第5章 夢
悲しいくらいに拙く幼い字で一生懸命書かれた手紙。全てひらがなだった。美波ちゃんは漢字すら学ぶことなく幼くして亡くなってしまった。
幼くして亡くなってしまう命がある。美波ちゃんに限った話ではない。生きたいと思っても生きられない人がいる。人生の時間はみんな決して平等ではない。明日を生きるのが奇跡だという人が世の中にはたくさんいる。私がこうしてだらけているあいだにも、必死に生きるために戦っている人がいる。それを知った私は、変わる決心をした。
ーーーーー医者になろう。
医者になって美波ちゃんのような幼くして亡くなってしまう命を少しでも少なくしたい。そう思った。実際に美波ちゃんは最初に医者にかかった際にきちんとした診断が下されていれば助かったかもしれない。そんな美波ちゃんのような人を少しでも減らすために、私はたくさんの命を救える医者になりたい。安易な考え、単純、お前にそんなことできるはずがないと言われるかもしれない。でも、やりたい。この手で救える命を救いたい。そう思った。
次の日、私は職員室に向かった。大崎先生に会うためだった。
「失礼します。一年一組の藤永です。大崎先生いらっしゃいますか?」
「おう!藤永か、どうした。部活のことで何かあったか?それとも他に?」
「先生、ここじゃ話せないので進路指導室いいですか?」
「わかった。今から一緒に行こう」
進路指導室。初めて入った場所だった。思っていたよりもちゃんとしたソファがあって、いかにもっていう感じの部屋だった。
「で、どうしたの?クラスでなんか揉めた?それとも担任に何か言われたか?」
「あの...恥ずかしい質問なんですけど...私が今から本気で頑張った場合、どれくらい成績をあげることが可能ですか?」
「いきなりどうした。まだ高一の五月だろう?必死に頑張れば、どんなに今が成績悪くても、いい大学目指せると俺は思うぞ?」
「例えば...国公立大学の医学部とかも可能ですか?」
「それは、藤永みたいに申し訳ないこと言うと成績が悪い人じゃなくても厳しいよ。当然、藤永が国公立大学の医学部に行こうとしたら、並大抵じゃない努力が必要だと思う」
「でも、絶対不可能ってわけではないんですよね?」
「絶対不可能なんて、この世にはない。藤永は素質があるし、頑張れば医学部に行けるかもしれない。ただ、世の中そんなに甘くない。周りの先生は馬鹿にするかもしれないけど、俺は藤永が本気で医学部を目指したいっていうなら全力で応援する。それだけだ」
「私、本気で医学部目指したいんです。どうか、お願いします」
「分かった。ただ、甘くはない。それだけは覚えておけ。正直藤永みたいに、大学に行くのも厳しい成績の人が医学部を目指すのは、死ぬのも覚悟した方がいい。それぐらいのレベルだ。分かったか」
「はい」
「じゃあ、まずは1ヶ月以内に中学英語を終わらせてこい。分からないところは俺が教えるから」
それから必死の勉強漬けの生活が始まった。学校の休み時間、食事、登下校、寝る時以外の全ての時間を勉強にあてた。もちろん友達からの誘いは全て断った。
「能動態を受動態に変えるっていうのは、その文で別に主語がなくても意味が通じる時に目的語を主語に変えて文を整理することだよ。このThe starは、受動態に変えた時最後にby the starってなるけど、このby the starはない方がいい。理由は分かるな?」
試練の連続だった。しかし、結局努力に努力を重ねて、1ヶ月ちょっとで中学英語を終わらせた。
それから数学。これは父が数学教師だったから、助かった。父が自分が教えてる生徒に使わせているという授業プリントをもらい、徹底的に一から学び直した。父も私が医学部に行きたいと言うと応援して、こうして数学を教えてくれた。
国公立大学志望なので、全ての科目がまんべんなくできなければ受からない。当然周りからは「1BKの奴が国公立の医学部目指してるんだって」と噂になり、私は周りから散々馬鹿にされた。
でも、大崎先生と私の両親だけは信じてくれた。看護師として実際に医療現場で働いている母は「医者は間違いなく立派な仕事よ。渚に向いてると思う。勉強頑張って、たくさんの命を救える医者になろう」と言ってくれた。
最近まで毎日のようにカラオケに行って遊んでいた娘、成績不振で自堕落な生活を送っていた娘を信じてたくさんサポートしてくれる両親。本当に感謝しかなかった。
あおいうみ @natsukimizutamarikj
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