第8話「異世界でも友のためなら何でも出来るに違いない」

「…………」


トリステレムの奇妙な構えに、ガヴェインは警戒を怠らなかった。


サーベルやソードのように刃渡りの比較的長い物であれば、振り回す力を乗せる為に高く構える、言わば上段の構えをとるのは分かる。

だがしかし、ナイフという刃渡りの短い物は、小手先で自在に動かす事がメリットの一つであり、それは防御にさえ向いているという事。


故に、ナイフを"高く構え"、"攻める"という事が、今一つガヴェインには理解し難かった。


騎士見習いの頃に、ナイフを扱うのを得意とする同輩が居た。


正々堂々、質実剛健、筋肉隆々といった事が正道と思いがちな騎士たちの中でも、彼は特に浮いていた存在であり、しかし、同時に強者であった彼が、ガヴェインと知り合い、仲を良くするのには、そう時間はかからなかった。


「(アイツは何て言ってたか……思い出せ!)」


ガヴェインは記憶の波をまさぐる。






「あン?俺がナイフを使う理由?」


それは騎士見習いの時のある頃、ガヴェインが上位クラスでの練習を行っている時だった。


正確には、いつもの練習の時間を蔑ろにしてまで、サボり魔のナイフ使いを追って森の中まで行った時だ。


ナイフ使いは周りよりも一際太い樹の上で、幹に腰掛けていた。


「そうだナ……お前、例えば、此処からうごかずに、あの木に傷を付ける事が出来るか?」


ナイフ使いの騎士見習いは二十メートルほど先の、幹の細い木を指さした。


「いや、無理だな。石っころ投げても正確に当たるか分からん。矢でも難しいんじゃないか?」


「剣を投げれば良いじゃないカ」


当たり前のように言ってのけるナイフ使いに、ガヴェインは少しだけ嫌気がさした。


「まア、騎士の誇りである剣や鎧を手放すワケにはいかねぇってんだろウし、第一、投げたって当たるとは思えねェ」


「だかラ」


そう言って、ナイフ使いは己の右手で弄んでいたナイフを投げ、ナイフ使いからただの捨て身となった。


投げられたナイフは、指さした木に突き刺さっていた。


「ナイフにも種類はあるがナ、大抵のナイフは刃渡りが短いぶん簡単には折れにきぃし、投擲から、普通に接近戦まで使えル。テキの身に刺さりゃあそれで充分だし、何より、剣を振るよりハ消耗も少ない。一人で大量に持っていく事も楽勝だし、そんで数さえありゃァ、単騎相手にはかなり強い」


説明しながら木の元まで歩く彼を、ガヴェインは追いながら聞いていた。


「そシて、こうして刺さってモ」


よっ、と言いながら、彼は木に打ち立てられていたナイフを引っこ抜いた。


「すぐ抜ける。深々と刺さなきゃ、ナ」


そう言いながら、細長い双眸をさらに細ませた。


「でも、それって剣でも大抵の事は一緒じゃないか?」


ガヴェインさえどうしても、剣を扱う騎士こそ、正道だと思ってしまう。


「そうだナ。けど、ナイフとソードじゃ、刃渡り以上に、もっと、根本的に違う所があるだロ?」


「………?」


「それハ--」


森の中をそよ風が通り、葉を揺らした。







当時の彼から聞いたナイフに関する事について、ガヴェインは粗方の事を思い出した。


そして一つ、ナイフを使って攻める時の常套手段を、聞いていた事を、思い出した。


「あぁ……そうだったな」


何かを思い付いたようなガヴェインを見て、トリステレムが口を開く。


「じゃあ……いいかな?」


「おう!来なよ、トリステレムさん!」


ガヴェインの返事と共に、双方は脅威的な速さで、互いに詰め寄り、強烈な衝撃波を起こした。






「このナイフで牙を斬れればこのナイフが能力元、不可能ならアイツの能力、毛皮にも突き立てて真っ二つなら硬度制限の可能性……」


何一つ装飾の無い、全てが黒く塗られた、闇の塊のようなナイフを持ち、ガレイスは魔猪の死骸へと辿り着いた。


そしてすぐさま、猪の顔の所に馬乗りになり、黒く重いナイフの先端を、勢いよく牙に振り下ろした。


結果--


「……ヒビが僅かに入っただけ、か。となると、アイツの能力だろうか」


牙にナイフの先端ほどの大きさのヒビを残しただけであった。


「しまった……っ!アイツの能力なら硬度制限の有無が分からねぇな……ん?」


ヒビを見ながら、ガレイスは、そのヒビから牙の外周に沿って微かに伸びる、亀裂に目を付けた。


「この形……どっかで…………あっ!?」


猪の頭から飛び降り、正面へと回る。


「つまり……そういう事か……っ!」


そして今度は、ガヴェインの元へと急ぐ。


全ての間違いを、伝える為に。







「っ!……っしゃオラァ!!」


ガヴェインはトリステレムの斬撃、刺突を剣でいなしながら、反撃をし、避けられ、一度距離が開いてから、再びトリステレムの攻撃をいなす、というループ作業を行っていた。


ただし、距離が開いてからは、必ずトリステレムの左手側に回り込むという動きで。


トリステレムの左手側、つまり、トリステレムがナイフを持つ方の手と、対称的な位置へ。


「確かに、ナイフの刃渡りの短さは、超近距離戦でこそ遺憾無く発揮される」


「中〜遠距離なら、それこそ投擲して使う」


「けど、参ったねぇ……」


「ボクの間合いをギリギリ外れるくらいの近距離戦、とは」


ガヴェインはナイフを持つ手から距離を取り、かつ比較的無防備な方へと動いていた。


トリステレムはさも厄介そうな事を言うが、その語調は少しも変化しない。


「でもさぁ、肝心のナイフが君から見えないんじゃあ、反応がそのうち間に合わなくなるんじゃないの?」


トリステレムはそう言いながらも、攻撃の速さを速めず、また緩めない。


「良い。ナイフは見えなくても構わない」


ガヴェインはそう言った。


「ナイフは投げられなきゃ、身体の動きを見れば予測はつく」


「そして、最も警戒すべきは、ナイフじゃない。空いている手だ」


ガヴェインの視線は、常に空いている手、トリステレムの左手に向けられている。


「ナイフの利点の一つ、片手で扱える事。ナイフ使いの友人の一人は、常に右手だけでナイフを自在に扱えるように練習してたぜ」


「はぁん……そいつぁ」


トリステレムは言葉の途中ながらに、左手を動かした。


それは、ガヴェインの顔へと掌を向けるように動いた。


「(動いたッ!けど袖から何かを出したようには見えてない……ブラフ……!?いや、元から手の平に仕込んでいた可能性も……くっ……!)」


ガヴェインは剣の腹で顔を防ぐように構えた。


が、開かれたトリステレムの左手には何も無かった。


「……ちと、警戒しすぎだけど、なッ!!」


そう言い、ガヴェインの腹に、トリステレムの脚の裏がめり込む。

ガヴェインの身体は深く、くの字に折れ曲がる。


ガヴェインはそのまま蹴り飛ばされ、太い幹に衝突し、止まる。


「ごっ……!ぐぉぼぁっ…………がはッ……!」


背中に走る衝撃に肺は潰され、吐き出した息には血が混じった。

途端に、目の前も覚束無くなり、木の幹に背中を預ける事しか出来ない。


薄れる意識の中で、ひとつだけ、声がした。


「お疲れさん。今は休め」


ガヴェインは、昔から、その声を聞くと、何故か、力が出た。


「…………あと、は……た、の……む…………」


「あぁ、任せろ」


そして、ガヴェインは目を閉じた。


その傍らには、一人の青年の姿があった。


ガヴェインと同じ洋装を纏い、長くも縮れた黒髪をたたえ--


--そして、その髪が逆立つ程の、獅子のような闘気を放つ青年が。


「加減はしたつもりだけど、お友達、死んじゃったかい?」


トリステレムの発言に、青年は振り向く。


「ガヴは此処で死ぬようなタマじゃねぇよ」


その口調は、至って冷静。


「そうかい。じゃあ、次こそ君の番だね。確か、名前は……ああ、もう一度教えてくれるかな?リーマン辞めて久しいから、名前を覚えるのが苦手になってねぇ……」


そして、その内には--


「ガレイス=ロッソ」


「お前を、打ち倒す者だ」


--燃え滾る激情。

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