第2話



 とある作家の後書き、その〆は必ずこう書かれる。


『最愛なる君へ』


 当初、それは読者全般へのメッセージだとその作家は言っていた。しかし、たったひとつのこの言葉は、どうしてか愛があふれすぎている感覚を覚えさせ、特定の誰かへのメッセージとしか受け取れなかった。

 特定の誰かへだろうと、不特定の読者へだろうと、読む側が微笑みを浮かべるくらいに深い慈愛じあいが満ちて取れた。


 ある時、雑誌のインタビューでそのことを掘り下げられると、彼は決まり悪そうに白状はくじょうした。


「特定の誰かへてたわけではないのです。ただ、メッセージ性を強くするためには、自分の良く知る誰かを想像して書くほうが、伝わりやすいと思っています。あの言葉を書く時、必ず特定の誰か、僕の一番大切な人を思い浮かべて書いているのは確かです」


 会えなくても、大切な人がいつだって自分をそばに感じていられるように、彼はつづり続ける。

 それを読む時の大切な人の微笑みを思い浮かべながら、心を込めて後書きの最後を綴り、大切な人だけではなく、様々な人へのエールとなることを彼は祈る。

 込められた想いを届けたい。それは決して彼の大切な人だけへ向けられたものではない。

 読む人へ手紙を書くように彼は綴り続ける。

 ふと大切な人の姿を思い浮かべて、ふと読み手の微笑む姿を想像して、彼は丁寧に丁寧に言葉をつむいで行く。


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