第21話 スライムVSイレイザーズ
その日の夜、千沙はライムに食事を与えるため、いつもの無人屋敷へとやってきていた。
屋敷の前のベンチに座り、雑草を吸収するライムを見守りながらふと千沙は溜息をこぼす。
「あの二人……やっぱり付き合ってるのかな……」
いまだにエイルが真也に抱きついている姿が千沙の頭から離れない。
ライムが食事を終えたのか千沙の隣へとやってくる。
「ライム……」
千沙の悩みはそれだけではなかった。ライムの体を撫でながら千沙は二つ目の悩みを呟く。
「ねぇライム、もしかしたら真也もライムみたいな子を普段から消してるのかな……」
あの日常部に入っているということはそういうことなのだろう。真也は言っていた、イレイザーの力で攻撃すればその攻撃した対象は元からいなかったことになってしまうらしい。
普段からその活動は普通に行われていて、カオスの存在は人々の目にも触れているが、イレイザーがイレースすれば存在ごとなくなってしまい、人々の記憶からも消えてしまうのだとか。
「そんなのって……ヒドすぎるよ」
その時、ふと顔を上がると、月のすぐ近くに何だか赤く燃えるような光を放つものが見えた。
「あれは……鳥……? 鳥が燃えてる?」
その姿は神秘的で美しく、まるでこの世のものとは思えなかった。
千沙は立ち上がり、しっかりとその姿を見つめた。
「あれはきっとカオスだ……っていうことはあの子も日常部の削除の対象……?」
千沙はその時、真也と日常部の部長に追い詰められた時の恐怖を思い出した。
「殺されちゃう……そしてみんなの記憶からも消えちゃうんだ……」
するとライムがベンチから飛び降り草むらの奥へと入っていった。
「え……どうしたのライム」
敷地の奥にある雑草がどんどん根元から消えていく。今まで大した量を食べなかったはずのライムが大量の雑草を自身の体に取り入れてものすごい勢いで消化していっているようだった。
「あ、あああ……?」
次第にライムの体がそれに伴い巨大化していく。
そしてついに見渡す限りの雑草をライムはすべて平らげてしまった。高さ幅共に3mほどにまで成長してしまったライム。その中央辺りには先ほどと変わらない目玉ともう一つの球が。
「一体どうして急に……」
次の瞬間、楕円に近かったライムの形状が変化を始めた。大型の馬のような形へと変貌を遂げる。目玉の位置もちゃんとあるべき場所へと移動したようだ。
そして、その胴体部分から一本の触手が伸び、千沙の前に差し出された。
「……もしかして、連れて行ってくれるの? あの火の鳥のもとに」
すると馬の頭の部分が千沙の方向を向いてゆっくりと頷いた。
「分かった……行こう。あのカオスを何とかして日常部から守るんだ……!」
千沙はライムの触手を手にとった。するとその瞬間、
「うわッ!」
複数の触手が伸び千沙を包み込むように持ち上げて馬の背中の部分まで移動させた。
「ヒヒーン!」
前足を上げ高らかに鳴くライム。地に足を着けると一気にそのまま駆け出した。
「ひッ!?」
何とか手綱のような形をしたライムの体の一部を掴んでバランスを取る千沙。ライムはそのまま塀を飛び越え火の鳥の元に向かって道路を駆けていった。
◆ ◆ ◆ ◆
午後八時頃、真也が自室にいると電話が掛かってきた。画面を見ると部長からのようだった。
『桐嶋、出動だ。今から学校に来い』
それだけで真也は全てを察した。完全に声がドスのきいたカオス殺すモードに変わっている。
「……カオスが現れたんですね」
『あぁ、今テレビにも出てるが体が燃えてる鳥だ』
「燃えてる鳥……? 分かりました。すぐ向かいます」
真也は電話を切るとすぐに下階に降り学校に向かって自転車をこぎ始めた。
これが二回目の出動。何気に前回から三週間ほどが経ってしまっている。カオスの出現頻度はこんなものなのか。いや、しかしよく考えてみれば千沙のライムが途中現れていたのだった。
それにしても体が燃えてる鳥……フェニックスというやつか。不死鳥なんて呼ばれることもある。そんなもの消去してしまっていいのだろうか。真也は少し疑問に思った。おそらく部長と杏里はカオス値が100を超えていれば問答無用でイレースしようとすると思われるが。
そういえば今回はエイルがいないということを真也は思い出した。エイル一人いるかいないかで日常部の戦力はかなり違いがあるはずだ。
「まぁ、今まではあの二人でやってきたんだし大丈夫だろ」
それに彼女は基本近接戦闘を得意とする剣士だ。飛んでいるカオスならばいてもいなくても今回あまり変わらなかったかもしれない。
◆ ◆ ◆ ◆
部室にたどり着くと部長と杏里がすでに中で待機していた。
「来たな。すぐに出動するぞ」
「はい」
隠し部屋に入り強化スーツへと着替える。ホルダーに剣とハンドガンをしまい、すぐ下に降りるのかと思ったが、部長がとあるものを壁から降し真也に渡してきた。
「今日のカオスは飛行タイプだ。そのハンドガンでは狙いずらい。これを持っていけ」
「は、はい」
部長が手渡してきたのは銃身の長いスコープのついた狙撃用ライフルだった。
「まぁ、今のお前では大した弾数は撃てんだろうがな。無理してぶっ倒れるなよ」
◆ ◆ ◆ ◆
以前のようにヘルメットをかぶりバイクにまたがり出発する。
高層ビルが立ち並ぶ夜の街を走っていると部長が声を上げた。
「見えたぞあいつだ!」
真也が上空へと目を向けると確かにそこには燃える鳥の姿があった。伝承によるフェニックスは不死だとされているが、あれもイレースが出来てしまうのだろうか。
「カオス値はいくつだ!?」
部長は運転中であるがために、対象を連続で見ている暇がないようだ。真也が火の鳥へ少しの間目を向けているとヘルメットの前面ガラスにカオス値が表示された。
「カオス値は167です!」
走行音が大きいために真也は声を張り上げてそれを部長へと伝えた。
「よし……イレース対象だな。もう少し近づくぞ!」
「はい!」
◆ ◆ ◆ ◆
そして火の鳥の真下辺りにやってくると、
「ちょっと位置が高すぎるな。このままあのビルの上まで登るぞ!」
部長はよく分からないことを言い出した。
バイクは近くにあった高層ビルへと向かって真っすぐに突っ込んでいく。
「え、ちょ、ちょっと!」
「しっかり捕まってやがれ!」
「うわあああ!!?」
そのままぶつかるかと思ったが、次の瞬間真也は世界がひっくり返るような感覚に襲われた。
「な……!?」
気づくとバイクがビルの壁を走っていた。そうだった。このバイクはグラヴィティバイクとかいう代物で壁に張り付いて進むことが出来るのだった。
90度の角度を登っているわけだが、重力の掛かる方向的には45度くらいの角度に真也には感じられた。
どんどん上がる高度、このビルの高さは100mほどはあるだろうか。下を向くと人や車が次第に小さくなっていっている。そして後方から杏里もバイクで壁を登ってやってきていた。
屋上階までたどり着き、水平方向に落下していくかと思いきや体感重力の方向が通常に戻り、屋上の床面へとバイクは着地した。
減速しバイクが止まる。真也が前方を見ると結構近い位置に火の鳥の姿が見えた。
轟音と共に杏里も後ろからバイクでやってきたようだった。
「よし、ここから撃つ」
真也と部長はヘルメメットを外し、三人はバイクからライフルを取り外してビルの端まで歩いた。
「手すりに乗せて銃を固定しろ。まず俺が撃つ。そのあと全員で一斉射撃だ」
「了解」「了解です」
「フン、焼き鳥が……今なかったことにしてやるぜ……」
部長がスコープを覗き込み狙いを定め始めたので真也もそれにならう。火の鳥は優雅に旋回するように夜の街の上空を飛んでいる。まるでこの街を見守るかのように。
真也がその様子に少し見とれそうになった時だった、
ドウ!
部長が一発目を撃ち放った。しかし惜しくも当たらず、黒い砲弾は火の鳥の横1mほどをかすめていった。その瞬間火の鳥は真也達へと首を向けた。狙われていることに気付いたようだ。
「ちッ……! 外した! 撃て撃て! 撃ち落とせぇッ!」
その言葉に真也も引き金を引いた。重い反動。それと共に大きくイレースエネルギーを消費した感覚があった。ハンドガンの三倍くらいは一撃で消費しているだろうか。部長が言うように今の真也にはあまり多くは撃てなさそうだ。
火の鳥はこちらの攻撃に気付いたにも関わらず遠くへ逃げようとはせず攻撃をヒラヒラとかわすだけだ。
「チッ……! 案外すばしっこい奴だ! だがこれで……!」
「やめて!」
その時、真也達の後方からそんな叫び声が聞こえてきた。
「あぁん?」
三人が攻撃を止めて後ろを振り向く。するとそこには千沙の姿があった。
「千沙……!?」
「やめてよ……カオスを消さないで……!」
「……織上千沙か。なぜここに? お前のカオス値の高さはあの焼き鳥が原因ってわけか?」
千沙は部長を睨み付けている。
真也の体から汗がにじみ出る。真也は部長の推理が間違っているということを知っていた。
そして、千沙の足元に赤い触手のようなものが見えるということにも気づいていた。
「まぁ、ちょうどいい。これであの焼き鳥をイレースすればお前のカオス値も下がるってことなんだろ」
「部長!」
千沙の出現にも拘わらず杏里はカオスを狙い続けているようだったが、なぜかそれを止めてしまったようだった。
「カオスが逃げていくわ! ビルの陰に隠れてもうここからでは狙えない!」
「ちッ! 追うぞ!」
部長はバイクの方向へと向かって駆け出す。
「む……!?」
しかしすぐにその足を止めてしまったようだった。部長もさすがに気付いたのだろう。千沙の足元から建物の端まで伸びる赤い触手に。その触手は先ほどより太くなってきている。
「なんだそりゃあ」
次の瞬間、建物の下から巨大な塊が現れた。半透明の赤い自ら動く物体が。
「カオス……!? おい!」
部長は杏里へと目を向けた。ヘルメットを外した部長の代わりにカオス値を測定しろということなのだろう。杏里はライムに頭を向けた。
「カオス値、よ、456……!?」
「は……? 冗談だろ、なんだその数値は……」
「よ、よんひゃくごじゅう……?」
真也が今まで見たカオスはいずれも200に届いていなかった。二人の反応からしてもそれは異常に高い数値なのだろう。
大きな不定形の半透明な塊の中央には三つの玉が見える。間違いない、大きさは全然変わってしまっているがあれはライムだ。しかも日常部へと敵対心を向けているように感じられた。敵対心を向けているからカオス値が高くなってしまっているのか。
「……こいつはちとばかり強敵のようだぜ。焼き鳥は後回しだ。先にこいつを消す!」
部長はライフルをライムの体へと向けて構えた。
「い、いつの間にこんなことに……」
真也は顔面蒼白でライムを見ていた。部長がその言葉に横目で真也のことを軽く睨みつける。
「……おい桐嶋ぁ、『いつの間に』とはどういうことだ」
「それは……」
「……あとで話はちゃんと聞かせてもらうぞ。とにかく今はあのカオスを消すことを考えろ」
「真也……」
真也は呼びかけられて千沙へと目を向けた。
「やっぱり真也は私よりもそっちにつくんだ」
「千沙……そいつはお前のサーバントなんだろ。ってことはお前の命令に従うはずだ。……俺たちと戦わせるような命令はするな」
「何言ってるのかな……どうせこちらから何もしなくても攻撃してくるんでしょ……だったら反撃するしかないじゃない!」
「それは……」
ドパッ!
次の瞬間、部長が撃ち放った銃弾がライムの体に直撃した。その体の一部が破裂するように散り、消失する。
千沙がそれに反応し「あぁッ!?」と声を上げた。
「ぶ、部長!?」
しかし一撃では大したダメージはないように見えた。消失した部分はすぐに他の体の部位によって埋まってしまう。
「ふん、耐久力はありそうだな。桐嶋、話し合いをする必要はねぇ。カオス値450なんて、永遠に分かり合うことなんざ不可能だ。イレースすれば織上千沙の中にあるカオスの記憶も消える。すべてはハッピーエンドじゃねぇか」
「そんなのっておかしいよ! よく考えてよ真也! イレースの能力だって超能力の一種なんでしょ! どうして超能力者がこんなに暴れまわってるのにカオス値は低いの!? こんなのイレイザーの組織にとって都合が悪い存在を消し去ってるだけじゃない!」
「問答無用だ! 撃てぇッ!」
「戦ってライム!」
次の瞬間ライムが日常部の三人に向かって前進を始めた。それを部長と杏里が撃つ。
ドパッ! ドパッ!
二人が銃を撃つ度にライムの体が消し飛んでいき次第に小さくなっていく。
真也はその様子をただ何も出来ず見守っていた。真也にとってはここに敵などいない。どちらに加勢すればいいのかなんて分からなかった。
「部長、わかったわ」
ライフル銃を撃ち放ちながら杏里が声を上げる。
「なんだ?」
「あの体の内部にコアのようなものが浮かんでる。カオス値の反応が出ているのはそこからのようよ。おそらくそれを消去出来れば……」
「……なるほど、分かった。つまりこのまま全部消し炭にすりゃあいいってことだなぁッ!」
どんどん削られていくライムの体。確かに部長のいう通りこのまま撃ち続ければコアが露出しライムは消されてしまうかもしれない。
「あ、あぁ……! ダメだ! もう逃げてライム!」
千沙は叫んだ。このまま正面から突っ込んでもライムに勝機はないと判断したらしい。
ライムは千沙のいう通り前進を止め、被弾しながらも階段室の方へと逃げて行ってしまった。
「ちッ! 逃がすかよ! 追うぞお前ら!」
「えぇ」
杏里と部長はその姿を追おうとした。
「ダメぇッ!」
その姿を千沙が両手を広げて止めようとする。
「邪魔だどけぇッ!」
「ギャッ!」
千沙は部長に片腕で押され数mほど後ろに吹っ飛ばされてしまった。二人はそのままライムが入っていった階段室へと向かっていく。
「ち、千沙……!」
真也は倒れた千沙の元に駆け寄りその上半身を抱きかかえた。
「真也……」
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