第5話 異世界人VSイレイザーズ

 学校にたどりついた真也は門を乗り越え、学校内へと侵入した。もはやこれが問題行動だとかそんな細かい話はどうでもよかった。


 部室棟に入り階段を上りその屋上へとたどり着く。何だか結構風が強い。


 当たり前なのかもしれないが、そこにはただ魔法陣が描かれていただけだった。昨日エイルが飛び立っていった時にへしゃげてしまった手すりも元に戻ってしまっている。


 真也はその光景に絶望し「はぁ……」とため息をつき、手すりに肘を載せて遠くを眺めた。


 やはり日常そのまま。眠らない街東京はいつも通り平常運行されているようだった。


「俺は俊の言う通り頭がおかしくなっているのか……オカルトにのめり込みすぎたのか……」


 真也は俯いたままその場でクツクツと笑いだした。


「くくく……あはははは! そりゃそうだ、俺だって心の奥ではそんなこと分かっていたさ。宇宙生物の侵略? 異世界の戦士の召喚? 俺がこの街を救った? さすがにそんな俺にとってばかり都合のいい話なんてあるわけが……」


「マスター」


「……!」


 真也は後方から聞こえてきたその言葉に肩をビクつかせた。真也をその敬称で呼ぶのは……


 振り返るとそこには異世界の戦士、エイルが立っていた。


「お前は……エイル……なのか」


「あぁ、そうだが」


 エイルは青みがかった白銀の髪が風に吹かれ、それを片手で後ろへとかき戻した。


「い、いたのか、やはり存在していたのかエイル!」


「……? 何を言っているのだマスター」


 真也はエイルの元に駆け寄るとその肩にペタペタと触れた。


「ま、幻じゃないよな」


 エイルは真也のその行動に少し不信そうに一歩後ろへと下がった。


「当たり前だ。マスターがした召喚術は魂だけではなくちゃんと肉体も転移させる術式だったからな」


「あ、あぁいや……そういうことを言ってるんじゃないんだが……」


「それよりもマスター、私はこの世界について無知なわけだがこれは一体どういう事だ」


「え……?」


 エイルは屋上の端まで歩くと振り返り、その街並へと手を向けた。


「見てくれ、昨日蜘蛛の魔物と空中要塞に破壊されてしまったはずの街が綺麗な姿になってしまっている。これはこの世界では普通のことなのか?」


「お、お前にはちゃんと昨日の戦いの記憶があるのか?」


「あぁそれは当たり前だろう……」


 その瞬間真也はガッツポーズをした。自分はおかしくなってしまったわけではなかったのだ。


「それともう一つ、あの二人組はいったい何だ」


「二人組……?」


「先ほどから私は命を狙われているようなのだ」


「命を……?」


 その事に関して真也は何の心当たりもなかった。命を狙われている? この世界に縁もゆかりもない、昨日召喚されたばかりのはずのエイルが?


 その時エイルが上空へと目を向けた。


「来たぞマスター」


「え……」


 言われて踵を返す、すると次の瞬間、どこからともなく屋上の中央辺りに一人の人間が降ってきた。中腰の状態から体を起こすと、いきなりそいつは大きな声で笑い出した。


「ヒャハハハ! 観念するんだなクソカオスがぁッ!」


 なんだこの凶悪そうな男は。真也がその男に持った第一印象はそれだった。オールバックで三白眼、黒いピチピチのスーツを着ていて黒く光る刃を持った剣を手にしコチラに向けている。


 エイルは二人組だと言ったが、そのもう一人が現れたようだった。同じようにどこからともなく飛んできた。フルフェイスのヘルメットを被っている。体つきからして女だろう。服装は同じだがガトリングガンのような銃を手にしていた。何も喋りはしないし、表情は読めないがその武装からして危険人物だということは間違いない。


「な、なんだお前らは」


「マスターでも分からないか」


「し、知るわけない、こんな奴ら」


「マスターだぁ? するってぇとつまりてめーがこいつを呼び出しやがったのか」


 真也達の会話にオールバックの男が口を挟んできた。


「……だったらなんだ」


 エイルの命を狙う相手になどどう考えても勝てそうもないが、真也は気おくれしないよう強い語気で言葉を返した。


 真也の言葉にオールバック男はやれやれといった感じで片手の平を上へと向けた。


「ったくよぉ、オカ研もいつかやらかすとは思ってたぜ」


「……まぁ、なぜか知らないけどあの宇宙生物を狩ってくれたみたいだけど」


 フルフェイスの女が初めて喋った。少し冷めた印象だ。


「あんなもん俺たちがいれば問題ないだろーが。他の国ももう仕事は終えてる」


「……なぜお前たちは私を狙う」


 エイルは落ち着いた様子で二人に質問を投げかけた。


「はッ、そんなのはお前のカオス値が100を超えてっからだ」


「カオス値……? なんだそれは」


 男はまるで見下すように顎をくいっと上げ、顔の横で人差し指をエイルに向けた。


「ふん、どうせお前は最初から存在してなかったんだ。話すだけ無駄だ」


「……さっきから訳の分からぬことばかりを」


 そういうとエイルは腰に下げた鞘から剣を引き抜き切っ先を二人に向けて構えた。


「お、おい……」


「なんだマスター」


「戦うのか、相手は人間だぞ」


「あぁ、だがあちらから攻撃を仕掛けてくるというのならば仕方あるまい」


 真也はさすがに目の前で殺人が行われるのは止めておきたかったがエイルに対してそれ以上の言葉が浮かばなかった。かと言って敵らしき二人の方こそ何を言っても無駄そうだ。


「話は終わったか……じゃあそろそろ消えろやぁッ!」


 次の瞬間オールバック男がエイルに向かって突進し切りかかった。


「下がっていろマスター!」


 エイルも一歩踏み込み二つの刀身がぶつかった。ゴインと重い音がし刀身が離れる。しかし次の瞬間にはまた再び剣が重なり合う。それは目にも止まらぬ速さの剣戟だった。


 しかし最初の勢いは男の方が上だったようだが、次第にエイルが押しているように感じられた。エイルは最初様子見で防御に徹していたが、次第に攻撃を織り交ぜてきているようだった。


「はぁッ!」


 重い一撃で相手の剣をはじき、上から振り下ろされる剣。


「くッ!?」


 なんとか男が切り返しそれを頭上で受け止める。二人の動きが一瞬止まった。


 その瞬間を狙ったのか、横からフルフェイス女がエイルに向かって銃を撃ち放った。真也の目に一瞬あの男の使う剣と同じ、黒い光の弾が放たれていくのが見えた。


 エイルはその瞬間、男の腹を右足で蹴った。


「ぐほッ!」


 反力で二人の体が離れ女が撃った弾は二人の間を抜けていく。エイルは次の瞬間ターゲットを変えたようだ。女に向かって駆け寄っていく。


 すると、女はガトリングガンを今度は連射し始めた。ドルルルルとものすごい数の黒い弾丸がエイルを襲う。その弾をエイルは見切っているらしく、最低限体を横に揺らしながら構わず前へと進んでいく。


「!!」


 そしてエイルは上空へと飛んだ。もちろん女は銃をそちらに向けるが、エイルは空中で全部の弾を剣先でさばきはじいている。女の懐にもぐりこんだエイルは一閃を与えた。


「……!」


 どうやら女を切ったわけではなく、銃を横から真っ二つにしてしまったらしい。


 エイルの攻撃はそこでは終わらなかった。剣を翻しその柄の部分を女の鳩尾に向けて突いた。


「ぐふッ!?」


 女は吹き飛ばされて手すりに衝突した。ガインと痛々しい音が周囲に響く。


 その瞬間、先ほど蹴り飛ばされたはずの男がエイルの後ろを取っていた。


 振り下ろされる剣。


 しかしそれも決まらない。気づいたときにはエイルは踵を返し、その攻撃を受け止めていた。


「くそがッ……」


 どうやら二対一でもエイルの方が一枚上手のようだ。


 男は剣戟を流し部室棟の上から跳び去っていった。それを追うエイル。


 二人は本校舎の上へとたどり着き、そこでも目にも止まらぬ攻防が繰り広げられている。真也は手すりを掴み二人の戦いを見守った。


「な、何なのよあの異世界人……」


 するとその横に女が腹を押さえ、少し前かがみになりながら並んできた。


「ちょっと強すぎるでしょ……あれじゃあ部長でも……」


「……あんたら一体何者なんだ。エイルと同郷っていう風にも見えないが」


「……どうせあんたに説明しても記憶が消えるんだから説明するだけ無駄だわ」


「記憶が……消える?」


「えぇ、そう。邪魔だから話しかけないで」


 女は腰についたポケットから携帯を取り出し誰かに連絡をしようとしているようだった。


 応援でも呼ぶつもりだろうか。


「記憶が消えるって……まさか昨日の宇宙生物の記憶がみんなからなくなってしまっているのはお前らのせいなのか?」


「……!」


 その瞬間女は動きを止め、真也を驚いた様子で見た。


「あんた……まさかあのカオスの記憶が残ってるの?」


「カオス……? それがあの蜘蛛型宇宙生物の名前なのか?」


「マジか……もしかして、最近、自分の近くでこんな球を見た記憶は?」


 女はそういうと銃から何かボールのようなものを取り出した。それは見覚えのある球だった。


「あ、あぁ、それと同じもの、俺も持ってるぞ」


 真也は何故か肌身離さずポケットに入れていた黒い球を女に見せた。


「はは……まさかあんたがイレイザーだなんてね。ならいいわ、教えてあげる」


 女は銃を床に置くと真也に目を向けて話を始めた。


「私たちはねイレイザーという存在なの」


「イレイザー……?」


「イレイザーとは存在をイレース、つまり消去する能力を有する者。各個人が持つこの球、スフィアから生じるエネルギーを使用し攻撃するとその対象をなかったことに出来るの」


「なかったことに……?」


「えぇ、死ぬとかそういう次元の問題ではないわ。元から存在しなかったことになる。昨日の宇宙生物は私たちイレイザーがイレースしたことによって元から存在しないことになった。つまり宇宙生物が侵略しようとしてきたこと自体がなくなったというわけ。だから、それに伴い街の被害もなくなった。みんなの記憶からも存在しなくなった。そして私たちやあんたのようなイレイザーだけはそのなかったことになってしまったモノの記憶が引き継げる」


「……それでいつの間にかそのイレイザーになった俺は周りのみんなと記憶が食い違っていたっていうのか」


「その通りよ」


 そうだとすれば皆の挙動に関して合点がいく。しかしそれでは納得出来ないことも出てきた。


「でも待て、あの宇宙生物を倒したのはあそこにいるエイル、俺の召喚したサーバントだぞ。お前たちはアレに攻撃なんてしてないんじゃないのか」


 再び二人に目を向けると、二人はまだ激しい戦いを繰り広げている。エイルもすごいがあのオールバックの強さも尋常ではない。


「別に生きてる者だけが対象じゃないわ。死体でも物でも、何だってその存在を消去できる」


「そうなのか……」


 つまりエイルが倒した蜘蛛の死骸を昨日の夜の間に消して回ったということらしい。


「それは分かったけど、一体なんでそんなことをするんだ」


「何でって、そんなの当たり前でしょ。あの宇宙生物の襲来でこの街にどれだけの被害が出たと思ってるの。多くの死傷者も出たのよ。その事実をなくせるならそうするに決まってる」


「それは……」


 最初現れた時、二人は悪役にしか思えなかったが、どうやらそういうわけでもないらしい。


「でもじゃあ今エイルを消そうとしている理由はなんだ。あいつはむしろこの街を救った側だぞ。消す理由がないじゃないか」


「それはね……私たちが守るものはこの日常そのものなの。その日常を壊すものはイレースしなくてはならない。カオス値を測定すればその判断がつく。彼女のカオス値は現在124。イレースの対象だわ」


「カオス値……? さっきもあの男が言ってたけど、なんなんだそれは」


「この世に混沌を齎す危険度を現す値よ。まぁ単純に人類にとっての脅威度に近いかしら」


 エイルは存在を消されようとしている。女の話でそれだけは真也にも理解できた。


 真也にとってエイルはやっと現れてくれたこの普通な日常を変えてくれるかもしれない特別な存在だった。当然消されたくはない。


 二人の戦いっぷりを見るにこのままであればエイルが勝つような気がする。ならば真也は何もする必要はないだろうか? いや、真也の隣に立つ女は先ほど応援を呼ぼうとしていたに違いない。もしあのオールバック級の強さの人間が集団で攻撃を仕掛けてくればいくらエイルといえども勝機はないのではないか。ここは何とかしてこのイレイザーとかいう二人を説得して止めなくてはならないだろう。


「おい、そのカオス値がもし下がればどうなる? 消去の対象ではなくなるのか?」


「えぇ、100を下回ればカオスとは言われない。つまりイレースの対象ではなくなるわ。でもそんな下がるものなんかじゃないわよ。特に異世界人なんて……」


「しかしあいつは俺のサーバントだ。俺の命令なら聞くはずだ!」


 真也は戦いを続ける二人に向かって叫んだ。


「エイル! 攻撃をやめろ! 剣を納めるんだ!」


 エイルは男の剣戟を押し返し、タックルで吹き飛ばしたあとで真也に言葉を返した。


「しかしマスター! こちらは攻撃されているのだ! さすがにこの攻撃を剣なしに避け続けるには難しい!」


「いいからやめろ! そしてこの世界で目立つ行為を控えると約束しろ! そうしたら攻撃はされない! これは命令だ!」


「……了解したマスター」


 するとエイルは刀身を鞘に納め、校庭の真ん中に立った。


「約束しよう、この世界で目立つ行為は控えると」


 しかしオールバック男はそれにも構わずエイルに向かっていく。


「ひゃはははは! カオスが何を言おうと無駄だぁッ!」


「お、おい! あいつどうなってる! 話が違うぞ!」


 真也が女を見ると女は真也を無視するようにエイルへと頭を向けている。


「カオス値が下がっていく……120、115、110……」


「消えろやぁぁッ――!」


 振り上げられる黒い刃。


「部長! そいつはイレース対象ではなくなりました!」


 女が叫んだ瞬間エイルに刃が届く寸前で男はピタリと切りかかるのをやめてしまった。


「ふぅ……」


 真也は気付けば額が汗に濡れていた。何とか難を逃れることが出来たらしい。


「よかったわね。あんたのサーヴァント、消されずに済んだみたいよ」


「あぁ……」


「で、これから……そうね、彼女とあんたを交えて四人で少し話がしたいところだわ」


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