第一章-06 俺の妹が暗殺者のわけがない

 映画の後、俺たちはみんなで町を遊び回った。買い食いをしたり、ゲーセンに行ったりだ。

 暗くなる前にクラスの連中と別れ、俺とミカは二人で家路に着いた。

 その道中のことである。


「……ねえ、兄さん」


 細い路地に入ったところで、突然、ミカが立ち止まった。

 それに合わせて俺も立ち止まる。


「ん? どうした、ミカ?」

「私のこと、どう思っているの?」

「へっ!?」


 不意打ち過ぎて思いっきり声が裏返ってしまった。

 人通りのない場所で二人きり。そんな状況で、ミカは極めて真剣な顔で俺にそう尋ねて来たのだ。

 どう思っているって……。

 言わせんなよ、恥ずかしい……。


「……そ、そりゃあもちろん、好――」

「私のこと、変とは思わないの?」


 俺の言葉を遮り、ミカはやはり真剣な顔で言う。


「変……? ミカが……?」


 ミカは緊張の面持ちで俺からの回答を待っているように見える。

 そして何故かミカは、俺の顔をジッと見据えながら、制服の上着の内ポケットの辺りに右手を突っ込んでいる。

 何やってるんだ……?

 痒いのか……?


「答えて、兄さん。私のこと、どう思っているのか」


 ミカは右手を隠すようにして上着の中に突っ込んだまま、棘のある声色で俺に促す。


「………………」


 おそらくだが、ミカは今朝の痴漢騒ぎや映画の時のことを気にして訊いているのだろう。

 周りの女の子より強いこと。銃や兵器に詳しいこと。だがそれらはロシアに行っていたのだから仕方ないというものだ。

 それを特別『変』とは俺は思わない。強いて言うなら『個性』である。

 そういうのも含めて俺はミカが好きなのだ。


「なあ、ミカ。もしかして、今日のこと気にしてるのか? ハハッ。だったら心配するなよ。あんなの全然変じゃねえって。むしろ、可愛いじゃねえか」

「…………可愛い?」


 俺の回答に対し、ミカはぽかんとする。


「……さっき、みんなも言っていたけど意味が分からない。可愛い? どういうことなの? 銃に詳しいことが可愛いの? どこが? 兄さんは何言ってるの?」


「いやいや、お前こそ何言ってんだよ! ギャップ萌えってやつだよ!」


 俺は思わず声を荒げてしまった。


「…………ぎゃっぷ、もえ? 兄さんは時々よく分からないことを言う……」

「いいか? 見た目オタクのやつが、さっきみたいなオタク知識を早口で話したところで、そりゃあ気持ち悪いだけだよ? でもな、お前みたいな可愛い女の子がオタク知識語り出したら逆に可愛く見えたりするんだよ」

「……そういうものなの……?」

「ああ。今朝のことだってそうだ。強くて可愛い女の子ってのはな、みんなの憧れなんだよ。現にバトルヒロインものはアニメや特撮でも昔っから人気のジャンルだ。アメコミにだっているだろ、そういうキャラ。強いのに可愛い。可愛いのに強い。このギャップだ。このギャップなんだよ。この一見、相反する要素がベストマッチすることによって女の子の魅力が何倍にも増すんだ。だから、今朝のことだって何も恥ずかしがったり隠したりする必要なんかないんだよ。堂々と胸を張れって。みんなミカのことを嫌いになんてならないし、むしろ好きになってくれるからさ」

 俺は熱く語った。

 兄として妹の抱える不安や悩みを解消してやるために。


「……よく分からないけど、兄さんは私を変だとは思わないってことなのね?」


 海外生活が長く触れて来た文化の違いもあろう。ミカはあまり理解出来ていない様子ではあるが、俺の説明を聞いているうちに険しかった表情が少しずつ緩くなって行った。


「ああ、そうだ。少なくとも俺からすれば、ミカは全然変じゃないぞ。普通の女の子だし、大事な俺の妹だよ。何も心配するなって」


 それを聞いたミカは、内ポケットから手を戻し。


「……そう。なら良かった」


 そう言って俺に微笑んでみせた。


「……っ!?」

「どうしたの、兄さん?」

「い、いや、何でもない! 気にするな!」


 ちくしょう、何でもなくねーよ……。

 なんつー表情をするんだよ……。

 眩し過ぎて思わず顔を背けてしまったではないか……。

 滅多に見せない、というか、初めて見るミカの柔らかい笑顔に、俺は憤死寸前になってしまったのだ。漫画だったら興奮のあまり鼻血を噴き出していただろう。

 無表情でも可愛いっていうのに、そんな顔をされたら可愛さにブーストが掛かるに決まっているではないか。

 やっぱり女の子は笑った顔が一番可愛いぜ……。

 それにしても、よっぽど気にしていたんだろうな、俺や周りから変に思われるのを。こんな表情をするということは、俺の言葉にそれだけ安心したということだ。

 どうやら兄として妹の役に立てたようだ。機嫌の良さそうなミカに釣られて、俺も何だか嬉しくなって来た。

 やっぱ兄妹ってのはいいもんだな。

 俺はそんなことを思いながら、ミカと並んで俺たち家族の家へと向かって歩く。


 今思えばだが、この時、俺は気づくべきだったのかもしれない。

 妹の不自然さに。

 そして。

 この時が最後だったのかもしれない。

 俺とミカが『兄』と『妹』の関係であったのは。


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