第四章
大賢女(1)
すっかりと暗闇に包まれた森の中。
俺はひたすら歩いては歩いて、そしてまた歩いて……。
「って、どこだよここ‼」
下手な一人突っ込みをするくらい俺の精神状態は、限界を迎えていた。
「いいから黙ってついてこい」
前を歩くのは師匠。杖を突きながら、慣れたように暗闇の森路を歩いていく。
そう、現在俺は師匠の家に向かっていた……筈だったのだが何を間違えたのか、街に帰るどころか森奥を進んでいる。マップで確認したらスキナカス大森林の中枢辺りだ。
なぜこんな所に、はっ、もしやこの女、俺をこの樹海に葬ってやろうとでもいうのか。
その時、俺の胸元辺りにムニュッとした柔らかな、まるでここは天国にあるマシュマロですかという感触がぶつかった。というかなんだ、天国にあるマシュマロって。
「ウッ⁉」
「ボーっとしながら歩くな、モンスターに殺されるぞ」
目の前には、師匠の豊満な
「あれ天国のって違う、急に止まって何なんだよ」
「ついたぞ」
「? ついたって……どこに」
辺りは暗闇でとにかく視界が悪い。その時、師匠の手にボワッと火が灯った。
見えてきたのは木造で建築されたログハウスみたいだった。
「私の家に決まっているだろ」
「い、家? ここ、フィールドですよ?」
「街は騒がしくて苦手だ」
いや喧騒が苦手なのは分かるけど、ここフィールドだぞ。しかも森ってモンスター達の住処じゃないのか。
「一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「もしかして師匠はモンスターなのか?」
「イデッ」
ボコッと頭を殴られた。しかもグーで、モンスターかよ。
「余計なコト言ってないでさっさと中に入れ、夜はモンスターが活発になるからな」
俺は師匠に引っ張られるように家に入った。
玄関から廊下を少し進んですぐにリビングは現れた。部屋は約二十畳程あって、かなり広い。
しかしそれよりも驚いたのは壁一面に本がびっしりと敷き詰められている、ということだった。
「うわっ、図書館かよ、ここは……」
師匠は俺のことなど無視して、お気に入りと思われるソファーに身を静める。
「適当に休め。風呂とか厨房とかお主の好きに使ってよいぞ。トイレは廊下を出てすぐのところだ。寝室は二階の一室を使え、ベッドもある」
そう言って師匠は読みかけの分厚い本から栞を抜き取り、読書をはじめる。
「そ、そうか、ありがとう……ってどれだけ快適なの⁉」
好きなの俺のこと? 中二の俺だったら大人の女だろうと好きになってるわ。むしろ年の差恋愛的な感じでより燃えてるだろうな。ってそんなんじゃなくて。
ひとまず昼からカップラーメンしか食べてなかったので、厨房を借りるか。
「師匠は自炊とかしてるのか?」
本から目を離した師匠は分かりやすいくらい嫌そうな顔して、俺を覗き見る。
「先からうるさいぞ。好きにしろとはいったがあまり騒がしくすると放り出すぞ」
まるで子供に言いつける親の如く、師匠は読書に戻る。
仕方ない、なんか適当余り物でもなんか作るか。料理やお菓子作りの腕には少し自信がある俺は、キッチンへと向かいそこで冷蔵庫らしきものを見つけた。
この世界にもあるんだな……。それもそうか。トオルが言ってたソキウスっていう組合の一つが作ったのかもしれないな。
まぁ居候させてもらう身としては、ここで感謝の気持ちを込めて何か作っておかないと。
そう思い冷蔵庫を開けると。
「は?」
何も無かった。いやこの言い方には語弊があるが、飲料水以外何も無かった。
これにはさすがの俺も驚いて、放り出される覚悟でどういうことかと尋ねた。
結局ブチ切れられそうになったが、何とか理由を聞き出せた。
師匠はアイ・ジーの【ボックス】に料理を入れているらしい。ふむ、忘れていたが確かにゲームっぽいな。
それと師匠は「料理は面倒だから一切しない」と言ったが多分それは嘘だ。
だいたい料理が面倒という奴は皆一貫して料理が下手、もしくは出来ない奴ばかりだ。
師匠も挑戦は何度かしてみるが結果上手く出来ない類なのだろう。
それに料理を一切しないのであればキッチンなんて要らないはずなのに、やたらと調理器具だけはいっちょ前に揃ってやがる。
しかし食材がなければ何も出来ないので、夕食はバケットと保存食用のスープを頂いた。
少し肉が食いたいな、現実に帰ろうかなと思ったが、ここで帰ったら二度とこの世界に帰ってこない可能性もあるので、無一文の俺は命の恵みに感謝しながらバケットをむしゃむしゃと頬張り、スープでそれを流し込んだ。
その後も寝室の確認や家の中を一通り見学したり、風呂に入ったりして過ごした。そしてこの世界で住むということにおいて、どうしても避けられない問題が一つあった。
そうこうしているうちに、妹の琉瑠からチャットが届いた。
ここで驚いたのは、アイ・ジーはこのALEに来れば自動的に完全転移モードに切り替えられ、現実の機能は使えないと思い込んでいたのだが、実際は使えた。
完全転移モードとは別に、通常モードのアイコンを押せば、現実世界で使っていたアイ・ジーの機能が使えるというのだ。正直これには驚いた。
SNSやアプリゲームなんかも出来るし、こっちの世界でも現実世界のリアルタイム情報が知れるということは中々に画期的だった。
話は戻って琉瑠とのチャットだ。
琉『おにーちゃん、今どこ?』
俺「悪い、今日からALEに住むことになった。しばらくそっちには帰れない」
琉『はぁ? 意味わかんない。バカなりにちゃんと説明して!』
俺「馬鹿なりにってなぁ。アイ・ジーを使って仮想世界にいるんだ。だから帰らない、以上」
琉『おにーちゃんなんか一生帰ってくるなし‼ ママにちゃんと言いつけるからね(怒怒怒)』
俺「いや怒りすぎだろ、しっかり伝えといてくれ」
一分後。
琉『……伝えたし。ママが「たまには帰ってきなさよ~ウフフ」だって。じゃあね、バカおにーちゃん‼』
なんとか理解してもらった。というか理解良すぎないか母君。
それに琉瑠も何だかんだ言って俺が
アイ・ジー使ってる奴らは皆こんな認識なのか?
これまで全くアイ・ジーやら没入型VRに触れてこなかった俺からすれば「今から違う世界に行くからしばらく帰らない、じゃあ宜しく」なんて言ってきたら、そいつを即刻気違い認定してたぞ。
そんなこんなでもう気付けば夜更けを迎えようとしていたらしく、俺の瞼も重くなってきたので、師匠に一言挨拶して寝室に向かうとする。
「おーい師匠」
数時間前に見たソファーで読書する姿が全く変わっていない師匠は、俺に呼ばれて驚いたようにこっちを向いた。そんなにのめり込んでいたのだろうか、話しかけたこっちの罪悪感が凄い。
「邪魔してすまない、そろそろ寝るから。おやすみなさい」
「そうか」
師匠はすぐさま活字ワールドへと戻る。いつまで読み続けるつもりなんだ。大賢女の異名も伊達じゃないな。
俺はリビングの扉を抜けて二階の寝室に向かおうしたとき。
「あ、言い忘れてたが……」
俺を呼び止める声が聞こえてきたので、それに首だけ捻って振り返る。
「明日から生きる為の特訓開始だからな。よく寝ておけよ」
そう述べた次の間には読書に戻っていた。
え? 生きる為とは何事ですか。
とりあえず俺は今の発言を聞いてない振りして、二階の寝室にあったベッドに飛び込んだ。
ふと、今日の壮絶な一日を振り返る。色々な事があった。アイ・ジーを付けてALEに来たことから、そこで出会った人間とAI達。
――それに沢山の人が目の前で死んだ。
そこでポン、とアイ・ジーが鳴った。
琉『―――――――――――――――――――たまになら帰ってきてもいいから』
うむ、可愛いな、我が妹よ。
あまりに疲れが溜まっていたせいか、考えるのをやめた俺は、意識が三秒で落ちた。
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