二十八話 わからないこと

 誕生日パーティーの準備をしている。

 リサさんは約束の通りに遥を連れだしてくれたようでここにはいない。俺は誰もいない部屋で黙々と作業をおこなっていた。とはいっても作業はかなり簡単だったのだが。

 部屋の飾りつけは3Dプリンターで作ったものを適当に並べればよい。結局買ってきたり作ったりするのが一番面倒なのだ。それが数秒で終わるのだから楽である。

 晩御飯も3Dプリンターに任せることにした。実際、一人で三人分の豪華な料理を作るのは結構大変なのだ。プレゼントは……実は遥が何を喜ぶのかわからないせいで決めかねていた。遥が物を欲しがっている姿なんて見たことが無いのだからしょうがない。

 じゃあ、俺は何に力をいれたのか?

 このままだとリサさんのなんちゃってパーティーと何も違いない。だがちゃん差別化はできている。誕生日パーティーなのだから誕生日ケーキを作るに決まっているだろう。幸い第五地区に『週刊自炊生活~おいしいケーキの作り方~』という謎の雑誌があったので助かった。おとといは第四地区の帰りにそれをメモして帰ってきたのだ。


 ……そう。メモだ。

 結局、未来でも紙文化は無くなってはいなかったのだ。今俺が使っているのが純パルプの紙かは不明だが、物理的にメモを取るという意味では間違いなく紙だ。

 他にも6000年経っても姿を変えずに残しているものがある。紙、ペン、ベッド、椅子、机、傘、服、階段……並べると限りがない。

 きっと人類はこれらのものを実用品の範疇を超えるレベルで好きだったのだろう。未来の科学力ならば代替品なんてとうに作れたはずなのだ。いや。実際に作ったと思う。それでもきっと浸透しなかったのだ。

 人の文化というのは一朝一夕で出来るものでは無い。連綿と受け継がれた感性が文化なのだ。流石に傘は足が濡れるのでなくなってても良かったのだが……。


 まあ、未来事情に対する考察は後で良いか。

 ケーキのスポンジ部分はすでに作成済みで冷やしている。今はクリームを塗りたくってイチゴをトッピングしているところだ。

 ちなみに作ったのはシフォンケーキだ。初めて作ったのでそれなりに心配ではあったのだが一回で納得のいく出来になった。一応失敗した時のための時間も用意しておいたのだが……料理をちゃんとやっていた時期は3年前なのに意外とできるものだなぁ……。






 全部の装飾が終わり、食事とケーキの準備もできた。

 手持無沙汰に時計を見る。午後の六時半だ。もう帰ってきて良い頃だろう。ケーキにはろうそくを十四本ばかり突き刺して、痛まない様に保冷剤付きで箱の中に入れている。万全だ。

 暇な思いを持て余してぼけーっとしていた。このまま座っている椅子に沈んでしまいそうだ。

 やることがないと思考停止して困ってしまうあたり社畜精神が身についていると言える。しかたないのでシミュレーションでもして待っていよう。

 まずは遥を連れたリサさんが帰ってくるはずだ。サプライズという話をしていたのできっと遥は俺に気づいていない。そうやってリビングまで歩いてくるのだ。

 えっと……そこで俺は何をすればいい?

 出迎えはどうすれば良いんだろうか?

 昔ならとりあえずクラッカーでも持って鳴らしてやればサプライズ感は出たのだが、たぶんこれは彼女達には通じない。むしろ突然何をやっているのか心配されそうだ。

 え。だったらどうやって伝えればいいんだ? 普通に「遥、誕生日おめでとー!」とか笑顔で言えばよいのか? ……なんか違くない? 俺のキャラにもあってはいないし全然テンションがついていかない。むしろ今の俺は遥に断罪される気持ちになっているのだが?

 ええ……どうしようか……当たって砕けるしかないのか?

 そう思った時であった。

 小さな音が鳴った。


 ——かたん。

 扉の開く音だ。遥達の帰ってきた音のだろう。え、まずいまずい。何も考えていないし、覚悟もできていない。


「おーい。帰ってきたよー」

「……リサちゃん? 誰に話しかけて……もしかしてお客さん!?」


 しまった。

 リサさんに声をかけられた。よく考えればサプライズというだけで気を回してくれるほど簡単な人ではなかったのを忘れていた。連れ出してという依頼以外何も考えていないのだろう。

 しかもそのせいで遥に気づかれた。俺は急いで何かしらのアクションを起こさなければいけない。彼女達は玄関を歩きリビングの方へ向かってくる。残り数秒しかない。何をどうやってすれば……違う……今は考える時ではない! 行動しなければ……まずは立ち上がれ!

 己を奮い立たせて立ち上がる。

 一瞬の隙も与えてはいけない……チャンスは一瞬だ! リビングに向かうドアが開いた瞬間にお祝いの言葉を言ってやる……!

 そう思いながら扉へと向かった。だが、思いのほか緊張していたようで足がもつれる。あ。ヤバい。


「ぐあっ!」

「きゃっ! ……お客さんなにをしているの?」


 そのまま体制を崩して顔面スライディングをかました。そして同時に遥がドアを開けた。リサさんは遥の後ろで俺の姿を見て肩を震わせている……許さねぇ。


「何ってお誕生日パーティー。見てわかんない?」

「え……お誕生日パーティー……私の……!?」

「ああ」


 ……もうどうでもよくなってきた。

 どうせスマートに誕生日を祝うなんて俺にはできないんだ。開き直って、つぶれたヒキガエルのような体勢で首だけ回して遥を見る。スカートの中が見えそうだった。すぐに床を見る。

 ……やっぱり青少年には刺激が強すぎるんだよなぁ。


「本当?」

「本当」

「本当に本当?」

「本当に本当」

「本当に本当に本当?」

「本当に本当に……って何回このやりとりするんだよ!」


 なぜか遥が壊れたテープレコーダーのように何度も確認を取ってくる。急にどうしたんだ?


「え……あ……うん……そうだね……」

「あ、ああ。そうだぞ。誕生日パーティーだ。喜べ」

「うん……」


 だが、ツッコミを入れると今度は生返事だけをして何も言わなくなってしまった。これもこれでやりづらい。情緒不安定かよ。


「……おーい?」

「……」

「遥さーん、聞こえてますー?」

「……」


 床を見ているため遥の姿はわからない。何も返事をしない様子にだんだん不安になってきた。まちがってスカートの中を見ないように気をつけながら遥を盗み見る。

 目に涙を浮かべていた。

 ぎょっとした。あの遥が泣きそうなのだ。こんな彼女は見たことが無かった。

 彼女の瞳は複雑な色をしていて何を表しているかは推測できない。そしてその玉虫色の感情はそのまま抽出されて涙に形をかえているのだ。

 この動揺は俺だけではなくリサさんも同じのようで少しおろおろしているように思える。


「え、遥!? うわっ……えっと……ごめん!」

「違うの! ……違うの。お客さんが悪いんじゃないの……」


 とりあえず謝ってしまう日本人の性。それに手を振りながらフォローする遥。いや違うってなんだよ……明らかに俺が原因じゃん……。


「……違う? えっと大丈夫?」

「うん、大丈夫……でもそうじゃなくて……あれ? なんで泣いてるの? え……?」

「うわっ! 泣かないで! え、どうしよう……あ……リサさん!」

「え!? ここで私に話を振るの⁉」


 遥はついに泣き出してしまった。よりパニックになる俺たち。しばらくは焦りっぱなしだったのだが、彼女の頬から伝った涙が地面を濡らしたのを見て急速に頭が冷えていった。


「遥?」

「……なに?」

「ゆっくりでいいから話してくれない? 何を思っているのか、なんで泣いているのか」

「……うん、うん」


 何度も頷きながら呼吸を整える。

 手で座るように示すと俺の横にちょこんと座った。いや……かわいいけどさ……俺は椅子に座るように示したつもりだったのだが……。俺の体に触れる彼女の体が温かい。

 そうして何度か深呼吸をすると彼女は静かに話し始めた。


「……お客さんは私のことを嫌いじゃないの?」

「え?」


 予想外のことを言われて驚く。嫌う? まさか? どこに俺が嫌っている要素があったのだ……むしろ仲直りしようと……。むしろ俺のことを嫌っていたのは遥だったのではなかろうか?


「まさか。むしろ仲直りのために誕生日パーティーを企画したんだからな」

「そう……なの?」

「そうだ」


 目を驚きで見開く。先ほどまで泣いていたことがわかる赤い瞳だ。そして涙は小康状態になり、一応は止まっていた。


「わ、たし、私ね。わからないの」


 俺の服の裾をぎゅっとつかむ。まるで縋っているようだった。


「あの……、お客さんに手を払われた日ね……」


 唇を噛んでぐっと何かをこらえている。いや、こらえていたものをゆっくりと吐き出しているのだ。俺には彼女の辛さの理由がわからない。


「私何かお客さんに悪いことしたのかなって思って……」

「いや、それは間違いなくないぞ。アレは俺の責任だ」


 遥が見当違いのことで悩んでいたようだったのでちゃんとそれは否定する。


「本当に悪かった」


 前にも謝ったのだが、どうやらちゃんと通じていなかったようだ。だからよそよそしい態度で俺に接していたのだろう。だが、遥は俺の声を聴いても腑に落ちた顔をしていなかった。……これはもっとちゃんと謝る必要があるのだろうか?


「遥、ごめん。あれについては間違いなく俺が悪かったし、遥を嫌ってもいない!」

「嫌ってもいない?」

「そうだ!」


 ゆっくりとその言葉を噛みしめる。そうして小さく「違う。お客さんじゃない」というと、呟くようにして言った。


「私はお客さんのこと嫌っていない?」

「だから、嫌ってないって……え? 遥が?」

「そう、私が」


 ふざけていっているのかと思った。いや、遥が俺のことを嫌いになったと拒絶したのならまだわかる。だが、なぜ自分の感情を人に聞く?


「ねえ、リサちゃん。私ってお客さんのこと嫌いだと思う?」

「え……! あー……。ん。嫌ってないと思うけどー?」

「だよね……」


 今度はリサさんに確認を求めていた。俺のことを嫌ってないという意見に多少安堵はしたのだが、返答の速さから見るに答えはすでに出ていたのだろう。そうして遥は何度か頷くと、意を決したのか俺の方に向きなおしてきた。


「ねえねえ。お客さん」

「あ、ああ」

「わからないことがあるんだけど教えてもらってもいい?」

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