第98話


しかし、結は私を見つめていたのにいきなり顔を下げて俯いてしまって何も言ってくれなかった。この反応はやはり引かれたのか?どうしよう。なんかもっと言った方が良いのか、それとも謝った方が良いのか分からない。それよりも手汗をかいていた事を思い出して結から慌てて手を離した。


「あの、ごめん!めっちゃ手汗かいてた。気持ち悪かったよね?ごめん本当に…」


もしかして何も言ってくれないのは手汗のせいだったのか?うわぁ、本当にまじで最悪だよ。服で軽く拭いたけど緊張のせいでベタベタだ。いっそキモいとか言ってくれたら良いのにもうダメだ。私はなんかもうどう反応したら良いのか分からなくて困っていた。


「あのさ、あのー……その……」


どうしよう。何したら正解なの?私が焦っていたら結は私にキスをしてきた。いきなりキスをされた私は反応できなかった。


「……いきなり真面目な顔しないで」


「え?」


結はそう言って私にそっと体を預けるように抱きついて顔を隠してしまう。


「……熱くなるから…」


「……うん、ごめん…」


つまり引いてないって事?私はいきなり色々起きすぎて困惑していた。えっと、結が反応してくれなかったのは嬉しくて困ってたって事で良いのかな?今の状況的にそうだよね?それしかないよね?私は自分に問いかけながら結を抱き締めてみた。


「あの、嬉しかった……かな?今日はバラもそうだけど……結の事喜ばせたくて実は台詞みたいなのも考えたんだけど緊張して忘れちゃって。……私なんかくさい事言ってない?」


もう言ってしまったからばらしても問題ない。さっき言った事を断片的に思い出してきたけど大丈夫だったよね?不安が無くならない私に結は強く抱きついてきた。


「……変じゃないし、嬉しいし…喜んでるから。こういう事されて喜ばないはずないでしょ」


「そっか……。よかった本当に…」


台詞はもう思い出せないけど上手くいって良かった。あんなに練習したのに忘れる自分を殴りたいが結が喜んでくれたならもう気にしない。私は照れている結をしばらく抱き締めてあげた。


結はその後強く抱きついてきていたが自分から離れると私があげたバラを花瓶に差し替えてもらっていた。

そしてソファにあるテーブルに置いた結は少し嬉しそうにそれを眺めていた。このピンクのバラは結のイメージに合っている。私は結に笑って話しかけた。


「このバラ結みたいで可愛いね」


「…はぁ?」


眉間にシワを寄せられたけど嘘じゃない。


「なんか暖かい感じの淡い色が結みたいだし綺麗で可愛いじゃん」


「……あっそう」


どうでもよさそうに答える結は照れているようだ。今日は素直に喜んでくれないらしい。


「琴美が教えてくれたんだよ。結が好きだって。本当に可愛いから私もピンクのバラ好きになった」


「花も分かってないくせに……」


「そりゃそうだけど、結が好きなら私も好きになるよ」


揚げ足を取られた気分だけど好きな人が好きなら自然と好きになるはずだ。私は可愛らしいバラの花に顔を近づけた。


「それにさ、なんかお花の良い匂いするし見てるだけで癒されるよね」


私は匂いを嗅いでから顔を離すと花びらに軽く指で触れた。花とか普段は全く無縁だけど結がこういう可愛いものが好きなんだなぁと思うと見てるだけで嬉しくなる。

手を引っ込めようとした私の手を結は握ってきた。


「……誕生日遅れて祝ってるんだからバラの話なんかしてないで私の事喜ばせて。……さっきのじゃダメだから……」


強く私の指を握って私を睨んできたと思ったら目を逸らしてしまう結は花にまで嫉妬したみたいだった。

とても喜んでくれたのに拗ねさせてしまったようだからまた喜ばせてあげないと。私はちょっとあぐらをかいて足を崩すと結を呼んだ。


「結ここ来て?」


「……」


結は無言のまま私の足の間に来るが私に視線は向けてくれない。私は手を握りながら結の顔を覗き込んだ。


「好きだよ結」


「……バカ」


私はやっと私を見てくれた結に口づけてからくさい台詞を言った。


「結の事はバラよりも好きだよ。バラよりも綺麗で可愛くて良い匂いがする結が好き」


私は何度かキスをして体を抱き寄せる。バラなんか比じゃないけどさっきので拗ねてしまうのがいじらしい。結は抱きつきながらちょっと怒っていた。


「バラよりも好きでいてくれないとムカつくから。ていうか、好きじゃなかったら殴るし…」


「結が拗ねるから言ったの。バラより絶対好きだよ」


「私は拗ねてないし…」


明らかに拗ねている態度をする結にもう一度キスをした。下手な強がりは可愛くて好きだ。


「本当に?」


「……私がそんな子供みたいな事するはずないでしょ」


「じゃあもっとバラの話しようよ?このピンクのバラの事もっと知りたい私」


純粋に結が好きだから知っておきたいのに結は否定してきた。


「……したくない。誕生日祝ってくれるのに…」


「えぇ?ちょっとだけじゃん。このバラ私好きなのに。しかもこんなに綺麗で可愛いのにケチだなぁ」


やっぱり拗ねている。それを再確認した私はどうしようかなと思っていたら結に頬にキスされた。


「私の前で私以外にそういう事言わないで」


もう隠せない気持ちを全面に出してきた結は耳を赤くしながら顔をしかめていた。たかが花の話なのに胸がぎゅっとなってしまう。


「ただの花の話だよ?なんでそんなに怒ってんの?」


私は結に顔を寄せて笑いかけた。私の彼女は花にまで怒ってしまうくらい嫉妬深い。結は間近にきた私から目を逸らさなかった。


「……私は泉の彼女だもん…。私にしか言ってほしくないそういう事……」


「いつも結にしか言わないじゃん」


「……今言ってた…」


「ふふ、もーごめんね?キスするから許して?」


私は子供みたいな結にキスをしてあげた。最初から舌を絡めながらキスをして唇を離すと結はねだるように私の服を引いてきたからまたキスをする。手を強く繋ぎながら結とのキスを味わった。熱い舌を絡めて結の口内をまさぐって結を感じさせてあげると結は顔を火照らせていた。


「機嫌は直った?」


「……直らない」


これで大丈夫かと思った私は甘かった。結は私の体をソファに押し倒してきた。私を見下ろす結は険しい顔をするくせに可愛らしい。結は益々拗ねたように呟いた。


「……全然直らないから。……最近あんまり一緒にいれないからキスも、スキンシップもしてないのに…すぐに直らない」


「じゃあもっとしよ?」


私の上に乗ってきた結の頬に手を伸ばす。我が儘な結も可愛らしい。結のこういう部分を知っているのは私だけだ。結は私の手を掴んで小さく脅してきた。


「ちゃんとしないと殴るからね」


「え?こういうのちゃんとも何もないじゃん」


結を抱き締めながらベッドの縁の肘掛けの部分に頭を乗せる。目と鼻の先にいる結は私の手を離すと頬や耳を触りながら顔を近づけてきた。


「まだ?触らないの?」


「触るよ」


間近に来た結にキスをして抱き締めた。頭を優しく撫でて綺麗な髪に触れる。変わらない感触に癒しを感じる。結に触れていると私の方が嬉しくなる。しばらくそのままでいたら結は少し嬉しそうに話しだした。


「あんな事言われるなんて思ってなかった……」


「ん?さっきの?」


頷いた結は私を照れたように見つめる。


「生まれてきてくれてありがとうとか、私と付き合って幸せとか、……私の台詞だし。……しかも、なんかドラマみたいで恥ずかしい」


「あぁ、やっぱり?なんか喜ばせたかったのに台詞忘れちゃったから緊張してて。とにかく結に気持ちを伝えようとしてたんだよ…」


今冷静に考えると普通に生きてて言わないような台詞かもしれない。くっさい台詞を言ってしまった自分がちょっぴり恥ずかしい。結はそれでも笑ってくれた。


「でも、嬉しかった。真面目な顔して言ってくるからすごいドキドキしたし……、気持ち…伝わった…」


「うん。喜ばせてあげられて良かったよ」


台詞を忘れた時はどうしようかと思ったが結のこの表情が見れて良かった。私達は自然と顔を寄せてキスをして笑いあった。そして、結は私のすぐ横に体をずらすと抱きつきながら囁いてくれた。


「私も幸せ。……泉と付き合えて本当に幸せ。出会えて良かったって思ってる」


「じゃあ約束ちゃんと守れてるね私。安心した。でももっと喜ばせてあげるね」


結を抱き締めてまたキスをする。私よりも結を喜ばせてあげないといけないのに、結に嬉しくされて目的を見失うところだった。私は結の上に移動して深く深く結にキスをした。


「はぁ……んっ……はあ……泉…あっ、いずみ……」


「結、……んっ……はぁ…」


結の腹や太ももを触りながら頬を撫でる。結のくぐもった声は私を刺激する。この声を聞くと気分が高まってしまう。唇を離すと結は頬を撫でていた私の手を掴んだ。


「すぐそうやって触る……」


「え?だって結の事好きだから触りたくなるだもん」


こないだしたし今日もしたらしすぎって怒るかもしれないから、今日はしない予定だったんだけど若干キレてる結から手を離した。


「……何で離すの?」


しかしまたキレられてしまった。もうよく分からなくなってきた結の反応に私は困りながら手を戻す。


「触ってていいの?」


「ダメなんて言ってない……」


ダメより意味合いのある言葉だったけれど良いみたいだ。ややこしい結だ。


「分かりましたよ。結もっとキスしよ」


もう少し素直になってくれたら分かるのに私がまだまだなのか。私はそんな結を愛しく思いながらキスをした。


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