第90話



「何これ?……なんでちゃんと保湿とかしないの?」


さっきよりも感情的な結に悪い事をした気分になる。私は苦しい言い訳をした。


「いや、してるんだけどこの時期は荒れやすくて…」


「だからってここまで荒れないでしょ普通。どういうケアしてんの?本当ありえないんだけど。ちょっとソファに座ってて」


有無も言わせない結はかなり怒っているようだった。こんなつもりじゃなかったのに。結は自分のデスクに行ってしまったがとにかくソファに座らないと怒ると思うから座ろう。


私がソファに座って待っていたら、結は普段よりも更に険しい顔をして私の横に座った。


「手出して」


「え、はい……」


言われた通り両手を差し出す。顔怖いし声も怖いしどうしようこれ。怯えていたら結はさっきデスクから取ってきたと思われるカップの蓋を開けた。


「これあとであげるからちゃんと毎日塗らないとぶん殴るからね」


結は私を脅しながらカップの中のクリームを手に取ると私の荒れた手に両手でクリームを塗ってくれた。怒ってるくせに行動が優しいから笑ってしまう。


「ありがと結」


私の荒れて汚い手に丁寧にクリームを塗る結の手を一瞬握ってお礼を伝える。ここまでしてくれるのは照れくさいが嬉しい。でも結の怒りはまだまだ消えないみたいだ。


「この手荒れをどうにかしてから言ってくれる?女なのに……こんなに手荒れさせるなんて信じらんない。これじゃ痛いでしょ、もう少し自分の事考えたらどうなの」


刺々しい口調の割りに手つきは優しくて私の手を労るようにクリームを塗ってくれる。優しいのに優しくない対応は少し心苦しい。


「ごめん」


「どうせハンドクリームも適当にしか塗ってなかったんじゃないの?」


「うん、……そうです」


「本当に信じらんない。夜は多めに塗って手袋して寝るとだいぶよくなるから手袋もあげるからちゃんとやってよ」


「うん、分かった」


言い訳すらできない私はただ頷くだけだった。ここで言い訳したら更に怒りそうだし結の言ってる事は間違ってないから反省しないと。それにしても結の指は手荒れすらしていなくて綺麗で、なんかちょっとドキドキする。

普段から結の手にこんなに触れる事はないし、触れられる事もない。奉仕されてるような感覚は恥ずかしくもあるが、結の指は細くて綺麗で柔らかいから握ってしまいたくなる。手が包まれている感じがたまらないのだ。


しかし、握ったら怒ると思うからじっとしていた。今でさえ怒っているのにこれ以上怒らせたら投げられた時並みに痛い事をされそうだ。


「……」


無言でクリームを塗ってくれる結に私は話しかけようと思った。このドキドキをどうにか静めたい。


「あのさ、次のおうちデートなんだけど……いつ空いてる?」


手荒れのせいで誘えていなかったデートを決めるなら今が良い。結は私に視線をくれずに答えた。


「……こないだ約束した日がいい。あと、その日できたらお泊まりしたい…」


「それは全然いいよ。私は大丈夫。それよりさ、二十九日って……その日なんかあるの?」


この日を指定する結はなんかこだわっているように感じる。当日になれば分かるがこうやってこだわられるとやっぱり気になってしまう。何かあるのかなと思った私に結はごもっともな理由を口にした。


「……海外に行くからその日に会っておきたいだけ」


「あぁ、そうなんだ。そりゃそうだね。じゃあちゃんと空けとく」


「うん。手荒れも治してよね」


「分かってるよ。結といちゃいちゃできないから頑張るよ」


こんな手荒れのせいで結に触れないなんてごめんだ。デートが辛いものになってしまう。楽しみなデートに少しにやけていたら結はなぜか更に顔を険しくした。


「……私は手が荒れてても気にしないから」


クリームを塗り終わった結はカップの蓋を閉めると両手で私の汚い手に触れる。それにまたドキッとしてしまった。


「酷い手荒れだけど泉なら気にしないし……私は触れてたい。……でも、さすがにこれは気にするか…」


「そりゃ、……まぁ、ね?……この手で触ったら痛いっていうか、ザラザラすると思うし」


「それで琴美の事を撫でなかったって訳。……バカみたい」


見透かされていて苦笑いしてしまう。結は片手で指を絡ませながら手を握ってくると私を見つめる。


「頭撫でて」


「え?でも、今は手が…」


「いいから撫でて」


「…うん」


急な要望に戸惑うが結は私を気に入らないような顔をするから汚い手で頭を撫でた。全てお見通しな結は私を気にしないようにさせたいのか?私には上手く汲み取れないが結が満足するまでやろう。しばらく頭を撫でていたら結は横向きのまま私の胸に凭れてきた。


「…いつもみたいに触って」


「え?……でも……」


結の綺麗な手で汚い手を握ってもらっているが自分から触れるのは躊躇してしまう。行動に移せないでいたら結は握っていた手を強く握ってきた。


「気にしないから触って」


「う、うん…」


いつもみたいにしている事を頭で改めて考えてしまう私はなぜか緊張していた。結はなんか怒っているのか?私は軽く結を抱き締めてから頭を撫でて髪に触れる。だけど手荒れのせいで結の綺麗な髪が私の指に引っ掛かってしまう。私は丁寧にそれを外してから腰に手を回すと空いている結の手の上から手を重ねた。


「痛くない?」


こんな手で触られるのはいい気分とは言えないと思うのに結は満足そうに笑った。


「うん……」


「よかった」


私は気にしすぎていたのだろうか。よく考えれば結はこんな事で嫌がるような人じゃない。結は行動でそれを教えてくれたみたいで嬉しくて笑ってしまった。結にはしてもらってばっかりだ。結は私に密着するようにもぞもぞ動いてくっつくと小さく呟いた。


「……これで私が独り占め」


その呟きがあまりにも嬉しそうだから私は結の顔に顔を寄せた。可愛い呟きの意味を知りたい。


「独り占めってどういう意味?」


「……そのまま。デートから二人の時間がなかったし……泉はその手でも私だけ触ってくれるから…」


結も気にしてくれていたのか。二人の時間がなかったから結は寂しくなっていたんだ。私は結を呼び掛けて何度かキスをした。


「手荒れが酷かったから誘えなくてごめんね。本当はおうちデートも早く誘いたかったんだけどこの手じゃなって思って」


結が良く思わない。私はそう思って何も行動しなかった。私の結は綺麗で可愛いから触れるのさえ考えてしまうのだ。


「そんなの私が気にする訳ないでしょ。ていうか、こんなに酷くなってるなら相談したりとかしてくれる?気づかなかった私の方が申し訳ないし…」


「うん。ごめんね結」


まだちょっと顔が怒っている。もっと怒られるかもしれないと思いきや結はため息をついた。


「……はぁ、……もっと強く抱き締めて」


「え、うん。分かった。…こう?」


機嫌の悪そうな言い方に即従った。結をこれ以上不機嫌にはできない。華奢な結を強く抱き締めてあげると結は私に顔を向けて目を閉じてきた。なるほど、そういう事か。キスのおねだりに私は何度もキスをしてあげた。


最初は軽くリップ音を立てながら啄んでいたけど次第に深くねっとりとしたキスに変わっていく。結は途中から手を離すと私の首に抱きついてきた。


「結…んっ……はぁ……結……」


もっと深くキスをしたくて結を抱き締める力は緩めない。結もそれは同じみたいで私から離れないように強く抱きついてきた。


「はぁ……泉……んっん……はぁっん……あっ!んっ……んっ!んんっ…」


「結……んっん……はぁ」


「いっ……ずみ……はぁ、あぁっん……んんっ…泉……はぁっ」


「結……待って……」


長いキスは舌が絡まって唾液が溢れてきてしまっている。結を汚してしまうそれに私は離れようとしない結を離れるように制止の声をかけた。結は口の回りを唾液で汚しながら私を熱く見つめる。


「…はぁ、…なんで?」


間近にいる結は唇のふちから顎にかけて唾液が垂れているのに気づいていないようだ。蕩けた顔も可愛いなと思いながら私は唾液を舐め取った。


「垂れてるよ」


「んっ……。そんなの、いい……」


「だめ。そんなに良かった?」


私は笑いながら結の胸を服の上から揉んだ。舐めただけで感じた顔をされると誘われてるみたいで興奮する。結は身をよじらせた。


「んっ!……ちょっと、いきなり……触らないで…」


「だって結見たら触りたくなっちゃって。もう少しやらせて?」


私は腕を掴んで弱々しく止めようとしてくる結の首筋にキスをしていやらしく舐めた。結はそれだけで感じているようだった。


「あっ!…んっやだ…!…んっ…はぁ…」


「結気持ちいい?」


普段は中々言ってくれないそれが聞きたい。結の胸を揉むのをやめると私に抵抗しようとしている結の手を握って強引にキスをした。今日はできないけど結を感じたい。


「んんっ!……いずみぃ……はぁ……んっ」


「結……もっと……もっとキスしよ……」


舌を吸ったり絡めたりして口内をまさぐる。結は切なげな声を漏らしながらキスを受け入れた。

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