドキしていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る