第3話



 職場の休憩室で、静かに読書をしていた明日香あすかに、少し年上の先輩が声を掛けた。

朝霞あさかさんも葉月はづき星稜せいりょうのファン?」

 葉月はずき星稜せいりょうというのは最近女性に人気の新鋭しんえい作家であり、明日香あすかが読んでいたものは数日前発売したばかりの彼の最新作だった。

 「ええ」と答えると、先輩は水を得たように葉月はずき星稜せいりょうの魅力について語り始めた。

 葉月はづきの作品は文学的だが、読みやすく伝わり易い表現手法しか使われず、どんな層の読者も楽しめるように心がけて書かれている。

 彼女の話は見事にミーハーで、文学好きが聞いたらあきれるような内容だけれども、明日香あすかは嬉しそうにそれを聞いていた。

 呆れる必要なんてない。彼がどんな風に自分の作品を読んでほしいのかを、明日香あすかは良く知っている。まさしく、彼女のように楽しんでもらうことこそ何よりだと彼が思っていることを、知っている。

葉月はずき星稜せいりょうといえば、やっぱあれよね。後書きの〆!」

 いつの間にか休憩室に居た数人の女子も集まってきており、自然と話はそこへ転んだ。

「最愛なる君。あの書き方がまずたまらない」

「ロマンチックよね」

「ねえ、あれ読んだ? 一番大切な人を思い浮かべてっていうやつ」

「読んだ読んだ! あんな風に誰かにあたしも愛されたい!」

「あんな風に言われちゃったらさ、相手がどんな人かなんて無粋ぶすいな想像も出来ないよね」

「きっと素敵な人なんだろうなあ」

 そのり取りを聞きながら、明日香あすかはこっそり苦笑いを浮かべた。そうして無意識のうちに本を抱きしめていた。

 明日香あすかの手にしている本は少し特別である。後書きの後の余白には作者のサインと共に、手書きのメッセージがえられている。


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