第一章-04 俺の妹が暗殺者のわけがない
今朝の事件のインパクトがデカ過ぎる以外は、特段、何事もなくその日の放課後を迎えた。
平和なのが何より一番だ。俺はああいう『非日常』的な事件は求めていない。可愛い妹と一緒にいるだけで十分刺激的な毎日を送れているからだ。
俺が望んでいるのは、妹との平凡な『日常』だけなのである。
「ねえ、ねえ。ミカちゃんも行くでしょ?」
授業が終わった途端、クラスの女子の一人がミカに声を掛けた。
今日の放課後、俺も含め、クラスの何人かで街に繰り出し、映画を観に行くことになっているのだ。
「……うん、行くよ」
ミカは少し頬を緩めて頷いていた。
最初の頃はこういう遊びにも行くことのなかったミカ。クラスに溶け込み始め、誘われるようになってからも、最初は遠慮していたのだが、俺や加純の説得で参加するようになった。
トレバーさんの仕事の都合で各国を飛び回って来たミカは、同じ町に定住することがほとんどなかった。そのため、仲の良い友達を作る機会がなかったらしく、友達とどう接していいのかよく分からなかったそうだ。俺や加純が「難しく考えなくてもいい」と優しく諭し、今の状況に落ち着けることが出来た。
ただ、今日は残念ながら、ミカと一番仲の良い加純は部活で来られない。吹奏楽部の大会が近いらしいので仕方がないだろう。
結局、参加するのは、部活にも所属していない暇を持て余したメンバー、男4女4の計8人となった。
学校を出発し、女子グループが前を歩くのを、男子グループが追従するかたちで街を歩く。
「やっぱミカちゃんは可愛いよなあ……」
他にも女子はいるのに、男子どもはミカにばかり視線を向け、鼻の下を伸ばしている。
まあ、そうなっても仕方ない。他の女子たちには悪いが、兄の俺の目から見ても、ミカは女子の中でダントツの可愛さなのである。顔もそうだが、制服越しに見てもスタイルが抜群。どこに出しても恥ずかしくない自慢の妹である。
「……おい、お前ら。言っておくが、俺の目の黒いうちはミカに手出しさせねえからな」
だが、みすみす見逃しておくほど俺の心は広くはない。ミカに嫌らしい視線を送る男子どもに釘を刺してやった。
クラスの男子だけではない。ミカに付こうとする悪い虫どもは、いつだって俺が追い払って来た。
たとえば、こうやって一緒に街を歩いている時なんか、ミカがチャラ男や芸能スカウトに声を掛けられることが何度もあった。ミカは自分の意見を言うのが得意ではないようで、そいつらからの誘いを上手く断れず困った様子でいることがほとんどだった。そういう時は、俺がいつもミカを庇った。相手が怖いお兄さんの時は、手を引っ張って一緒に街中を逃げたこともあった。
俺という人間は、基本的に面倒事が嫌いな性格だ。
それでもミカのためなら、そうやって身体を張ることが出来る。
何故なら、兄として妹を守るのは当然の義務だからである。
「……はいはい、出たぞ、いつもの加賀美のシスコンアピールが」
「お前さあ、あんま過保護過ぎると、ミカちゃんに嫌われんぞ」
「え?」
「そうそう。小さな子どもじゃねえんだからさ」
男子たちに指摘されて俺はハッとする。確かに、妹とはいえ、俺とミカは同い年。あんまり子ども扱いされるのは良い気分にはならないだろう。有難迷惑どころか、もしかしたら、ただウザいだけと思われていてもおかしくない。
それに、ミカを思ってのことではあるが、出会ってからの今までずっと、俺はミカに構いすぎて来たかもしれない。いつもいつも頼まれてもいないのに、勝手に面倒を見ようとして来た。しかも、今朝見た身体能力と護身術を見る限り、俺みたいな喧嘩の弱いやつが守ってやる必要なんてなく、ただの余計なお節介だったのかもしれない。
下手すりゃ嫌われてしまっているかもな……。
そもそも、ミカって俺のことをどう思っているのだろう。さすがに直接「俺のこと、どう思う?」なんて訊けないし、訊いたこともない。
女子たちと歩くミカを見つめながら、俺は不安な気持ちになって来ていた。
……もし、嫌われていたらどうしよう。
いや、俺になんて関心すらないのかもしれない。ミカからすれば、俺は『義理の兄』ってだけの存在なのかもしれない。
だけどだ。
ミカが俺のことをどう思っていようとも、少なくとも俺の方は、ミカのことを大切に思っている。まだ数ヶ月の付き合いかもしれないが、兄として妹に幸せになって欲しいと本気で思っている。
たとえこの想いが一方通行だって、俺は構わないんだ。
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