第29話
そして、今日は待ちに待った体育祭だ。
朝からよく晴れていて良い体育祭日和だった。朝からジャージに着替えて開会式等を終えると早速競技が始まる。
最初はリレーだから結と聡美が出るだろう。五十メートル走みたいだけどあの二人は早いんだろう、競技を決める時にリレーに即決まっていた。私は千秋と一緒に席に座りながらリレーを眺めていた。
「泉ちゃん、次は聡美ちゃんが走るよ」
「え?どこ聡美?」
「あそこだよあれ!」
隣に座っていた千秋は指を指して聡美がいる場所を教えてくれたけど行く前は眠そうだったしやる気がなさそうだったけど大丈夫かな。
「あ、あれか聡美。聡美やる気なさそうだったけど大丈夫かな」
「聡美ちゃんさっき面倒臭いって言ってたからね。でもすっごく運動できるから一位だよきっと」
「そんなヤバイんだ聡美」
千秋はこう言ってるけどあのやる気のなさからだと考えられない。でも走り出した聡美を見て私は驚いた。
「え?早っ!」
聡美はやっぱりぶっちぎりに早かった。一人だけ異様に早くて本当に驚いていたら聡美が一位で終わってしまった。
「すっごく早かったね。やっぱり聡美ちゃんが一位だったし」
「う、うん。てか、めっちゃ早くない?何あれ、ビックリだよ。聡美あんなに運動できるんだね」
「うん。聡美ちゃんいつもあんまりやる気ないんだけど運動は凄いんだよ。体操もすっごく綺麗だし、ラクロスもやっててラクロスも凄いんだよ」
「へぇ、そうなんだ。聡美何も言わないから知らなかったよ」
千秋は嬉しそうに話してくれたけど体操もラクロスもどんなもんか私には分からない。でも、たぶんあれだけ走れればヤバイのは分かる。しかしあのやる気のなさと協調性のなさで運動してるとか浮いてそうだな聡美。全く気にもしていないだろうけど。
「あっ!次結ちゃんだよ」
「おっ!本当だ」
千秋は私の腕を掴んで教えてくれたけど結は涼しい顔をして位置についていた。結もどうせぶっちぎりだろう。リレーが始まると私が思った通り結は走り出して間も無く聡美同様にぶっちぎっていた。
さすが結、見なくても分かってたけどもう本当に結って運動も勉強もよくできてもはや引く。格差社会を身に染みて実感する。何もできない私は底辺のゴミじゃんと思いながら悲しんでいたらリレーが終わった。
その後も競技が続いて騎馬戦や借り物競争、ムカデや綱引きが続いて私が参加する競技が無事終わってほっとしたのも束の間に結との二人三脚になった。
これは絶対に勝たないとならない。私は前の競技の時にトイレに行ってたから早めに二人三脚の競技が始まる場所で結を待っていたら結は背の高い遠目からも分かるくらいイケメンと話ながらこちらに歩いてきた。短髪の目鼻立ちがはっきりしたイケメンは結と話しているだけで遠くから見てもお似合いのカップルみたいで傷つくけど一体誰なんだろう。もしや大悟君か?結が男と歩いてるのを初めて見た私は動揺していた。
彼氏はいないって言ってたしそもそも付き合いたいとか良いなと思った人がいないって言ってたけど、本当なのか疑うくらい仲睦まじい感じだから見ていられなくなって私が目線を逸らそうとした時に結は私に声をかけてきた。
「泉!お待たせ。じゃあ、私はこれから二人三脚だから」
私の元にやってきた結はイケメンに振り返るとにっこり笑って言った。イケメンのジャージを見ると宮本と名前が書いてあるけど私には全く誰か分からない。イケメンは爽やかに笑った。
「あぁ、じゃあ、またあとで。頑張ってな」
「言われなくても。もう競技始まるから早く戻ったら?」
「分かってるよ」
結に言われて宮本はすぐに自分のクラスに戻って行ったけど誰なんだろう。気になるし結と仲良さそうで少し癪だ。私は思いきって聞いてみた。
「今の誰?もしかして彼氏?」
ちょっと笑って言ったら結は一瞬真顔で私を睨むと大きくため息をついた。
「彼氏な訳ないでしょ。勝手に決められたウザい許嫁。話してるとイライラすんのに勝手に話しかけてきたの」
結は作った顔で穏やかに言ったけどこれはキレている。というか、やっぱり宮本が結の許嫁の大悟君みたいだけどめちゃめちゃイケメンじゃん。これは結に気がなかったとしても何か始まりそうな予感がしてしまう。しかし、結がキレるなんて大悟君は結に何かしたのだろうか。
「結……なんか、怒ってんの?」
私は小さな声で聞いたら結は作った顔で笑った。
「あいつ、男のくせに俺は人見知りで口下手だから私が話しかけてくれると嬉しいとか言ってきてイライラしてるの。人見知りって言われて泉はその人と仲良くしたいと思う?」
大悟君はどうやら結の逆鱗ワードに触れたらしい。以前の私を思い出してしまうけど私はとりあえず結に聞かれた事に自分の思った通りの事を答えた。
「思わないかな?人にもよるけど、いきなりそんな事言われてもで?ってなる」
すると結はまたにっこり笑った。その笑顔は何だか怖かった。
「そうだよね。いきなりそんな事言われたらそうなって当たり前だよね。大体言う前に直す努力はしたの?って感じだし、直らないとしても別に人に言う事じゃないよね?何のアピールか意味が分からないしかまってほしいから言ってるとしたらよっぽど魅力的じゃないとかまうなんて無理な話でしょ。そもそも魅力的だったり楽しい人はそんな事言わないし、いい年して呆れるわ」
結はキレているだろうけどそんな事感じさせないくらいにこやかに言った。結の言っている事は非常によく分かる。これに関しては私も言ってくる人に対してだからなに?っていつもなってしまうけど何を求めているのか分からない。承認欲求からなのかって思うけどそう考えたらかなり面倒臭い人だし、だったら接客のバイトするなり何かして改善したら?って思うけど何もしてない人ばかりだ。
可愛い自分に言い訳したいのは分かったけど回りって案外冷めてるし結みたいに達観してる人からしたら引いて終わる。しかもこれは人見知りに限った話じゃない。今回はたまたま人見知りってワードになったけど自慢話もそうだし自虐ネタもそうだし悪ぶって何か言うのもそうだ。これらは言い方を選ぶ。
何か求めてるなら言った後に言えば良いのに相手の反応を期待して待っているから意味が分からないし相手を好きじゃなかったら結みたいな反応が返ってくる。
大悟君は結が好きそうだけどこれは脈なしと言うか、脈マイナスって感じだ。これには大分安心した。
ていうか、自分が言われたらなんとも思わないんだろうか?本当に何とも思わなかったらその思考回路に引くけど。
「結の気持ちはめちゃめちゃよく分かるけど、もうそういうやつは相手にしない方がいいよ。とりあえず今は二人三脚を一位になって怒りを晴らそう」
私は結を落ち着かせるように肩をぽんぽん叩くと結は大きくため息をついて小さく笑った。
「それが一番かもね。絶対勝つからね泉」
「うん!頑張ろ」
それから二人三脚の競技の準備に入ってから自分達が走る位置に結と私の足を結んで待機する。
クラス対抗でバトンを繋いでやる二人三脚のアンカーは私達になっているから私は一番目に走り出した人達を見て緊張していた。上手くいくだろうか。誰もやりたがらなかったから結がアンカーをやると言い出したけどアンカーって重要なポジションだ。私は走っている人を不安になりながら見つめていた。
「泉?どうしたの?」
「え?いや、ちょっと緊張してきて」
私はいきなり横から話しかけられて結との距離の近さにどぎまぎした。足を結んでるからお互いに密着するのは仕方ないけど結との普段より近い距離は私の心臓に悪い。でも結はいつも二人でいる時みたいに笑ってくれた。
「大丈夫だよ。あんなに練習したんだから練習の時みたいにやれば大丈夫だよ」
「う、うん。ありがとう結」
「落ち着いてやれば平気だから。ほら、もうすぐ私達の番」
結の笑顔に少しほっとするけど照れないように気を付けながら歩きだして位置についた。うちのクラスは今の所二位だけど一位とどっこいどっこいだ。それでも絶対に勝ってやる。私はバトンを受けとると結と一緒に走り出した。
結の肩を掴んで結は私の腰に手を回して走り出すけど練習の時のように上手く走れている。他のクラスと横に並んでいる感じだけど頑張れば絶対に一位を取れる。結との約束を守りたい。私は柄にもなく本当に一生懸命ゴールまで走った。結が勝ちたいって言ったから絶対に私も勝ちたい。
ゴールまで走りきった私は一生懸命で一位になったのか、ならなかったのか分からなかった。ただ息を切らしていたら
「B組一位です。A組とD組も頑張ってください」
と司会からの声が放送を通して聞こえた。
「勝った……勝った!勝ったよ!結一位だ!!やったー!!」
「ちょ!ちょっと!!」
放送の声に疲れて息を切らしていたけどテンションが上がって跳び跳ねようとしたら結が体制を崩して私に凭れかかってきた。私は慌てて受け止めたけど自分も体制を崩してしまって手を付いて尻餅をついた。
「いった~。結大丈夫?ごめん嬉しすぎて興奮しちゃって」
「嬉しいのは分かったけど落ち着いてくれる?」
「ごめん、本当にごめん。怒んないで?」
結は私にのし掛かるような体制で思わずドキッとしてしまったけど若干素の表情でキレていたから慌てて一緒に立ち上がると足を結んでいた紐を解いた。
「結、どっか痛くない?ぶつけてない?」
最終的に転んでしまったから私は結の体を注視した。何か足捻ったりとか打ったりとかしたら大変だ。結は若干耳を赤くしながら否定した。
「私は大丈夫。…それより勝てて良かったね」
「うんうん!本当に!頑張って良かった!やったね結」
怪我がなくて安心したし本当に勝てて良かったから思わずにこにこ笑ってしまったら結もにっこり笑ってくれた。
「うん。泉と勝てて良かった」
「……私も。また思い出できたね?」
結があまりにも嬉しそうにするから私は一瞬見惚れてしまう。普通に言ったけど結に変だとか思われなかったか内心焦っていたら結は耳を赤くして頷いてくれた。
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