第34話


次の日から結は学校に来た。

怪我が痛いとは言わないけど普通にやって来た結に本当に大丈夫なのか千秋と一緒に詰め寄って聞いてしまったけど結は呆れたように大丈夫と言うだけだった。


あれから普通に今まで通り授業を受けて昼休みにお弁当を食べて皆で話したりするけど琴美ちゃんとの接触はない。

それに安心はするけど私はあれから皆に対して距離を感じるようになってしまっていて、話していても上の空だった。


結に対しての恋心は消えないし結を見てると最近は苦しくなる時もあって私は昼休みにいつものベンチによく逃げていた。少し季節は暑くなってきているけどあそこは日陰だしそれだけで涼しく感じる。


そうやって日々を過ごしながらバイトも頑張っていたけど最近は嫌な事続きで、今日のバイトは最悪だった。


「お待たせしました。こちらミートドリアとアボカドシュリンプでございます」 


「それがさぁ、こないだのあれが……」


「ええ?そうなの?でもそれって…」


私が両手に料理が乗った皿を持って客席に向かったのにおばさん二人は声も聞こえていないかのように喋り続けている。というかテーブルの上は頼んだ物や取り皿でぐちゃぐちゃだし微妙に残ってるから下げれないし退かしてくれないと置けないんだけど、何をそんなに夢中に話す事があるんだろうか。私はイライラしてキレそうだった。


笑顔で少し待ってみてもこちらを見もしないしいつもこんなに皿とか広げて汚く食べてるの?しかも普通に無視って何かもう色々人として引くけど、とりあえず置けそうな所に無理矢理置いた。

こういうやつに限って美人とかでもないくせに話す事が山程あって羨ましいわって皮肉に思うけどいい大人が話しかけてるのに無視って大丈夫なのか?こんなやつしか来なくて私はうんざりしながら今日もバイトを頑張って終了して休憩室でご飯を食べていたら遠藤さんがやってきた。遠藤さんもご飯を食べるみたいだった。


「泉ちゃんお疲れ~、一緒にご飯食べよう?」


「あ、はい。どうぞどうぞ」


私の隣に座った遠藤さんは今日はパスタみたいで早速美味しそうに食べだした。


「泉ちゃん、結ちゃんいつ来るの?やっぱり来ないって?」


遠藤さんはあれから結を気に入って結の事や私の学校の事について聞いてくるけど結に聞くのを忘れていたのを思い出した。


「あっ、すいません聞いてません」


「えぇ?酷い!泉ちゃんのロッカーの鍵捨てるよ?」


遠藤さんは不貞腐れたように言ったけど本気そうで怖い。ロッカーの鍵は基本開けっぱなしだけど捨てられたら困る。


「え、それ絶対やめてくださいよ?店長にキレられそうだし」


「えー?結ちゃんに言ってくれないと捨てちゃう。それかキッチンで衣付けて揚げてもらう」


遠藤さんは穏やかに優しい顔で言ったけど本当にいつも発想が斜め上過ぎておやおやしてしまう。鍵を揚げるってどんな生活してんの普段。美人だから許すけど、私はそれでも一応釘を刺した。


「近い内に聞くから絶対やめてくださいね?誰かに怒られますからそれ」


「はーい、分かりました~。泉ちゃん結ちゃんとは最近遊んだりした?」


「え?あぁ、そうですね、こないだミュージカル見に行きましたね」


遠藤さんの質問に普通に答えただけなのに遠藤さんは目を輝かせていた。


「えぇ!何それさすがお嬢様だね。メルヘンじゃん、楽しかった?」


「はい、めっちゃ楽しかったですよ。私感動して泣いちゃって結にバカにされました」


「結ちゃんさすが!ぶれないね~、早く会いたいな~」


遠藤さんは笑いながらまたパスタを食べるけど私はあの日写真を撮っていたのを思い出して携帯で写真を遠藤さんに見せてあげた。


「その日写真撮ったんですけどこれですよ結」


「えっ!?……超可愛いじゃん…」


結と一緒に撮った写真を見た遠藤さんは驚いて真面目なトーンで言ってきた。反応が少し笑えるけど遠藤さんは結を食い入るように見つめた。


「聞いてた話とのギャップが酷くてビックリだけど結ちゃん本当にお嬢様なんだね。風貌からオーラが出てるよ。これは可愛すぎ。私から花丸一万点」


綺麗な笑顔で点数言われても反応に困るけど遠藤さんはいつもこんな感じだから私は普通に笑って流した。


「…花丸とかよく分かんないけど可愛いですよね。人間として作りが違いますよね」


「うんうん!もー益々会いたくなっちゃった!泉ちゃん絶対結ちゃん連れてきてね?」


遠藤さんは嬉しそうに言うから私は笑って頷いた。これは絶対言わないといけなくなったけど今の状況で言い出すのは気まずくて嫌だった。


どうしようかなと悩みながら私はその日帰ってからお風呂に入って寝る準備をしていたら結から連絡がきていた。


[今週か、来週の週末にうちに来ない?]


結からの唐突の遊びの誘いに私は何て返せば良いのか悩んだ。最近はあんまり結とも話していないし二人きりになるのが嫌だった。前みたいに上手く話せない。だけど断るのも結に悪く感じる。私は沢山遊んで思い出を作ろうって言ってしまったから嘘はつきたくない。

私は今週の土曜日に遊びたいと返した。そしたら結は二つ返事で承諾してくれたけど私は何だか気が乗らなかった。



次の日も私は席の近い千秋と話して昼はベンチに逃げて一人で過ごしていた。やっぱり一人の方が楽だ。そこまで結の事とか考えなくて済むし気まずい思いをしながら会話をする事もない。

私は一人で足を伸ばしながら弁当を食べていたらこちらに誰かが向かってきて私の隣に座った。私はそれに心底驚いた。私の隣に座ってきたのは琴美ちゃんだったからだ。


「……泉ってさ、結の何なの?」


琴美ちゃんは私に笑顔で聞いてきたけどなぜここに来たのか、質問の意味も分からない。しかも私の事を知っているように呼び捨てをされて驚く。一体なんなんだ?可愛らしく笑う琴美ちゃんは何を考えているのか分からない。


「……いきなり何なの?」


私は結を殴ったこいつを許せる訳がないのでいきなり話しかけられても嫌悪感を感じて不審に思った。そんな私に琴美ちゃんはバカにするように笑った。


「結の回りをうろうろしてるなーと思ったら、一人でいる事もあるし面白いなって思って」


「は?関係ないじゃん。私あんたの事嫌いだから話しかけないでくれる?」


こいつ喧嘩売ってんのか?と思いながら私はもう無視する事にして弁当を食べ始めたら琴美ちゃんは鼻で笑った。


「ふっ、泉って面白いね。琴美は結構好きだよ。でも、本当にウケる」

 

「はぁ?」


もう反応したくなかったけど意味分かんなくて反応してしまったら琴美ちゃんは笑っていた。


「結と友達ごっこしてるんでしょ?泉の家は会社を経営してる訳でもないのにキモい。結の家が目当てなの?まっ、それは違うか。泉は可愛いもんね?」


余計なお世話だと思ったけど琴美ちゃんはそれだけ言うと立ち上がってすたすたどこかに行ってしまった。

何なのあいつ。何しに来たのか意味分かんないしイライラするしムカつくし可愛いとか訳分かんない。


私はいきなり接近してきた琴美ちゃんにイライラしながらその後も授業をこなした。

私をただからかいに来たのか分からないけど腹が立つ。結が標的になってまた殴られたりしないのであれば良いけどあれは流せそうにないかもしれない。

私はその日から悶々とムカつく琴美ちゃんについて考えていたら結との約束の日が来た。



今日も結の家の最寄り駅で待ち合わせていたら高級車で現れた結の車に乗り込む。こうやって結と二人きりでいるのは何だか久しぶりに感じた。


「今日は何するの?」


私は最近話していなかった結にいつも通りを心掛けて聞いた。別に喧嘩とかしたんじゃないから気まずくなりたくない。結は今日も可愛らしいけど態度や表情は二人でいる時のままだ。


「……ピアノとか色々」


「ピアノか~、楽しみだな。あれから聴いてないし。凄いやつ期待してるね?」


「……うん」


私はピアノをまた聴けるのが楽しみだった。結の家に着いてから結の部屋まで来ると結は早速ピアノを弾く準備を始めた。

私は邪魔にならないように結の斜め後ろ辺りに椅子を用意して待機する。


「結、なに弾くの?」


「英雄ポロネーズ」


「英雄?何か凄そう。頑張ってね」


どんな曲かは聴いてみないと分からないけど私はワクワクしながら待っていると結は鍵盤に指を置いて美しい姿勢のまま指を動かした。


その曲は序盤は静かに盛り上がっていくような軽やかな爽やかな印象があったのに途中から私も耳にした事がある曲だった。

華やかで貴族達が躍り出すために作られたようなメロディーは一つ一つの音が綺麗で聴き入ってしまう。力強くもあり穏やかでもある繊細な音は私を虜にする。

そんな演奏をする結はすました顔で指を流れるように忙しなく動かしていて、これも難しい曲なのかもしれないけど結はそんな事を感じさせないくらい綺麗にピアノを弾く。


その姿が優美で目が離せずに虜になってしまっている私は大して何か思われている訳ではないのにまた惹かれてしまっていた。



結は本当に凄い。こんなに素晴らしいピアノを弾いて友達もいて綺麗で可愛いのに私みたいなぱっと出の友達になりたての女が何を望んでいるんだ。

ピアノを聴きながら私は自分が恥ずかしかった。

惹かれるだけ無駄だし私は結の中では低い位置にいる人間だし、これがバレたら関係はなくなるだろう。でも、どうやったら諦められるのか分からない。


一緒にいればいるだけ私は結に惹かれてしまう。私の初恋は止まってくれない。



結が演奏し終わると私は拍手をした。結に見惚れている場合じゃない。


「超凄かったよ結。この曲聴いた事あったけど良い曲だね。本当に良かった」


「……これは私も好きな曲だから」


「そうなんだ。私も気に入ったこの曲。弾いてくれてありがとう」


「……別に」


演奏は本当に良かった。私は振り返って言った結に笑いながら言ったのに結はすぐにピアノに向き直ってしまった。また何か弾いてくれるのだろうか。私は楽しみに思いながら話しかけた。


「次はなになに?またちゃんと黙って聴いてるね」


次も凄いやつなんだろう。何だろうなと思いながら演奏が始まるのを待っていたのに結は演奏を一向に始める気配がない。手は膝に置いてしまっている。


「結?ピアノ弾かないの?」


「……ピアノ何か、どうでもいい」


「え?」


小さく呟いた結は眉間にシワを寄せなが私を睨んできた。


「最近、何なの?……昼休みは一人でどっか行っちゃうし、千秋が一緒にご飯食べようって言ったら断ったんでしょ?何で?」


あぁ、だからこんな顔をしているのか。やっぱり最近の私に結が何も思わない訳がない。私はこうなってしまうかもしれないとは思っていたけど、いざなると何て言ったら良いのか分からなかった。確かに千秋の誘いは適当に断っていたけどたまに皆とは食べたりはしていた。でも、急に私が避けるみたいにしたから気になったんだろう。


「それは、別に……気まぐれみたいなもんだよ。私いなくても良いじゃん。皆いれば楽しいでしょ?」


私は努めて明るく言ったけど結は益々顔をしかめた。

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