第6話 日常部

 二人を部室棟屋上に移動させ、真也達は四人で話し合いをすることになった。


「ったくよぉ、いいところだったのによぉ」


 オールバック男が髪をかき上げながら文句を垂れる。当然のことながら男とエイルの間には距離感があるようだった。ピリピリした空気感を真也は感じていた。


「……結局、私はなぜ命を狙われたのだ」


「あぁ、それはさっきこの女に聞いたことだけど……」


 真也はエイルに説明した。彼らはイレイザーという存在で、この世に混沌をもたらす危険性のあるものを消す活動をしていること。エイルがこの世界で目立つ行動を控えるよう約束したのでその判断が出来るカオス値が下がったこと。


「ということで、あなたのカオス値は今100を下回った訳だけど94とかなり高いままよ。イレースの対象とならないようこれからはこの世界の常識にそって生活して貰いたいものね」


「あぁそれは別に構わない。まぁその『この世界の常識』とやらが私にはよく分からないが」


「それに関しては彼に教えてもらうといいわ」


 その時、真也は女に目を向けられてしまった。


「お、俺……?」


「当然だろうが。テメーがそいつを召喚したんだろ? だったらマスターとしての責務を果たしやがれ」


 男にどやされる。そう言われると真也には何も返す言葉はなかった。


「そうだな……分かったよ」


「にしても面倒な事になったな。この異世界人をイレースできなくなったってことは、この男にイレイザーの記憶が残り続けるってことじゃねぇか。ちゃんとお前は秘密を守れるのかよ」


 オールバックの鋭い視線に真也は少したじろいだ。


「それに関しては異世界人である彼女をイレースしてもしなくても一緒よ」


「……どういうことだ?」


 男と女が互いに顔を向け合い話を進める。


「彼には昨日の宇宙生物襲来の記憶がある。つまりイレイザーってこと。何をイレースしたところでイレースしたカオスの記憶は彼の記憶から消えることはないわ」


「は……? こいつがイレイザーだと……?」


 男に訝しげな眼をまじまじと向けられる。


「ねぇ、もう一度あの球、スフィアを見せて」


「あ、あぁ……」


 女に言われてまた真也はポケットから黒い球を取り出し男のほうへと向けた。


「ふん……どうやらマジらしいな」


 男はそれでどうやら納得したらしい。


「一応言っておくが、お前、そのスフィアなくしたりするなよ」


「え……」


「まぁなくすなとは言っても遠くに離れても自分のスフィアの場所はなんとなく感覚で分かるんだがな。それを所持していることがイレイザーとしての証だ。いや自分の内臓だと思って自分の身から離すな。もしそれが破壊されればお前はイレイザーとしての力を失うことになる」


「あ、あぁわかった」


 その時、真也の頭の中に一つの疑問がふと浮かんだ。


「ところで……何かをイレースした記憶が残るのはイレイザーだけなんだよな?」


「あぁ、そうだが……?」


「エイル、お前も確か昨日のあの蜘蛛のモンスターの記憶があるんだったよな」


「え……?」


 三人の視線はエイルへと集まった。


「あぁ。私があの蜘蛛どもを殲滅したのだからな。当然覚えている」


「……何だそれは。まさか異世界人のお前もイレイザーなのか? どういう偶然だそれは」


 男と女が目を見合わせる。どうやらイレイザーというのはそうポンポン現れるようなものでもないらしい。


「ふむ……サーバントとマスターは契約を結ぶとその能力を一部共有することがあるという。私がこの地の言語を理解出来るのもそのためだ。つまり、それにより私にもマスターの力の一部……そのイレイザーの記憶を引き継ぐという能力が備わってしまっているのかもしれん」


「ふん……なんだか随分都合のいい話だが」


「でも偶然イレイザーが集まったと考えるよりそう考えるほうが自然かもしれないわね」


 とりあえず二人はそういうことで納得したらしい。


「まぁそれはいいとして……」


 フルフェイス女が真也へと顔を向けてきた。


「あなたがイレイザーというのなら話があるの」


「話……?」


「えぇ。あなた、私たちの部活に入らない?」


「部活……?」


 そういわれて真也は困惑した。そういえばオールバックは部長などと呼ばれていたが。


「っていうか、あんたらもしかして学生なのか?」


「えぇそうよ」


 学生がこんな戦いに身を投じているのか。それにしても、なぜ部活なのだろう。真也には二人の言っている意味がいまだによく分からなかった。


「とは言っても同じ学校じゃないのに部活に入れって言われても……」


「何を言っている。俺とお前は同じ学校だろうが」


「え……?」


 この二人が同じ学校? 女の方の顔は見えないので何とも言えないが、真也には少なくともこんな危険そうな男を校内で見かけた記憶などなかった。


「あぁ……もしかして、まだ私たちの正体に気付いてないの?」


 その時女がフルフェイスヘルメットを頭から外した。


「あ、あんたは……!」


 するとそこからするりと二本の触覚、いや二本の束ねられた髪が垂れてきた。それは先日部室棟の上から見たばかりの顔だった。


「日常部のツインテール女!?」


「な、なによその変な二つ名みたいなのは……私の名前は槻木杏里ツキギアンリよ」


 杏里は右手でヘルメットを抱え左手でツインテールの結び目を触っている。


「ってことはそっちのオールバックはもしかして……」


「ん? 俺か?」


 男はオールバックだった髪を一度くしゃくしゃにして前に降ろしたあと、ポケットからケースを取り出し中から眼鏡を出してそれを掛けた。


「に、日常部の部長ぉッ!?」


「うん、そうだよ。分からなかった?」


 先ほどまでの凶悪な目つき、そして言葉遣いはどこにいってしまったのか、日常部の部長はにこにこ顔の気の弱そうな優男になってしまった。


「わ、分かるわけがない……ですよ」


 そういえばこの二人は二年生。真也の一つ歳上だったはずだ。なんだか先ほどまで敵に近い立場だった相手に敬語を使うのは少し癪だったが、真也は仕方なく使うことにした。


 真也は普段の日常部の様子を頭に思い浮かべ頭を抱えた。


「あ、あの日常部がまさか……」


 こんな非日常な事とはもっとも遠い位置にいる奴らだと真也は思っていたのに。


「何? 日常部のことをなんだと思ってたわけ?」


「……てっきり、毎日だらだら過ごしてるだけのお遊びクラブかと」


「まぁ、僕たちは日常を過ごす事が目的だから、それで間違ってはないと思うけど」


「いやいや、こんな事やっておいて何言ってるんですか」


「このイレイザーとしての活動もその一環ってだけだよ。日常を過ごすためにはそれを脅かす存在はいてはならないからね」


 あくまで日常を送るために宇宙生物や異世界人なんかとの闘いに身を投じているということなのか。こんなことをしている時点でもうそれは日常ではなくなっている気がするのだが。


 するとその時、部長がポンと手の平を拳で叩いた。


「そうだ、こんなところで立ち話も何だし、部室にでも移動しようか」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 オカルト研究部の隣にある日常部の部室。真也は初めて入ったが、中は簡易的なシンクや冷蔵庫、ポットなどが置かれていて何だかここで寝る以外の生活が送れてしまいそうだった。


 しかし、普通といえば普通。日常部という名に相応しいというべきか。武器を持ちピチピチの戦闘スーツを着た二人の姿はミスマッチとしか言いようがなかった。


 二人は本当にこんな場所を拠点にして活動しているのだろうか? 真也にそんな疑問が沸いた時だった。部長が部屋の奥にあるデスクまで歩き、少しかがんで何かに触れた。


「え……」


 その瞬間、真也から見て左手にあった書棚がスライドし始めた。動きが止まる。その奥に現れたのは二つの扉だった。


 それを見たエイルが「おぉ……隠し扉か」と興味津々に目を輝かせている。


「じゃ、ちょっと僕たち着替えてくるから、その辺に座っていてくれないかな」


 そう言って二人はそれぞれ別の扉へと入って行ってしまった。


 一体中はどうなっているのだろう。というか完全に学校ぐるみでないとこんな事は出来ないだろう。真也の中で色々と疑問が沸いたが言われた通りエイルと二人で部屋の中央にある長机、その前に置かれたパイプ椅子に座り二人の着替えを待つことにした。


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