第3話


「泉?一緒にご飯食べよう?」


しかしなぜかまた結が話しかけてきた。お弁当であろう袋を持って私の元にやって来たこいつをどうしたら良いんだろう。下手な事を言えばまた足を踏まれかねない。ていうかこいつとご飯何か食べても気が休まらないし楽しくないだろ。昨日知り合ったのに何言ってんだろう。


「……あー、私は…あの…」


「あぁ、昨日の所?うん。じゃあ昨日の所で一緒に食べよう」


え?何か断ろうとしたのに強制的に食事を一緒にしなくてはならないみたいだ。結は私の手を笑顔で引いてきた。


「ほら、早く行こうよ?今日は二人で食べるって約束だったでしょ?」


「……あ、うん。そうだったね」


こんな堂々と嘘言われると引くけど結の態度を見るとなぜか信憑性があって私が約束を忘れたのかもしれない錯覚に陥る。これは一体なぜ?私また暴言言われるのかな。断る権利は私にはないので苦笑いしながら結に手を引かれて付いていった。私の理解の範囲外の結に何をされるのか校舎横のベンチに着くまで私は不安だった。


校舎横のベンチに着くともう人はいなくて本当に私達だけになった。ここは中庭とかに比べると大きな木が何本か生えていて花壇の花が綺麗だけど年中日陰でじめじめしてるし行くのに少し歩くから学生でよく来てるのは私くらいだ。

はぁ、折角の憩いの時間が昨日契約を結んだヤクザのような女によって奪われてしまった。


「あー、疲れた」


結はさっきまでの話し方も笑顔も止めて昨日みたいにダルそうにベンチに座った。でも足を綺麗に揃えて足を広げる事もなく姿勢を正して上品に座る姿はお嬢様な事が滲み出ていて発言と行動が合っていなくて動揺する。私も仕方なく間を開けてベンチに座ったがここに来た理由がよく分かんない。だけど私は結に話しかけた。


「あのさ、私昨日の事絶対言わないし何かよく分かんないけど監視してるとかだったら無駄だから別にお昼は…」


「あんたさぁ、さっきの何なの?」


「え?」


結はキレているかのように言いながら弁当を開けて食べ始めた。さっきのって思い当たりはあるけどどれか分からない。でも、こいつの気に触ったんだろう。最悪。私は考えながら結と同じように自分の弁当を開けた。


「えっと……HR前の事?」


「はぁ?」


「あー、ごめん。……えっと……じゃあさっきの一緒にお弁当食べようってやつ?」


「チッ」


え?違うの?私は弁当を食べながら考えたけどもう分からなかった。え?どれ?あと何か気に触るような事した?その時くらいしか関わってないと思うんだけど。私が悩んでいたら結はため息をついてから言った。


「さっきの数学の授業だよ。分からないってどういう事なの?」


予想外な結の発言は聞いても私を悩ませる。何かダメなの?分からないってどういう事ってそのままの意味なんだけど…。私はまた怒らせる可能性を感じながら口を開く。


「…考えても分からなかったから分からないって言ったんだけど…」


「何で分かんないの?」


「いや……私バカだし塾とかも行ってないし、考えても全然分かんなかったんだよ」


何で分かんないってこんな頭の良いお嬢様には私の頭の悪さは理解できないんだろうが分からないもんは分からないんだ。

結は舌打ちをすると私を睨んだ。


「じゃあ聞けば良いでしょ?何で聞かないの?」


何か益々怒っているような結になぜか後ろめたさを感じるが私はそれをする予定だったんだ。こいつが今日来なければ。


「あー、聞くつもりだよ?今日ここで自分なりに問題をもう一回やってみてから先生に聞くつもりだったんだけど…」


「そうじゃなくて友達とかに聞けば良いでしょって言ってんの」


そう言う事か。それができたら苦労しない。昔クラスメートに聞いた事があるけど驚いて怯えられて気を使わせるだけだからやめたんだ。こいつに友達の話何てしたくもないけど私は言った。


「私は仲良い友達いないし、聞いても困るだろうからいつも先生に聞いてんの」


「はぁ?私がいるだろうが」


「え?」


え?益々理解できないんだけど。おまえバカかみたいに言ったけど昨日のあれはそんな本気だったの?本当にあれだけで友達になったの?本当に何?理解できなくて固まっていたら結はまた大きなため息をついた。


「昨日友達だって言ったの忘れたの?琴美のせいでああなったけど私はね、適当な事は言わないの。私が言ってる事は全部本気だし本当。確かにあんたの事は全然知らないし寧ろあんたの家の会社名すら知らないけど友達になった以上これから知っていけば良いし私はあんたとこれからずっと友達でいる予定だから。ていうか、私の友達なのに勉強ができないって言うのは許容できないわ」


めんどくさそうに言われたけど結はお節介と言うか根は良いやつなのかもしれない。言い方と態度は悪いけど。


「近いうちに勉強教えてあげる。私の友達が勉強ができないなんてあり得ないし。連絡先教えて?」


「え、…あぁ、うん」


結は携帯を取り出すと携帯を揺らして早くしろと急かしてきた。私は焦って携帯を出す。とにかく勉強を教えてくれるみたいだけど私お金とかこいつに比べたらカス程持ってないけど大丈夫なの?何か請求されたら嫌だし連絡先を交換しながら私はどよめいていたけど一応確認した。


「……あのぉ、悪いけどお金とかあんまり持ってなくて何か求められても払えないよ?」


「は?私があんたに何か求めるとでも思ってんの?私の事誰だと思ってんの?」


何かまた怒らせたみたいで肩身が狭い。怒らせるつもりはないんだけど何でこんなに怒るんだろう。とりあえず謝ろう。何されるか分からない。


「ごめん。何か余計な事言ったわ」


「チッ……」


舌打ちはされたけど許されたみたいだ。何となく思ったけどこれが結の普通なのかもしれない。

連絡先を交換し終わって弁当を黙々と食べていたら結は弁当を食べながら私を見た。


「まぁでも、素直に分からないって答えたのはまだマシだわ」


「……だって分かんなかったからねぇ」


「でも次分かんないって言ったら投げ飛ばす」


意外にも誉めてくれたのが心底驚いてちょっと嬉しかったのに地に落とされた気分だよ。さっき言う事は本気で本当って言ってたし私はもうこの先分からないと言えない。あの痛みを思い出すと言いたくもない。


「…頑張って分かるようにするよ」


「はぁ、……あんた分かってんの?」


結は綺麗な所作で箸を置いた。私には全く結が分からない。ため息つかれて何かウザがられてるのは分かるけど、結は捲し立てるように言った。


「あのねぇ、あんたは質疑応答できてないって事だからね?先生は三角形の角度を聞いたの、あんたの気持ちとかを聞いてる訳じゃないの。でもあんたは角度じゃないけど答えただけ答えないよりはマシだって話。素直にああ言うのは良い事だしあんたの気持ちを聞かれてるならあれで良いけど、角度を聞かれたら分からなくても自分なりに答えを出して角度を答えるのがマナーでしょ。授業だったとしてもあれはコミュニケーションの一環で聞かれた内容の主旨に沿って答えないとただの自己満の痛いやつに成り下がるのを理解しろって言ってんの」


「……何か、結って真面目なんだね」


あんな授業の質問の事なのに結は人と話すと言う事の本質を理解しているような感じがした。あんな小さな事で根底の隅から隅まで理解して悪いとも言ったけど良いとも言った。キレやすいけど広い視野を持って真面目に物事を考えているんだろう。頭が良いだけある。

結は私の言葉に意味分からなそうな顔をした。


「あんた分かったの?」


「え、うん。あれは授業だけどそれ以前にコミュニケーションだからちゃんとしたコミュニケーションをしろって事でしょ?」


「そこまで分かって何で私が真面目になんの?……あんたってよく分かんないわ」


私なりに答えた回答は合っていたみたいだけど結にこんな事は言われたくない。気持ち悪がる結に私は弁当を食べながら言った。


「だって、あんなちょっとした事なのにそこまで考えてるとは思わなくて」


「話す事はちょっとした事じゃないでしょ」


「ふふ、そうだね」


態度も口も悪いのに結は中々人間味のある情熱的なやつなのかもしれない。


「笑うな」


結はウザそうに言うと私の肩を殴ってきた。

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