収穫祭の長い一日 3

「聖女や魔王には直接関係がないかもしれない、だが他に手がかりが本当に無いんだ。頼む、会わせてくれ!」


 必死さは疑いようもないが、ここにいない相手に会わせられはしない。

 立ち上がった王太子にガクガクと揺さぶられつつも、陛下はなんとか言葉を発する。


「じ、事情は分かった」

「なら!」

「だがな、妖精に関することなら魔女の範疇だろう。尋ねてみたのか?」


 陛下のその問いに王太子の勢いは止まり、言葉を詰まらせる。


 魔女は、ある分野において突出した魔力を持つ者で、人の中では『魔王』に近い。

 妖精とのつながりが深く、取り換え子についてなにか知っている者がいるとしたら、それは魔女だけだろう。

 しかし、魔女に相談など、真っ先に考え付いておかしくない。


「もしかして、ミルトラに魔女は一人もいないのか」

「さ、探してはいる!」


 魔女は国によっては迫害される場合もあるが、逆にその能力を欲した権力者が己の元に抱えようとする国もある。

 ミルトラ国がそうで、魔力を持つ者は王宮官吏として召し上げ、中央集権化する政策を続けている。


 あいにく魔女達は束縛を最も嫌う。

 取り込まれるくらいなら、国を捨てて去るだろうことは想像に難くない。

 結果、見つからないからこそ、こうして『魔王と聖女』に一縷の望みを託して来たのだろう。


 トラウィス国は比較的放任主義で、魔術や魔法なども分散傾向にある。ゆえに、ミルトラを含め、他国から移り住んで来る魔女もいる。とはいえ。


「そうか……でも私も、魔女がどこにいるか知らないしな」


 国で魔女の人数や居所を把握しているわけではない。むしろ魔女達とは一線を引き、お互いに見て見ぬふりをする関係だ。

 表向き、いないのと同じである。


「だから、聖女達に会わせてくれと頼んでいる!」


 隠すな、と噛みつくような勢いで陛下に詰め寄るが、さすがに王太子が相手では誰も制止できず、宰相もおろおろと手を上下させるばかり。


「残念だが、フレッド。聖女と魔王はどちらも不在だ」

「大聖堂でもそれらしい人物は見かけなかったな。離宮や保養地にいるのか? 祝賀会や晩餐会などどうでもいい、私は行くぞ」


 いや王太子、どうでもよくはないだろう。

 類は友を呼ぶ、という言葉が頭に浮かぶ。同行してきた隣国の宰相の苦労を察し、ここにいない相手にいささか同情を覚えた。


「それがな……」


 陛下はちらりとこちらを窺って言い淀んだが、それもほんの短い間だけだった。


「実は、先程の神事をしている間に攫われた」

「は?」

「聖女と魔王は現在、誘拐犯とともに絶賛行方不明中だ」


 薄緑の目を大きく見開いた王太子の、陛下の服を掴んでいた両手がずるりと下がる。そのまま、崩れるように床に座り込んでしまった。


「……ジュリアン」

「なんだ」

「使えねえ!!」

「返す言葉もない」


 悔し気に握りこぶしで床を叩くが、毛足の長い絨毯ではさほど音も立たない。

 気抜けした腕を陛下に引かれ、王太子はぐったりと椅子に掛けた。


「しかしあれだな、ミルトラは王家の息子で、トラウィスは聖女と魔王か。なんだ、誘拐が流行りなのか」

「ふざけるな、私は真剣だ」

「ふざけてなどいない。こっちだって国がかかってるんだ」

「私のほうは妖精による不可抗力だ。誘拐犯に隙を与えたお前と一緒にするな」

「あ? なんだと?」


 内容はさておき、学生じみた応酬である。

 またも周囲から無言の催促を受けて、一触即発の空気を漂わせ始めた二人に、仕方なしに話しかけた。


「失礼。王太子殿下、本当に手掛かりは何一つないと?」

「あ、ああ、嘘は言わない。我が国の魔術大師にも確認させたが、追跡可能な痕跡は残されていなかった。だが、身代わりに置いていかれた石が妖精国の産出であるのは確かだ」

「なるほど……しかしながら、殿下。協力するのはやぶさかではありませんが、私共もそういった事情で暇ではなく」

「無償とは言わない。情報で前払いさせてもらう」


 苦い顔で乱れた髪を掻き上げて、王太子は一つ息を吐いた。


「二ヶ月前の晩に、卵が襲われたろう」

「はあ? その事を知っているとは、黒幕はお前か?! ちくしょう、信じていたのにっ」

「待て、早まるな! 私じゃない、弟だ!」


 突然の告白に今度は陛下がいきり立ち、先程とは形勢逆転である。

 しかしこれでは話にならない。早々にご着席を願う。


「陛下、お静まりを」

「ふぐっ」

「ふおぉ、室長ってば陛下の首根っこ掴んで席に戻したぁ……」

「ついでに魔術拘束もかけたわね」


 自分は猫じゃないと文句がくるが、猫のほうがよほど聞きわけがよい。

 こそこそと話す部下達と、顔を青くする宰相と子爵を一瞥して黙らせると、王太子に話を続けるように促す。


「失礼しました。どうぞ続きを」

「っ、ああ……こ、これが噂の……」


 どこか怯えるように肩を震わせた王太子は、首を振ると話を戻した。


「し、しかし弟は直接手を出していないし、襲撃の指示もしていない。ただ、魔王の卵に関する何かの情報を、トラウィスの貴族の誰かに流したようだ。把握しているのはそこまでだ」


 つまり、遠隔の情報操作による内乱をねらったということか。

 権力志向で、領土拡張にも意欲的な隣国の第二王子が厄介なことには変わりはないが。


「ふむ……『何か』を『誰か』に、ですか。曖昧過ぎて見返りとしては足りないですね」

「証人は確保済だ。身柄は引き渡せないが尋問を許可する」


 ミルトラはこのフレデリック殿下が立太子したあとも、継承問題で揉めている。

 トラウィスとの諍いを続けさせ、現王と王太子の力不足を国民に印象付けたいという腹もあるのだろう。

 その件については、王太子自身も思うところはあるらしい。


「弟に器さえあれば、いつでも第一位継承権など譲るのに。今のままでは大叔父の傀儡になる未来しか見えない」

「あー、あの爺か。苦労してるな、フレッド。死んでもその手綱を離すなよ、アレが表に出てくると迷惑だからな」

「ジュリアン、他人事だと思って……」


 気が抜けたように肩を落とす王太子に、陛下がはっと声をかける。


「それこそ、取り替え子の件には噛んでいないのか?」

「弟はそちら方面には疎い。それに、妖精を人間の都合で誘導できるわけもない」


 それもそうだ、と皆が頷いた。


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