樹林の彼方に

ねど

樹林の彼方に

雪に覆われた大地。針葉樹林の隙間を縫って女は走っていた。ただ、普通の女ではない。赤い点々を付けて走っていることから、負傷していることは明らかだ。

黒いフードで顔を覆ったこの女を後方から、人ならざる者が追いかけていた。


「しつこいわね……!」


女はある程度走り、振り返って手の平を追跡者たちへと向ける。手の平を地面に向け何事か唱えると雪が爆ぜ、視界が白く染まった。追跡者達の足止めに成功した女は、そのまま走り、もう少し行った先の大木の後ろへと隠れた。大木に背を預け、ずるずると地面へと座り込む。腹部を抑える手は、もう肌色の部分が無くなっていた。


「……魔力も、もうほとんどない。ここまでかしら……」


背中と共に頭も預け、女はこれまでのことを振り返り始めた。俗に言う、これが走馬灯というものだろうか。人間しか体験しえないことと、女はずっと思っていた。

女は、人間と同じ背格好をしているが、魔法を使えた。それ故に人間から迫害され、森の奥深くに住んでいた。

そんな彼女の元に、ある時一人の少年が尋ねてきた。聞くところによると、化け物に両親を殺され、復讐したい。しかし剣を使えるだけでは到底敵いそうもないため、魔法を教えてほしい、とのことだった。

何をバカなことを、帰れ。女は一度、そう言って彼を追い返した。だが少年は諦めなかった。夜の闇より深いその黒い瞳には、絶対的な復讐心と、それを誓う黒い炎が揺らめいていた。

女は結局、少年の意地に負けた。ただの人間に魔法を扱わせるなどさせたことがなかったため、勿論前途多難ではあったが、女は見事に少年に魔法を教え込んだ。


そして少年が青年になった頃。青年は女より遥かに強くなった。遂に復讐の旅へ出向こうと言う時、女は青年と男女の関係を結んだ。そのため、女は強い魔法を使えなくなったが、青年は強い魔法を扱える力を得た。

その日に青年が旅立って以来、女は青年と会っていない。


(こんな時にあいつの顔が思い浮かぶなんて……認めたくはないけど、よっぽど惚れこんでいたのね)


自身のそんな記憶を思い出していると、追跡者が目の前までやってきた。もう、その攻撃を防ぐ手立ては無い。万事休す、と運命を迎え入れるため、瞳を閉じた時。

倒れたのは追跡者だった。


「間に合ったようだな」


その声に、そ、と目を開けると、見慣れない風貌の男が立っていた。随分着込まれた鎧、蓄えられた顎鬚。鋭い眼差しの中に燃える炎。女は、その瞳を知っていた。


「まだあんたに死なれちゃ困る。さあ、懐かしき我が家に帰ろうか。ここからだと、どの方角かな?」


男に手を差し出され、女は立ち上がる。大木の後ろを覗いてみると、他の追跡者も倒れおり、誰も二度と動かなかった。


「……あんたのベッドを燃やしたこと以外は、何にも変わってないわよ」


男からの質問に、したり顔で女は返す。



深い森の奥、雪の上には二つの足跡が並び、そして時に重なり合い、続いていった。

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樹林の彼方に ねど @nedo_novel

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