第三章-03 転校生は暗殺者
※
あっという間に次の日曜日がやって来た。
「見てみて、優! あの服、可愛いわ!」
「ん? ああ、じゃあ入ってみるか」
「わーい! 行こ、行こ!」
俺はニコルに引っ張られるまま、オシャレな雰囲気の服屋に立ち寄る。
「ねえねえ、優。これ、似合うかな?」
「ああ、似合うぞ。明るいニコルのイメージにぴったりだ」
「ホント!? フフっ。それじゃあせっかくだし買っちゃおうかな」
ニコルは可愛いワンピースを身体に当てて、嬉しそうにクルクルと回る。
今日俺は、学校の校舎裏での約束通り、ニコルと二人きりで町に遊びに来ていた。
有名な観光スポットなどを一通り案内し、一緒に買い物をしたり、ファーストフード店に入ったり、ニコルが初めて訪れるという日本のゲームセンターに立ち寄ったり、およそ思いつくデートっぽいことを楽しんでいる。
周りからすれば、俺は美少女を連れて歩く超絶勝ち組だ。おまけに外国人のとびきりの金髪美少女。すれ違う人にやたらと注目されている気がする。ミカと一緒の時もこんな感じだが、それともまた違う新鮮な感覚だ。
俺とミカは兄妹だが、ニコルはそうではない。恋人になる可能性が存在する。
そういう意識をしてしまうと、ついつい頬がニヤけてしまう。既に向こうからは告白されているわけだし、俺がその気になれば今すぐにでも恋人にランクアップ出来るのだ。
「どうかした、優? さっきから変な顔して」
「え!? ああ、いや、何でも! 何でもナッシングだから!」
「フフッ! なにそれ! 優って面白いのね!」
「は、ははは……」
ニコルは楽しそうにしてくれているし、俺もすごく楽しい。一緒にいるだけでこっちまで明るくなる、そういう魅力を持った女の子だ。
しかし、ミカは相変わらずそんなニコルのことを怪しんでいる。俺を狙う組織の暗殺者、貂熊(ウルヴァリン)と浣熊(ラクーン)のどちらかだと考えているようだ。
確かに転校して来たタイミングが怪しい。俺に一目惚れしたっていうのも、認めたくはないが、取って付けた作り話感がする。
だからといって、組織の刺客だという決定打はないし、この子のことを無下には出来ない。ミカと同じでニコルは外国から転校して来たばかり。下心もゼロではないが、日本の生活に不慣れだろうし、今日のデートは街を案内してあげようという親切心からの行動なのである。
もちろん、ミカの言うことも分かる。用心に越したことはない。だけど、俺にはどうしてもこの子が恐ろしい組織の暗殺者だとは思えないのだ。俺に一目惚れしたっていうのも本当のことだと信じたいし、今だって純粋にデートを楽しんでいるようにしか見えない。
そういう思いがあり、ミカは猛反対していたが、俺はこのデートの誘いを受けることを決めたのだ。
ミカにはこう説明した。
あくまでこれは『釣り』であると。
この間の学校の時と一緒だ。仮にニコルが本当に俺を狙う暗殺者だとしたら、怪しい動きを見せた時に、正体を吊るし上げる作戦だ。ミカならそれが出来ると持ち上げたところ、渋々ではあるが了承してくれたのである。
そんなわけで、今回もミカは隠れて俺たちを尾行している。
変装しているのか、物陰に隠れているのか。尾行していることを知っている俺でさえ、ミカがどこにいるのか分からない。それほどにミカの尾行は完璧なものなのだし、ニコルも気づいていないと思う。
にしても、残念だ。
どうせならコソコソせずに、ミカも一緒にニコルと遊べばいいのに。仲良くなれる絶好の機会だっていうのに勿体ない話だ。
それに、やはりミカの杞憂で終わりそうだ。本当にニコルが暗殺者なら、今日一日で俺を暗殺する機会なんていくらでもあったはずだ。一緒にランチをしたし、ゲーセンでプリを撮るために個室に入ったし、それでも何もして来なかった。
このまま今日何事もなく済めば、今度こそミカもきっと疑いを解いてくれるはずだし、それまでの辛抱だ。
日が落ちて来た。
俺はここずっと夜の外出は避けて来た。暗がりは暗殺のチャンスだからだ。素人の俺でもそれくらいは理解しているので、ミカやトレバーさんに言われなくてもそうして来た。今日もその例外ではないが、そうでなくても、あまり遅い時間まで女の子を連れて歩くのは良くない。
そろそろ帰ろうかと俺が切り出すと、ニコルも同意してくれた。
「どこに住んでるんだっけ? 近くまで送るよ、ニコル」
「……ふーん」
「え、何だよ?」
「ううん。優って優しいのね」
「え? お、男だし、それくらい当然だよ」
ニコルの可愛い反応に思わずドキッとする。
「フフッ。ありがと。でも、駅までで大丈夫よ」
繁華街の駅近。おまけに夕ご飯時。人の波も格別に多い。
ニコルを送るために駅に向けて歩いていると。
「ん?」
何の前触れもなく、俺とニコルの前に見知らぬ二人の男が現れた。
それは白人と黒人の大柄な男性二人だった。外国人旅行者の多い昨今。特に珍しくはない。
だが、どういう訳かそいつらは俺たちを囲うようにして近づいて来て、そのまま俺たちの進行を遮るようにして立ち止まった。
俺の知らない人たちで、しかも外国人。ニコルの知り合いだろうが、家族って感じではなさそうだ。全然、似ていない。
「ニコル、この人たちは?」
「え? さあ、知らない人たちよ。ナンパとかじゃないかしら」
そう言ってニコルは肩を竦める。もういい加減うんざりという風な言い方だし、これだけ可愛いのだから、ニコルにとってはナンパくらい日常茶飯事なのだろう。
「ごめんなさいね。今、私たち、デート中なの。それとも道に迷ったの?」
ニコルは申し訳なさそうに言いながら、男に向かって行く。
最初は日本語で話しかけていたが、反応がないので今度は英語を使う。ニコルが初めて英語を使っているのを見たが、改めて生粋のイギリス人であることを思い知らされる。高校で習う英語も拙い俺は、尊敬の念を抱いた。
感心してニコルの様子を眺めている時だった。
「きゃっ!」
俺は目を疑う。
白人の方がいきなりニコルを突き飛ばしたのだ。
小柄なニコルは簡単に後ろに投げ出され、尻餅を付いて地面に倒れてしまった。
「なっ!? だ、大丈夫か、ニコル!?」
ニコルが男に何を言ったのかは分からないが、何か逆撫でするような言葉を言ってしまったのだろうか。それにしたって女の子に暴力を振うとはどうかしているぞ。幸いニコルは頭をぶつけたりはしていないようだ。
俺はニコルを助け起こそうと彼女に歩み寄ろうとするが、ニコルを突き飛ばした男が俺の方に向かって来た。
その大柄で筋肉質な腕が俺に向かって伸びて来る。
「っ!?」
その時、俺は激しいデジャヴを覚える。
ああ、そうか。ナンパなんかじゃない。
そもそも、こいつらが用があるのは、ニコルではない。
俺だ。
俺が感じたデジャヴの正体は、あの夜の学校の時のことだ。男たちの雰囲気が『あの男』に似ている。この男たちから組織のエージェントの穴熊(バジャー)と同じ雰囲気を感じたのだ。
俺はトレバーさんの言葉を思い出す。
俺を狙う暗殺者は二人だということ。
こいつらが組織の暗殺者。貂熊(ウルヴァリン)と浣熊(ラクーン)なんだ。
ああ、良かった……。
ということは、やっぱりニコルは組織とは関係なかったんだ……。
なんてホッとしている場合じゃない!
早く逃げないと!
こ、殺される!
※
優が自分自身に危機が迫っているのを察する前に、ミカは既に動き出していた。優が掴みかかられる1分以上前に、ミカは遠目からその男たちの異常さに感づいていたのだ。
今日一日の尾行中、ミカが注意を払っていたのは、優のすぐ横にいるニコルに対してだけではなかった。もしもニコルが組織の暗殺者、貂熊(ウルヴァリン)と浣熊(ラクーン)のどちらかだとすれば、もう一人のパートナーがどこかで潜伏していることになる。それに対する警戒もミカは常にしていた。
父・トレバーが手に入れた情報によれば、優を狙う暗殺者は二人組。ニコルはあくまで陽動が担当であり、本命の暗殺者が襲い掛かる機会を窺っているのではとミカは考えていた。
だから、見知らぬそいつらが、真っ直ぐと優たちの方に近寄って来ることにはすぐに気づけたし、ニコルが突き飛ばされた瞬間、迷わず動き出すことが出来た。
こいつらは組織の刺客だ。
ついに現れたのだ。
繁華街のど真ん中。周りには無数の人の目がある中で仕掛けて来るなんて、意外。目撃者なんて関係ない。警察の介入など問題ない。事を終えてから全て揉み消すという粗い策に打って出たのだろうか。
ともかく、はっきりしているのは、この刺客たちから優を守らなければならないということ。今、最優先で考えなければならないのは、こいつらをどう対処するかということ。
優を魔の手から救うために、ミカは紛れ込んでいた人ごみから飛び出した。男たちは、どこからともなく目の前に現れた少女に驚きを隠せていない。
その一瞬の隙を突いて、ミカは、二人組のうち、優に掴みかかろうとした男の方をまずは組み伏せた。
地面に叩き付けられ、男は瞬く間に失神する。
それを目の当たりにしたもう一人の方が驚きの声を上げた。
『何だ! 何が起こったんだ!?』
言語は英語だった。
そんな反応をしても仕方ないだろう。自分の半分くらいしかないような体格の少女に仲間があっさりと地面に張り倒されたのだから。
仲間をやったのが目の前に現れた少女だと理解した男は、ギョロっとした眼で睨み付ける。
『くそぉ! 何しやがる、こいつ! 大人しくしやがれ!』
男は怒りの形相でミカに掴みかかろうと突進して来た。
イギリス訛りの英語。こいつらはイギリス人か。
そんな分析をしつつ、ミカはその男の攻撃を軽くいなしてみせた。男は体勢を崩す。
単純で浅はかな動きだとミカは思った。
だから、こちらの男もあっさりと組み伏せることが出来た。男は仲間と同様、白目を向いてアスファルトの地面の上で伸びてしまっている。
結果、ミカは二人の大男をものの数秒で倒した。拍子抜けするくらいに簡単な相手だったし、自慢にもならない。ミカは日本に来る前は、訓練のためにトレバーと毎日のように組手をして来た。それと比べればあまりに容易かった。この世の中にトレバーより強い男はいないだろうし、仕方ないことではあるが、だとしても弱すぎる。
一瞬の攻防だったが、目撃していた周囲の人々が一斉に騒ぎ立てる。いつの間にかミカの周囲にはギャラリーが出来上がっていた。ミカと倒された二人組を囲うようにしてスマホを向けて来る。「映画の撮影か」とか「救急車呼んだ方がいいぞ」とか四方からやかましい声が飛び交っている。
目立ち過ぎたと後悔しつつも、状況が状況だったので、致し方ないとミカは自分に言い聞かせる。このまま警察がやって来るのも時間の問題だろう。どう説明すればいいのだろうか。いっそこのまま逃げてしまった方がいいだろうか。
その時だった。
ようやくミカは気づいた。
自分の愚かさと、事態の緊急さに。
ああ、そうか。この一連の出来事全てが『やつ』の攻撃(さくせん)だったのだ。
飛び出してから、二人組への対処は20秒も掛かっていない。
その間、優から意識を外したのは、ほんの10数秒だった。
その10数秒間で『やつ』は事を終えていたのだ。
鮮やか過ぎる犯行だった。『やつ』がプロであることの証明だった。
気づいた時にはもう遅い。
ミカの視界に入る範囲にいるのは野次馬だけ。
優とニコルの姿はどこにもなかった。
「くそっ!」
ミカは、倒れた二人組を放置し、人ごみを掻き分け、走り出した。
――兄さんが危ない!
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