過ち、三つ。

 



 まずは聞き出すことを決めよう。


 これまでの経緯についてはウーリーさんから聞いているので、その辺りはもう良いだろう。


 動機は聞き出しても構わないけれど、ウーリーさんの話を聞いた感じではあまり深い理由ではなさそうだ。初めて得た暴力の快感にそのまま溺れてしまったのではと考えられる。


 わたしが引き出すべき情報は被害者について書かれた証拠か自白だ。出来るならば自白させたいが、この手の者は存外切れ者が多いのでどちらも難しく、一方に絞るしかない。そこは様子を見ながらやるつもりだ。


 自分の不利になる発言はなかなかしないだろう。


 拷問について語ったというのも結局は『自分ではなく外から得た知識を語った』体で、とてもじゃないが自白とは呼べない。自らがやったとハッキリ口に出さなければそうとは認められないのだ。


 ……揺さ振りをかけて動揺させていくか?


 いいや、それだと頑なに拒まれるだけか。




「先ほどウーリーさんとお話してきましたが、あなたは拷問がお好きだそうですね?」




 ホフマンが口元から手を下ろす。その口元は嬉しげに笑っていた。


 拷問と聞くだけでこの反応だ。この男の中で拷問それは非常に重要なものだのだろう。




「好きと表現するのは少し語弊があるかな。人は痛みに弱い。その弱点を如何いかに効率良く刺激出来るか。拷問について調べると人間の本性や性質、体の仕組みなんかが分かるようになるんだ」




 今までの取り調べの様子通り、拷問の話となれば饒舌になるのは本当らしい。


 好きなものの話に夢中になるのはどの人間もそうだ。


 下手に反発されるより好きな話をさせて親しみを感じさせる方が有効そうだな。


 貝みたいに口を噤まれても困る。


 


「それについては同感です。拷問方法には行う側の性格や考えが透けて出ます。そもそもこれ自体が情報を引き出すための手法という意味合いよりも、相手により多大な苦痛をどうすれば与えられるかという側面に重きが置かれておりますからね」




 わたしが頷き返したことに「おや?」という顔をした。


 まあ、普通はそういう反応になる。


 何せ犯人の言うことに同意する警官など、そうはいないからだ。




「拷問は非人道的だが内容は合理的なものも多い」


「ええ、苦痛を与える点では合理的なやり方が多いですよ。基本的に即死する手法が少なく、長時間生かしながら行う手法が大半を占めています。人体を傷付けながら生かすというのは案外難しいものですから、遥か昔より医者が拷問官を兼任していたのも頷けますね」


「……どうやら君もそれなりに見識があるようだね」


「人類史の闇とは誰しも少なからず興味が湧くものでしょう」




 わたしが拷問の話を聞いても嫌がらないことが嬉しいらしい。


 テーブルの上で輪を描くように置かれていた腕が解け、やや落ち着かない様子で表面を叩く。


 予想よりかは簡単に警戒心が和らいだなあ。


 笑いかけるとホフマンの本来のものに近いだろう邪気の少ない笑みが返って来た。




「君はどんな拷問方法が好きなんだい?」




 その爛々とした目は期待に満ちている。


 ホフマンの様子からして、すぐに死んでしまうものよりも長時間生き長らえさせるものの方が好みのようだ。


 わたしの知る中で生き長らえさせながらも最も残虐だと思う拷問と来ればアレだ。

 




「『ファラリスの雄牛』でしょうか?」


「牛? 八つ裂き刑かな?」


「いいえ。中が空洞の真鍮製の雄牛像に罪人を入れ、下で火を焚くのです。段々と熱くなる雄牛の中で炙られ、火傷と熱に悲鳴を上げると仕掛けを通して雄牛のような声に聞こえるというものですよ。まあ、近年になり殺傷力の低さが検証されて存在を疑問視されている一品ですが」




 拷問の末に死ぬ様を見世物とするための拷問具。


 しかも火刑と違い、直接火に当たる訳ではないので簡単には死なない。検証では人間が死ぬ温度までは上がらなかったそうだが、拷問という面で見れば、それはそれで罪人を長時間ジワジワと苦しめる良い道具とも言えよう。




「では実際に行われているものでは?」


「水責めでしょうか。一般的なものではなく、一定の時間毎に罪人の額に一滴水を落とすのです。それを二日三日と続けていくと罪人は次の水滴を待つようになるのですが、その待つ時間が段々永遠のように感じられ、やがて精神が耐えられなくなり発狂してしまうという手法ですよ」


「……素晴らしい! 君は真の拷問の何たるかが分かる子だったんだね。ああ、今日はなんて良い日だろう……」




 興奮したホフマンが身を乗り出し、ティーカップへ伸ばしかけていたわたしの手を掴む。


 離せと思ったが、絡まった視線には喜びと同時に猜疑心さいぎしんが見え隠れしていたので振り解かず、けれど少しだけ困ったようまなじりを下げれば小首を傾げられる。


 ……なるほど、これは手強い。


 この男は自分の外見が他人からどう見えるかよく理解しているな。


 わたしがこの世界の住人で、外見通りのあまり経験のない少年であれば、見目の良い男性に手を握られて熱い視線を向けられれば少しはドキリとしたのかもしれない。


 だが残念ながらわたしはもっと見目の良い人を常日頃見てる。


 でもココで一切動揺しないのは相手も面白くないだろう。




「あの、手を離していただけませんか……?」




 気まずげに視線を逸らして言えば、今気付いた風に手を離された。




「ああ、すまない。喜びのあまりつい」


「いえ、人慣れしていないわたしが悪いだけなので……。何でもありません、お気になさらずに」




 瞬間、淡い緑の瞳が怪しく煌めいた。


 今ホフマンはわたしの弱点を見付けた、と思っているだろうか。




「そうなのかい? 君みたいにミステリアスで可愛らしい子が勿体ない」




 ああ、愉快だ。笑い出しそうなくらい最高の気分だ。


 こんな分かりやすい撒き餌に誘われるなんて。


 表情だけでなく目や声音、仕草に至るまで気を配れないのでは三流だ。




「この話はやめましょう。……そういうあなたは? どのような方法がお好きで?」




 少々強引に話を戻せばうっそりとホフマンが笑う。


 その瞳はわたしを通して別のものを見るかの如く焦点がぼやけ、どこか陶酔した表情は穏やかな紳士然とした外見と相反し、不気味に映る。


 その化けの皮を剥がすのが今日の仕事になりそうだ。


 まあ、こういうのも自分を試されているみたいで嫌いじゃない。




「私は拷問の車輪だね。横向きに倒した車輪に罪人を縛り付け、四肢を棍棒などで叩き潰し、息絶えるまで放置して見世物のようにする拷問方法さ。しかも死んだ後は鳥に死体を食わせるという徹底ぶりだ。この国では車輪刑として処刑法の一つでもあるんだが、知ってるだろう?」


「いいえ、初めて聞きました。わたしは異国出身なので。そのように恐ろしい刑もあるんですね」




 きっと伯爵が横にいれば「息をするように嘘を吐くな」と思うだろう。


 この国の大まかな法に関しては教育を施された当初から何度も繰り返し学んでおり、その処刑法の該当する罪状が『聖職者又は教会関係者の殺害』もしくは『近親相姦』であることも知っている。


 要は『冒涜』に関する罪状に当てられた刑なのだ。


 ホフマンが説明した通り、絞首刑や斬首刑よりも生かされた状態の時間が長いために苦痛度も高く、四肢を砕かれた上に衆人環視の中で見世物としてゆっくりと衰弱死させられる。


 そして「拷問が好きと表現するのは語弊がある」と言っていたことは忘れているのかもしれない。


 


「……そうか、それじゃあ知らないのも無理はない」




 僅かに怯えた振りをするわたしを見る目に仄暗い光が灯る。


 それから自分の知る限りの拷問方法を語り出した。


 首を絞める、潰す、顔を水に押し付けたり椅子に縛り付けて水中に落とす水責め、焼きごて、目をくり抜いたり潰したり、薬品を飲ませる、頭に釘を打つ、アイスピックで刺す、皮膚を薄く刻む、生きたまま切り開く――……。




「耳を切るという拷問もあるんだよ」




 伸ばされた手がわたしの耳朶に触れる。


 恥ずかしそうに身を引いてやればホフマンは楽しげに笑う。


 警察関係者だろうわたしを落とせば逃れられるとでも考えたか。


 話しながら手を触れられることもあった。


 わたしを落とすことに意識を向けているのが分かる。


 そうだ、もっと喰い付いて来い。


 一度剥がれた皮はどんどん剥がれていくものだ。




「あなたは何故拷問がお好きなのですか?」




 ホフマンはこれも否定しなかった。




「それは勿論、人間にしか出来ないことだからさ。他の動物は敵を拷問するかい? しないだろう? 拷問という行為は人間が生み出し、人間のみが行うな行為なんだよ」




 拷問という熱に浮かされた一人の男へ投げかける。




「その特別なことはきっと、とても楽しいのでしょうね」




 ホフマンは頷いた。




「ああ、とても楽しいさ。人の悲鳴ほど心地好いものはない」




 思いを馳せるホフマンにわたしは笑いかける。


 隙だらけだよ、三流さん。




「まるでその人を支配しているみたいで?」


「そうだとも。そういう娯楽は大人でないと分からない、から、ね……」


 



 尻すぼみになる言葉にわたしの笑みは更に深まる。


 言質は取れた。


 わたしが「拷問は楽しいでしょうね」と言い、ホフマンは「楽しい」と答えた。


 それを答えられるのは実際に拷問行為を行った者だけだ。


 言った後に我に返ったのか陶然としていたはずの顔が微かに青い。


 自分の失言に気付いても、もう遅い。




「被害者達を拷問して感じた優越感はさぞ甘美な味だったでしょう?」


「違っ……! わたしはやっていない!」




 慌てて否定するホフマンだが、その焦り様は怪し過ぎる。


 席を立ち、座っているホフマンへ歩み寄り、その首に手を這わす。


 じわりじわりと首を絞めるように緩く力を込めていく。




「では、あなたのお好きなやり方で調べてみましょうか?」




 触れた喉がひくりと引き攣るのが分かる。




「死んだり余程酷い怪我を負わせたりしなければ、それは尋問の範囲だと刑事さんからお墨付きをいただいておりますので、拷問官を呼べば実地で学べますよ。やっていないと言うのであれば体験出来る良い機会にもなりますし」




「いかがですか?」と問えば喉がゴクリと動く。


 どんな想像をしてるか問うまでもない。


 青い顔で忙しなく視線を動かし、しかし首を掴まれているため頭はあまり動かせず、自分がこれからどのような目に遭うか、それがどれほどの苦痛を伴うか。この男は理解しているのだ。


 それと同時に驚いているのも分かる。


 先ほど「人慣れしていない」と口にしたわたしがこうして触れているからだ。


 敵の言葉を簡単に信じるなんてお粗末なものだ。


 首に当てていた手をスルスルと肩へ落としていく。




「まずは暴れられないように肩を脱臼させましょう。両腕を後ろで縛って高い位置から吊るした状態で、地面ギリギリまで落として一気に引き上げると両肩が外れるそうです。その後は拷問台に寝かせて、そうですね、少しずつ肌を切り裂いてみますか? こう、等間隔で表面だけを切るんですよ」




 肩から腕にかけて、指で横線を描く仕草を等間隔に繰り返す。


 服越しだからこそわたしの指の感覚を嫌でも鋭く拾ってしまうのだろう。


 ビクリと硬直した体に笑ってしまう。


 やるのは大好きだけど自分が痛い思いをするのは弱いらしい。


 やられたら、やり返されるのは当然でしょうに。




「ですが、もしもあなたが素直に自供されるのであれば、拷問はしません。そうなってしまえば残念ながら、拷問を行う必要がありませんから」




 刑事さんはああ見えて温厚だからそういった手法は滅多に使わない。


 しかし、わたしはその辺りは気にしない。


 被害者にしたことを犯人がされるというのは自業自得なだけだから。


 背後から耳に唇を寄せて囁く。




「わたしにも、あなたの言うを感じさせてくださいよ」




「ね?」と同意を得る風に続ければ、ホフマンが叫んだ。


 腕を振り払われてわたしは一歩下がる。




「あぁあああっ!! 離せっ、私に触るなぁああ!!!」


「おっと。危ないですねえ」




 更に薙ぎ払われた腕をもう一歩下がってかわす。


 刑事さんへ視線を向ければ、頷き、ホフマンを押さえ込もうとする。


 それすら恐ろしいのか一層暴れたものの、刑事さんと調書を取っていた警官とが二人がかりで取り押さえた。椅子は倒れ、床に俯せに寝転ぶように押さえられたホフマンさんの顔の側にしゃがみ込む。


 わたしは近付き、恐怖に体を跳ねさせる男へ笑った。




「素直に自供なさるのと、わたしと楽しい拷問の授業を行うの、どちらがお好みですか?」




 ホフマンは目を見開き、そして暴れるのをやめた。


 ……何だ、随分と心が折れるのが早いな。


 まあ、今まで自分で行い拷問の凄惨さを知っているからこそ、自分がされる側になる恐ろしさというのは大きいだろう。拷問官というその道のプロを呼ぶとなれば尚更か。


 暴れなくなると刑事さんはホフマンを解放した。


 精神的にも肉体的にも敵わないと理解してもらえたかな?




「では被害者について記した本の在処ありかを教えてください」




 そう問えば座り込んだ状態でホフマンが顔を上げた。


 その顔は恐怖と諦めと、戸惑いが混じっている。




「何故それを……」


「ウーリーさんがそういうものがあると教えてくれたのですよ。彼は『ティモシーに殺されるより、処刑された方がきっと苦しまない』と、そう言っておりました」


「……はは、何だ、気付いてたのか……」


「ええ、被害者を選ぶ時と同じ目を、あなたはウーリーさんに向けていたそうですよ」




 身に覚えがあるのか、ホフマンはただ乾いた笑いを零した。


 小さく「それでも愛しているから手は出せなかったんだ……」と呟いた。


 例えホフマンが愛する人だけは手にかけられないと思っていても、側で彼の行いを見続けたウーリーさんにはその想いは伝わらず、それどころか身の危険すら感じさせてしまった。


 それもこれも、やはり全て自業自得である。




「あなたは、あなたの行動故に愛する者に裏切られたのです。その意味をよく考えてください」




 未だ立ち上がらないホフマンにそう告げて刑事さんと共に廊下へ出る。


 外に出ていた警官が待機しており、もう中に入っても良いというジェスチャーを刑事さんより受けて、入れ替わりに入っていった。


 もっと苦戦すると思っていただけに少々拍子抜けだが仕事はこなした。


「もう帰っても構いませんか?」と問えば「ああ、御苦労さん」と背中を叩かれた。


 言うのは諦めたが、やはり痛かったから抗議の溜め息を零す。


 刑事さんに「ところでお前、本当に影響受けてねえだろうな?」と疑いの目を向けられたので、わたしは無言で微笑み、その大柄な図体のすねを蹴り付けた。





  

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