第47話


二人の演奏が終わると私は拍手をしながら褒め称えた。結への恋心のせいでドキドキが消えないけどこの場でときめいているのがバレたら恥ずかしいからとにかく笑って誤魔化した。


「凄いよ二人とも。すっごい楽しかった!ワクワクして本当に感動した!本当に上手だね、弾いてくれてありがとう」


ピアノをあまり理解していないからありふれた素人の感想しか言えないけど二人は笑ってくれた。


「ありがとう泉!誉めてくれたね結」


「そうだね……。ていうか、琴美アレンジし過ぎ。私合わせるの大変だったんだけど」


一切大変そうな素振りを見せなかった結はウザそうに琴美に言ったけどそんなにアレンジをしていたのか?私にはよく分からなかった。


「そんなアレンジしてたの?」


私が聞くと琴美はにっこり笑う。


「久しぶりに弾いたから適当にやっただけだよ」


「適当って、あんた最初からアレンジして作曲してたじゃん。昔からだけどもっと曲に沿えないの?」


呆れ顔の結に私は全然気づかなかったけど琴美は原曲をかなり無視して弾いていたみたいだ。あんな心を楽しませる楽しい演奏をしたのに分かる結からしたらそんな曲だったのかと思うと知らない自分は聴きたいと言ったけど無知なのを実感する。


「でも楽しかったじゃん!泉も楽しんでくれたし」


「まぁ、それはそうだけど…」


「結とピアノ弾くの久しぶりだったし琴美も楽しかった~。結はピアノちゃんと練習してるんだね?前より上手くなってる」


琴美はにこにこしながら言ったそれに結は少し驚いたような表情をしてから顔をしかめる。


「私は……日課みたいに毎日弾いてるから」


「ふふふ、昔と一緒だね結は。結は卒業したら海外の大学に行くの?」


「え?結、海外に行っちゃうの?」


琴美の言葉に驚いた私は聞かずにはいられなかった。結ならあり得る話だけど海外に行ったら結に会えなくなってしまう。


「まだ考えてないから何とも言えない」


でも結は私達の質問に珍しくはっきり答えなかった。結は頭も良いし何だってできるだろうから将来は選びたい放題だろう。私は結の返答に少し安心はしたけど寂しかった。結はやっぱり遠い存在だ。今は一緒にいられるけど私と結の違いなんて一目瞭然で結が私とはるかに離れた所に行ってしまうのは考えなくても分かる事だった。


「そっか。琴美もまだ決めてないけど結は海外行くと思ってた。ん?あれ?ちょっとごめんね」


琴美は突然ポケットに入れていた携帯を取り出して弄りだす。バイブレーターの音がしたから何か連絡が来ていたのだろうか、琴美は携帯をしまうと立ち上がった。


「琴美今日ヴァイオリンのレッスンあるの忘れてたから帰るね。先生怒ってるみたい」


急ぐ様子も見られない琴美はいつもみたいに笑って言うから私も結も呆れてしまった。琴美だから仕方ないかと思うけど結は本当に大きなため息をついた。


「琴美、普通レッスンの日を忘れる?本当に昔からバカで頭が痛いわ」


「だって泉の事で頭がいっぱいだったからしょうがないじゃん。また遊ぼうね?結も泉も」


「うん、琴美頑張ってね」


理由が単純でそれにも呆れている結をおいて琴美は鞄を持つと私に近寄ってきて一瞬抱き付いて離れる。そして私に恥ずかしげもなく言った。


「泉大好き。じゃあね二人とも」


結に告白した身として琴美の言動は二人ならまだしも結の前じゃ気まずい。結は鋭い目線を私達に送ってきて私は内心怖くて動揺していた。蔑むウザそうな目線はちょっと傷つく。


「さっさと行けっつーの」


「行くもん。泉また朝に迎えに行くね?」


「あぁ……うん。じゃあね」


琴美は笑顔で部屋を出て行ったけどいきなり抱きつかれてあんな事を言われて、私はどうする事もできずに結に睨まれた。琴美がした事なのに何でこんな事に…。


「見せつけてる訳?」


「え?そんな訳ないじゃん。琴美いつもああだから」


「……あっそ。それより勉強始めるから」


「あっはい、分かりました…」


風の早さで答えたけど結の気に障ったようだ。告白してるのに他の人と仲良くしてたらね、と思うがもう余計な事を言わないように頑張んないとまた殴られたり足踏まれて悪態をつかれる予感がした私はその後の勉強を死ぬ気で頑張った。



勉強会は琴美がいなくなったおかげか早めに終わった。今日も結の教え方は素晴らしく分かりやすくて私は分からないところが全てなくなった。それに結のおかげで勉強は全部嫌いで苦手だったけど嫌いじゃなくなったし苦手でもなくなったから本当に結様々だった。



「今日はありがとう。あとは自分で頑張るね」


後片付けをして部屋を出る前に私は結にお礼を言った。今日は琴美がいきなり来たから何か買ってきたりはできなかったけどその分しっかり感謝は伝える。


「別に、ちゃんと忘れないように勉強しなよ」


「うん、分かってるよ。今回もこの調子なら大丈夫そう」


「……」


結にしっかり頷いて答えたのになぜか結は表情を歪めていきなり黙った。琴美が帰ってから普通だったんだけど私は最後の最後で何かまずったのか?何も言わない結は視線を下げてしまっているから私は気まずく思いながら訪ねてみた。


「……あのさぁ、結?どうかした?」


苦笑いしながら結の顔を覗き込むように見る。突然どうしたんだろう、不安に思っていたら結は私に視線を向けてくれたけど怒っているのか気に入らないのか、とにかく負の感情を持っていそうな顔は私を益々不安にさせる。


「……明日、勉強するの?」


いきなりの結の問いかけに私は焦り気味に頷いた。


「するする、絶対するよ。家から一歩も出ずに勉強する予定」


「あっそう、その事なんだけど…」


「え?なになに?」


「……」


明日の予定は嘘じゃないし本当に一人で頑張るつもりだけど何か疑われたりしているのか?聞き返しても結は私を睨むように見てまた黙った。こんなに結が黙るって、ちょっとまずいの?墓穴掘った?でも、どこでやらかしたか分からない。結はなぜか口を開かないし私はとにかく謝るべきなのだろうか?内心狼狽えていたら結はやっと口を開いた。




「……今日、泊まっていかない?」


「……ん?え?今日?」


随分黙ってからの結の誘いに拍子抜けした。そんな事かとほっとしたけど誘うような表情じゃなかったよ。もう少し分かりやすくしてほしいものだと思っていたら結は耳を赤くしながらさっきよりはましな顔をした。


「……明日、勉強するだけでしょ?だから別にいいかなって……。私がまた教えてあげるし……やだ?」


「いや、全然嬉しいけど、…あの、一応私、結に告白してる身だから……その、二人きりだし、結の方が嫌じゃない?」


結が好きだから私は喜んで誘いを受けたいけど結と二人きりで一夜を過ごすとなると話は別な気がする。結は友達として言っているのは分かるけど結に嫌な思いは絶対させたくない。


「私に何かするつもりはないでしょ?」


確信を持っているような結は少し恥ずかしそうに私を見つめる。私はもちろん頷いて答えた。


「当たり前だよ。結が好きだから襲ったりとか、そういう事はしない」


同意がないのに何かをするなんて自分勝手な気持ちの押し付けは私にはできない。私は結の気持ちを、結が好きだから大切にしたい。もちろん結の体も含めて。


「……泉がそういう人だって知ってるから私は嫌じゃない。それに、最近……あんまり二人でいられないから……たまには、二人でいたいし…」


結は顔を赤くしながら私の服の袖を掴む。あの約束の事もあるし素直に結がこう言ってくれるなら私は頷くしかない。


「そうだね、じゃあ泊まるよ。お母さんに連絡するから待って」


「うん……」


携帯でお母さんに連絡を入れておく。結と二人なのは確かに久しぶりだった。最近はずっと琴美がいたし二人で話す事も少なかった。嬉しい状況だけどこれから結と一緒となると私の心臓が持つかどうか、ドキドキしすぎて死ぬかもしれない。現に今も結にこう言われて、こんな表情をされると好きな気持ちが強くなって私を普通じゃなくならせる。


どうにか結の前では落ち着いて変に見られないようにしないと。

私が結にときめいていたら結は私の服の袖を引いた。


「今日は一緒に見たいと思ってたミュージカルがあるから、それ見たいんだけど…」


結の少し恥ずかしそうな物言いは普段とは違うけど私は喜んで頷いた。


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