十五話 いい夢
夕食を終えた時にリサさんに「今日って大丈夫ですか?」と聞くと、こころよく承諾をしてくれた。
リサさんの部屋へ向かう。
「なんかここ一週間で結構いろいろわかりました」
「へー。そうなんだー」
この人のアル中ふわふわトークのリズムに持ってかれると話が進まないことはわかっているので聞きたいことを単刀直入に言う。
「海神教って知ってますか?」
「んー知っているよー?」
やはり知っていたようだ。チップ無しで知ることのできた情報なのだからリサさんが知っているのは当然だ。しかも探索していた当時は司さんもいたのだ。知らないはずがない。
「ええと……」
「ん?」
司さんのことも聞こうとした。聞こうとしたのだが彼女に聞いても良いのだろうか? もしも海神教が原因で出たのならば、彼女の心の傷を広げかねないしそうでなくとも辛い記憶のはずだ。
「ええと……どうして海神教の人は海に出ていったのですかね?」
「んー……よくわかって無いんだよねぇー」
「あ、そうなんすか」
結果的に地雷を踏んでいるかどうか微妙なことを聞いてしまった。だが……この様子を見るに司さんのこととは無関係のような気がする。
ええい、聞いてしまえ。
「司さんってもしかして海神教の信者だったりとかするんですか?」
「ちがうよー。というよりも海神教は私達の世代にはもういないよー」
「いない……?」
「そうそういないよー。私達も塔の探索中に知ったくらいだもの」
変な話だ。一時期は相当な勢力を持っており、それこそ社会問題になったこともしばしばあったらしい。それがなぜ今まで引き継がれなかったのだろうか?
「ひょっとして司が海に出た理由が海神教だと思ったの?」
「まあ。多少は……」
リサさんにこちらの考えていたことが推測されてしまった。知られても困ることでもないが、気づかれるくらいなら初めから言っとけばよかった。
「私の親世代も司も海に出た理由は海神教じゃないよー」
「ああ。そうそう親世代ですよ。親世代」
「ん?」
「その話でいうと親世代が出ていった理由ってなんなんですか?」
「あー」
前から気になっていたのだ。リサさんにも親がいる。司さんにもそのはずだ。だが彼らがいないのは明らかに不自然だ。そんな俺の問いにリサさんは間延びした声を上げていた。
「なんかねー……。よくおぼえてないんだよねぇ……。その時私は7歳だったし」
「7歳……ケースから出て4年目ということですか?」
「そうそう。なんか私を連れていくか連れて行かないかで随分と口論になってたよー」
「やっぱり塔の外に連れていくのは危険だからですよね?」
「そ……だと思うよ? 結局、司がね。自分が私を見るから大丈夫だって言い張って……司は大人達についていかないで塔に残ったんだ」
今、リサさんが27歳なので二十年前のことだ。
「司がでていった原因はもっとわかんないよ?」
「一応はわかっているんですか?」
「んーなんか書置きがあったけどもう液化しちゃったー」
「そうですか……」
あいかわらず小ざっぱりした言い方だ。前にリサさんののろけ話をずっと聞いてた身としては、リサさんが司さんを好きだったのは間違いないと思う。だが悲しさも何も感じさせずにさらっとこういう話ができる。
なんとなく遥を思い出した。だが、遥の方が純度の高い無邪気な瞳だったこと感じる。一方でリサさんの瞳は常に酒に濡れている。常に薄く琥珀色に染め上げられた感情が目の底に横たわっているのだ。その感情を形容する言葉を俺は知らない。
「やっぱり、調べ物は難航している?」
「そりゃまあ……」
「だよねー」
リサさんは俺よりも昔に調べてたのだ。俺の回答は予測できていたのだろう。
「一応は海神教が2000年前に人々を連れて、塔から多くの人々がいなくなったことがわかりました」
「うんうん」
「もしかしたら、その海神教の情報の中に海でも生きていく方法があるのかもしれないと模索してます」
そう。今はこの可能性も考えているのだ。多くの人々が海に出ていったのが狂信だけとは考えにくい。
……いや? あるかも? まあ、どちらにせよ大きな船を作ったのは間違いない。ここにある家庭用プリンターでそこまで大きなものを出力できるのだろうか?
「んー……と、いうと?」
「そんなに大きな船をどうやって作るんですか?」
「ああー……考えたこと無かったなー」
神妙な表情でうんうんと頷く。本当にこの人はわかっているのだろうか?
「……あの」
「なーにー?」
「答えにくかったら答えなくてもいいんですけど、リサさんの知る範囲で海に出た人ってどんな風に出ていったんですか?」
「大きめの船作っていったよ」
「大きめ、とは?」
「ええと、このくらいー?」
なんとなく手を上にあげて示す。いまいち理解できないが漁船ぐらいの大きさはありそうだ。
「そのサイズでも出力するにはおおきすぎますよね?」
「うん? うん」
「だとしたらどうやって作ったんですか?」
「ええとね。『ロボット』を使ってだよー」
「『ロボット』、ですか……」
また新しい概念が出てきた。『ロボット』……きっと俺の知るロボットとは違うものなのだろう。
「うん。ちょっと待っててねー」
そう言いながら手をパンパンと叩く。しばらくすると、寸胴の体から細い腕が二本伸びた、ザ・ロボットという見た目のしたロボットが現れた。
「うわっ。ロボットだ」
「そうだよーロボットだよー」
リサさんとなんだか意味合いが違うが、この未来では俺の想像と同じものが現れることの方が少なかったのでかなり新鮮に感じる。
「こんなのがいたんですか」
「いつもはそんなに必要ないからねぇー」
寸胴の体はそのまま伸びて地面と接している。接触部分でどのような構造をしているかはわからない。そもそも浮いているのかもしれない。頭と思える半球の頭部には青と赤のランプがチカチカと輝いていた。
見れば見るほど想像通りのロボットだ。
「君が運びこまれた時も彼らに助けてもらったんだよー」
「え、そうなんですか」
「そうそう。だってそうしないと第四地区から第六地区まで運べるわけないじゃない」
「そう……っすね」
言われてみればそうだ。きっと自分が見落としているだけで未来のスーパー技術力が効力を及ぼしていることがあるに違いない。すぐれた科学は魔法と区別がつかないという言葉もあったがそう俺も思う。ここに来てから驚いてばかりだ。
「じゃあ、そのロボットを使って船をくみ上げていくということでいいんですか?」
「そうだねぇ。それに勝手に作ってくれるからかなり楽だよー」
「なるほど」
「おかげで司が塔から出る準備をしていることさえわからなかったんだけどねー」
なにかを言ってあげようと思ったが言葉にはならなかった。司さんが海に行ったことは何を言っても変わらないのだ。
微妙に悲しい雰囲気になってはしまったが収穫はある話だった。すなわちその気になれば今からでも塔の外へ行くことができるのだ。
「……というか、やっぱりリサさんは意図的に話してないことありますよね?」
「んんーそう思うー?」
「はい」
「でも、ほら。ミステリアスな方がモテるっていうじゃない?」
「黙れ。配偶者がいるくせに」
「ええー厳しいー」
そう。リサさんは明らかに俺よりも多くのことを知っているのだが話したがらないのだ。理由は不明だ。単純に緩い性格が原因かもしれないし、他にも何かあるのかもしれない。
「おかげで、下から調べたせいでゴミみたいな情報を追いかけていたんすが」
「あーでもあれはちゃんと理由があるよ?」
「……なんですか?」
「下の方から沈むから」
わりとまともな理由だった。沈むと探索しにくくなるので先にやるのは正しい発想だろう。
「ねーねー。最近海にいたんでしょ?」
「まぁ」
「だったら水の高さが変わっていたことに気づいたんじゃないの?」
「……そうっすよね」
実は気がついていた。初めは塩の満ち引きかと思ったのだが、浮島に潮の満ち引きなど関係するはずがない。なぜならば、水位に変わって浮島も高さが変わるはずだからなのだ。
もしも水の高さがかわっているのであれば海に沈んだのが原因に違いない。
「ここ数年ね。特に沈むのが早くなっているの。司がいたころから今までで第三地区の途中から第四地区の途中まで沈んだんだー」
「そうなんですか」
たしかに変な話だ。2000年前からかけて第一地区から第三地区が沈んだはずなのにここ十年で一地区分沈んだというのだ。
「だからね。早く確認した方が良いんじゃないかなーって」
「まぁ……そういうことでしたら」
「そうそう。どんどん沈むのは早くなっているからね。最後はざばーっていくんじゃないかなー?」
手を上にばーんっと伸ばしながら言う。なんだか動作はほのぼのとしているが言っていることは笑えない。沈んだら残念なことに人は死ぬのだ。
「んじゃ……またなんか気になることあったらおいでー」
そういいながら手で俺を払いつつベッドへもぐりこんでいった。どうやら今日はもう話す気がないらしい。だいたいリサさんとの会話は会話に飽きたリサさんが相手をほっぽり出して終わりになる。いつものことだ。
「あー。今日もありがとうございます。よく寝てくださいね?」
「ん。君もいい夢をー」
そう言いながら手だけで反応してくれた。いい夢をみれるといいのだが……。
いい夢。そんな言葉を反芻しながら俺は司さんの部屋まで帰った。
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