毎日が予定外です 1

 見事にぽかんとしてしまった私を見て、閣下は困ったように微笑んだ。


「そんなに意外だったかな?」

「た、大変失礼をっ」


 私ってば、お城から迎えが来る可能性を分かっていたはずなのに、すっかり失念していた。


 けれど誰か来るにしても、研究室の……たとえばルドルフさんとかジョディさんだとばかり思っていた。

 まさか公爵閣下自らが現れるなんて。


 だって公務ですら範囲限定で。邸に、というか奥様のそばにばかりいたがる閣下が! 

 身軽すぎるよ、トラウィスのやんごとなき御方々……やっぱりこの人も、あの国王陛下の叔父上だということか。


 閣下が動くよりは、むしろ陛下が現れたほうが驚かなかったかもしれない、などと、礼の姿勢を取りながら考えてしまう。それに。


 ――違うって、思いたかったんだけどな。


 ふと浮かんだ疑念をどう判断するかまだ決めかねていると、閣下は私の肩越しに室内を窺った。


「犯人や仲間は?」

「えっと、仲間なんて……あの、今ここにいるのは私だけです。閣下こそ、まさかお一人ですか?」


「犯人」には違いないだろうけれど、犯罪者呼ばわりがしっくりこないのは、私が多少なりとも事情を知ったからだ。

 色々とモヤッとしながらも、私は私で閣下の背後をきょろきょろと確認する。


 国王陛下と違って、専属の護衛が四六時中びったり張り付いているわけではない。けれど、数少ない王位継承権持ちの王族だ。長距離の移動で全くの単身ということはありえない。

 なのにここにいるのは公爵閣下だけで、玄関の向こうにも誰の姿も見えないのは妙だった。


「ああ、彼らは目立たないようにして、家の周りに散ってもらっているよ。大人数で押しかけて犯人を刺激したら、君たちが危ないだろう? その点、私一人ならば、話くらいはできるだろうと思ってね」

「それは、一理ありますが」


 逃走対策でもあるよ、と穏やかに微笑みながら説明してくれるけれど、普段からSPが付くような身分の人が単身乗り込むなんて、きっと前代未聞。


「まあ、リィエしかいないのなら、要らぬ用心だったみたいだね」

「結果的にはそうですが、閣下のような身分の方が自らなさるなんて、反対されましたでしょう?」

「多少はね。でも、私はこう見えてそんなに弱くないし」

「強い弱いの問題ではないと思います」

「私の心配してくれるのかい? もちろん、丸腰じゃないよ」


 そう言うと閣下はジャケットを捲って、脇に下がるホルスターをちらりと見せる。

 じゅ、銃ーー! なんかちょっと膨らんでいるとは思ってた、それか! いや、護身にも必要だろうけど! 


「誘拐犯に後れを取るつもりはないけれど、一応ね。でも君たちしかいないなら、これの出番もないな」

「あ、そ、そうですね。ハイ、大丈夫ですっ」


 護衛の皆さんは、城内では目立つように剣を装着していて銃は隠しているし、私はモデルガンだって触ったことなくて、実は本物を見たのも初めてだ。


 なんというか、武器って生々しい……自分に向けられているわけでもないのに、落ち着かない気分になる。


「でも……私一人じゃなかったとしても、トラブルにはならなかったと思いますよ?」

「おや、そうなのかい?」

「はい」


 私が「お城に帰してほしい」と言ったなら、きっとダレンさんは渋りながらも、無理に引き止めはしないんじゃないかという気がする。


 だってあの人は、私に負い目を感じている節があるから。

 そんなふうに思う必要はないのだけれど、こういうのは周りが言ってもあまり意味がない。自分で落としどころを見つけない限り、うまく切り替えられないものだと知っている。


 私自身、もっと早く出火に気付けたらと悔やまない日はなかった。

 そんなのは無理な話だ、君のせいじゃない――そういろんな人に言われて頭で理解しても、心が納得できなかった。


 だから、ダレンさんの罪悪感が昇華されるまでは、「被害者」である私が頼めば最終的にはきっと折れてくれると思う。ずるい、嫌な考え方だけど。


 実際に『魔王と聖女』を攫ったのは罪だから、長引かせるのは誰にとってもマイナスしかない。

 事件も事故もクレーム対応も、解決は早いほうがいい。


 とはいえ、閣下にそれを察しろというのは無理だし、プライベートなことを含む事情を他人の私が勝手に明かすことなんてできない。


「君たちを攫ったダレン・カーディフェウストが、すんなり引き渡しに応じるという根拠は?」

「卵も私も、昨日からこれまで一切危害は加えられていません。それに」


 彼が私達をここに連れてきた理由はそれだけじゃない。

 あの人が仕出かした事実は、なかったことにはできない。でも、そうしないと危ない状況だったという、もう一つの理由がある。


「お祭りの会場で、卵を狙った誰かが待ち伏せしていて」

「ほう?」

「それで急遽、避難というか、追手を撒いてここに来た、という事情もありまして」


 たとえ最初から攫う予定だったとしても、それ以外の原因もあったのだ。

 私の話に、公爵閣下はあごに片手を当てて考えるポーズを取る。 


「証拠は? その不審者が誰だったか分かる?」

「いえ、気付いてすぐに逃げましたので」


 あの場に犯罪者が入り込んでいた、というのは万全の警備体制にケチをつける物言いだ。

 収穫祭が国をあげての行事である以上、主催側として無条件ですぐに同意もできないだろう。


「連絡できず、申し訳ございません。この家には通信手段がなくて……それに、卵を狙った相手の正体が分からない状態で不用意に出歩くのも危険で、こちらから出向くことも」


 場所も無事も伝えられず、お城の皆に心配をかけている自覚はあったので、深々と頭を下げる。

 気を取り直したらしい閣下の声が、頭の上から聞こえた。


「いや、リィエが謝ることじゃない。……ところで、卵の様子はどうだい?」

「え? あ、あの、多分、元気です」


 不審者の件を保留にした急な話題転換で言葉に詰まった私に、公爵閣下は首を傾げた。


「多分?」

「今日はよく眠っていて、ずっと静かなんです」


 でも、さすがに眠っている時間がいつもより長いかも……そろそろ、起きて。いや、眠っていたほうがいいのかな。

 どうすべきか迷いながら、今も静かなままの卵を抱き直した。







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