第8話 異世界人、腹が減る
それから部長と杏里は先に家へと帰ってしまった。現在部室には異世界の戦士エイルと真也二人きりである。お金以外の事は本当に真也に任せるつもりらしい。
「で、どうするかな……」
部長はこの部室にエイルを泊まらせていいとか言っていたが、お金をくれたという事はどこかに泊まらせろという事だろう。エイルだって風呂に入ってふかふかのベッドで寝たいはずだ。
「これからお前が泊まるところ探しに行くわけだけど……やっぱその恰好はなぁ」
エイルは西洋の甲冑姿だ。今の世の中ならばコスプレということでギリギリ押し通せないこともないかもしれないがこの時間だし警察から職質を受けることも十分ありうる。エイルは日本人の容姿ではないし当然ながら身分証など持っていない。下手すればそのまま連行されるなんてことにでもなってしまうのではないか。そうなればカオス値が上昇してしまうかもしれない。やはりここを出る前にもっとこの世界にふさわしい服に着替えさえる必要がある。
「あ、あの……マスター」
真也が考えているとエイルは片手を少し上げ、身を縮こませながら何かを訴えてきた。
「なんだ……?」
「実はその……私は空腹なのだ」
その瞬間ぐうと腹の虫が鳴く音が聞こえた。エイルは恥ずかしそうに腹部を抑える。
「この世界に来てからまだ何も口にしていなくてな……」
「え……マジかよ。丸一日か?」
「あぁ……あの蜘蛛はとても食えた味ではなかったし……」
「は? 蜘蛛ってあの大蜘蛛のことか……?」
「あぁ、少し齧りついてみたが、何だか妙にしょっぱくてだな」
「食うなよあんなもん!」
「え……しかし狩った魔物は食料にするのが基本だろう」
「いやいや! 食料はどっかの店で買うもんだろ!」
「まぁ……それもあるが知っての通り私はこの世界の金など一文たりとも持っていないし」
「……お前、そんなんでこの世界でどうやって生きていくつもりだったんだ? その魔族が見つかるまで帰らないんだろ? 何だか自信満々で俺の前から去って行ってたけど……」
「わ、私の世界ではこの身一つでもなんとかやっていけたのだ! 魔物を狩ればその身を食うことも出来るし、角や牙、皮などの素材を売りさばくことも出来よう! だがこの世界ではあの蜘蛛以外魔物らしきものが全然見当たらないのだ……一体どうなっている、平和すぎか! どこまで行ってもあるのは建物ばかり……野草も手に入らないし……」
無茶苦茶たくましい考えではあるが、この都会でエイルが一人生きていくことは不可能だということを真也は悟った。やはり放置するなんてことは絶対に出来ない。
「……分かったよ。服と弁当と……あと水か。買ってきてやるからそこで大人しく待ってろ」
「おぉ、さすが私のマスターだ!」
なんだか調子のいい奴だ。あの蜘蛛を倒した後、まるで用済みのようにどこかに飛び去っていったくせに。
◆ ◆ ◆ ◆
真也はエイルを部室に残し学校を出ると自転車で十分程の場所にあるドン・キホーテで適当に女ものの服を買うことにした。もう午後十一時を過ぎている。この店がなければ明日まで服を買うことは出来なかっただろう。
部室に戻ると、エイルにとりあえず食事をさせることにした。パイプ椅子に座るエイルの前に近所のコンビニで購入してきたハンバーグ弁当と水を置く。
「おぉ……!」
やはりエイルはなんだか見た目に似合わずリアクションがでかい。目をキラキラと輝かせ透明なプラスチック製の蓋を不思議そうに開けた。
「しかしこれ、一体どうやって食べればいいのだ? フォークとナイフがないようだが……」
「あ……」
そうだ。真也がコンビニで袋に入れてもらったのは割りばしだった。基本的に外国人、いやこんな異世界人に箸なんて扱えるわけがない。そんな事、完全に真也の頭から抜けていた。
「それは……こう使うんだ」
「えぇ……?」
真也は割りばしを割り右手に持って、開いたり閉じたりしてみた。
「す、すごいぞマスター器用なものだな!」
「あぁ、じゃあ次はお前がやってみろ」
エイルに箸を渡し持たせてみる。
「んん……これはちょっと……こぉの!」
どうやら剣の扱いには長けていても箸をすぐに扱えるようになることはないようだった。
真也は考えた。これでは犬のように食うしかない。今からでもフォークをどこかで手に入れてくるべきか? いや、それは面倒だ。
「仕方ない……俺が食わしてやるから。口開けろ」
「え……わ、分かった」
真也は長机の対面に座り弁当をエイルの口に運んでいった。なんだかその光景はさながら介護のようだ。
「うむ、うまかったぞ」
エイルは弁当を平らげると満足そうに笑顔で腹を押さえた。
「じゃ外で待ってるからこの中に入ってる服に着替えろ。そのあとここを出てどこかホテルにでも行くからな」
「了解したマスター」
数分後、真也が廊下で待っていると服を着替えたエイルが部屋から出てきた。Tシャツ、ホットパンツにビーチサンダル。かなり軽装で、さっきまでの重々しい恰好とは大違いだ。Tシャツが少し大きすぎた気もしたが、まぁそれはそれでいいような気もする。
「なんだかやたら軽装のようだが……この恰好は普通なのか?」
「まぁ、そんなもんだろ。もう六月も半ば越えたしな」
甲冑を身にまとっていた頃よりも一気に身近なものに感じられた。ただの外国人になったといった感じだ。
◆ ◆ ◆ ◆
そこから二人は学校を出ると近くにあるビジネスホテルへと向かった。カウンターへ行くとエイルの代わりに真也がシートに必要項目を記入した。
「ご宿泊はおひとり様でよろしかったですか」
「あ、はい」
代金を支払いカードキーをもらい907号室へと二人で入った。その時にはもう日付が変わる時間になってしまっていた。さすがに帰らないと親に何か言われてしまう。
「おぉ、素晴らしい。なんという高さだ……」
エイルはカーテンを開け外の様子をうかがっていた。この階は九階。どうやら異世界には高い建物を建てる技術はないらしい。
「ふぅ……なんか疲れた……」
帰らなくてはならないと思いつつも真也はとりあえずベッドに腰を下ろした。体力はそこまで使っていないような気もするが昨日から今日にかけて色々な事件が起こり過ぎだ。それらは望んでいたことではあるのだが。
「それにしても夜だというのになぜこうも光輝いているのだこの街は。あれだけの数の魔石があるのか?」
「魔石……?」
おそらく魔力の込められた石のことだろう。真也は異世界など行ったことなんて当然ないが、オカルト研究部に所属しているだけあって、エイルの言っていることの大体は理解出来そうだった。それにしてもエイルはあれだけの戦いをしたあとだというのにまだまだ元気そうだ。
「そんなもの、この世界にはない。っていうか魔力というもの自体がない。誰も魔法なんて使えないんだ」
「そうなのか? ではなぜ……何かが燃えているというわけではないみたいだが」
「街が光っているのは電気のおかげさ」
「電気……? それは魔力と一体何が違うのだ?」
エイルの質問にいちいち答えていたらこのまま朝になってしまいそうだ。
「……また今度教えてやるよ」
といいつつも電気が光るその根本的な仕組みについてちゃんと説明できるかと言われると真也には自信がなかった。そもそも電気とは一体何なのだろう。今度知らべてみるべきか。
そのあと真也はエイルにシャワーの浴び方とカードキーの使い方を教えた。オートロックであるために特にカードキーのことは再三注意しておいた。エイルが部屋を締め出されたら何をしでかすか分かったものではない。エイルはもちろん暖かいお湯がいつでも出るシャワーにも、鍵のようには見えないカードキーにも驚いていた。
それにしても服は買ったが下着は買ってきてない。エイルは昨日、今日に続き明日も同じ下着ということか。それは女としてどうなのだろう。しかし真也には女物の下着を一人で買う勇気はなかった。明日、エイル本人に買わせる必要があるだろう。
「じゃあ俺はもう遅いし、今日は帰ることにするから」
真也が帰宅しようと部屋の出口に向かうとエイルがそこまで見送ってくれた。
「今日は有難うマスター。何だかマスターには多大な迷惑をかけてしまっているようだな」
「気にするな。お前を召喚したのは俺なんだからな」
「いやいやしかしこの世界に長居しようとしているのは私のわがままなのだ。マスターには本当に頭が上がらない」
「まぁ……ここに泊まる金をくれたのは部長だけどな……。今日は敵だった相手かもしれないけど、あの人は悪い人じゃなさそうだ。明日改めて礼を言っておいたほうがいいぞ」
「あぁ、そうだな。分かった」
「明日の朝またここまで迎えにくるから。カードキーの説明はしたけど、基本的にそれまでこの部屋は出るなよ」
「了解したマスター」
「じゃあ……おやすみ」
「おやすみマスター」
エイルは愛嬌のある笑顔を真也へと向ける。なんだかいつの間にか真也はエイルから信頼というものを勝ち取っているように思えた。
しかし真也は帰り際、街頭に照らされ住宅街を自転車で移動しながら考えた。
真也はエイルを召喚し街を救うことになってしまったが、それは結果的にそうなってしまったというだけであって、その目的は実はこの日常を壊すことにあったのだ。エイルはおそらく真也のことをその辺り勘違いしていることだろう。その事がエイルに知られたら、あの笑顔の色も少し違っていたのだろうか。
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