第3章 美しい波に手を伸ばしたい

「ただいま」


そう言って帰ると、いつもは共働きでいないはずの両親が帰ってきていた。母は看護師、父は高校教師なので、そんなに簡単に休むことはできない。それなのに今ここにいるということは、余程のことがあったに違いなかった。


「え...どうしたの?」


「渚、名古屋に行くから早く支度して」


「え、ちょっ。いきなりそんなこと言われても」


「いいから早く」


そう言われて用意して、東京駅から新幹線に乗り込んだ。


「いきなり、どうしたの?借金屋にでも追いかけられてるの?」


「いや、違うよ渚。落ち着いて聞いてくれる?」


「え...うん...」


「美波ちゃんが亡くなったそうよ」


「・・・・・・・・・・」


美波ちゃんは私のいとこ。私より8つ年下の可愛い女の子で、私と違って活発な性格。無垢眼差しが何よりも癒しの子だった。


「なんで?...」


「小児がんに罹ってたそうよ。6歳の頃から一生懸命治療してたんだけど亡くなってしまったの」


「まだ7才なのに・・・?なんで教えてくれなかったんだろう・・・」


「治療でだいぶ痩せちゃってたんだって。教えたら心配かけちゃうからって美波ちゃんが言ってたから言わなかったんだって」


「そうなんだ・・・」


あんなに可愛かったのに、あんなにいい子だったのに、まだ7才なのに亡くなってしまうなんて・・・


そして、名古屋に着いた私は、美波ちゃんのお母さんにお会いした。悲しみに暮れてるんじゃないかと心配していたが、そうではなかった。


「美波がね、お母さん泣いたらダメだよ。強く生きてねって言ってくれたの。くよくよしてる場合じゃない。美波のためにも全力で生涯を生き抜こうと決めたのよ」


と言っていた。亡き我が娘のために強く生きようと決めたお母さん。私は胸をつままれるような思いだった。私はそれから、美波ちゃんのお母さんと色々な話をした。


「最初は、頭が痛いって言ってたから病院に連れて行ったの。そしたらただの風邪からの頭痛だって言われたの。あの段階で癌だって分かってたら、美波は治ってたかもしれない。気づいた時にはもう結構病気が進行してて、お医者さんにも手が負えなかった。でも、最後まで美波は諦めなかったわ。渚ちゃんに手紙書いてくれてたから、はい、これ」


「ありがとうございます」


美波ちゃん、一体どんな思いで辛い癌治療を続けていたのだろうか?きっと私の想像じゃその辛さを思うことはできない。きっと誰もが思うより遥かに辛く孤独な治療だったに違いなかった。長く苦しい抗がん剤治療。長く続く高熱、髪は抜け落ち、激しい嘔吐を繰り返す。吐いても吐いても食べ物を口にすることはできず、胃液をひたすら吐き続けた結果、遂には胃の粘膜を通り越して吐いてしまう。夜はとても眠れるような状況ではないだろう。私は受け入れられない現実に目を背けたくなった。


それから、私はお葬式を終えて帰宅した。

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