第28話 奴隷の少女 - 1

 ヤラン兄さんが町に向かってから8日が経った。そろそろ帰ってきても良いはずなのだが、探査魔法で探っても居住地の周りでは見つからない。予定より遅れている様だ。心配になって念話で話しかけてみる。


<< ヤラン兄さん。帰るのが遅れている様だけど大丈夫? >>


「イルか? 俺は大丈夫だ。帰ってから話すよ。後1日で着く。」


なんか話しにくい感じだ。誰かが傍にいるのかもしれない。


<< 了解、待ってるね。>>


といって念話を切る。誰かが傍にいたら、ひとりでぶつぶつ呟く怪しい人に成っちゃうからね。兄さんにそんな思いをさせては可哀そうだ。後1日で着くのであれば待つことにしよう。母さんと姉さんにも、兄さんが後1日で着くと言っていたことを伝えて安心してもらう。


 翌日の昼過ぎになってようやく兄さん達の姿が遠くに見えた。でも何か変だ、荷車らしき物を引いてないか? あんなの出かける前は持っていなかった。町で購入したのだろうか?

 姿が見えだして1時間ほどで、兄達は居住地に到着した。とりあえず全員無事なようでホッとする。やはり荷車をラクダルに引かせている。そして荷車の上には、麦の袋がいくつかと、1辺が1メートルくらいの檻がひとつ。そして檻の中には、えっ? 女の子???


 他の人達と別れ、兄さんは荷車をラクダル1頭に引かせながら私達の天幕の前に到着した。


「お帰りなさい、無事で良かったわ。それで、その娘は???」


と母さんが当然の疑問を投げ掛ける。檻の中には金髪の女の子が入っている。人間族で13~14歳くらいだろうか。ひどく痩せていて、顔も手も汚れが付いて真っ黒だ、髪もボサボサになっている。着ている物は粗末で汚れている上にあちこち破れている。周りをキョロキョロ見ながら不安そうだ。兄さんが攫ってきた? いや、兄さんに限ってあり得ないよ。


「とりあえずこの子の面倒を頼む。鍵が無いから檻から出してやれないんだ。俺は長老に報告してくる。」


と言うと、兄さんは長老の天幕に向って走って行ってしまった。急いでいる様だ。


母さんが女の子に話しかける。


「あの~、あなたは?」


「私は奴隷です。ノワール王国に売られに行く途中でオカミの群に襲われ、奴隷商人も他の奴隷たちも皆オカミの餌食になってしまいました。私だけがこの檻に入れられていたお蔭で助かったのですが、外に出られずに飢え死にしかけていたところをヤラン様達に助けて頂きました。」


兄さんが人を攫って来るはずが無いと思ったけど、なるほど、そう言うことか。それで檻から出してあげようと鍵を探し回ったが見つからず、仕方が無いので檻の乗っていた荷車ごと連れ帰ったというところだろう。食べ物や水は兄さん達が世話していただろうけど、早く出してあげないと。それにしても奴隷か。ノワール王国では奴隷制度は廃止されているが、大草原の南にある小国群では残っているらしいから、たぶんそこからノワール王国に運ばれる途中だったんだろう。ノワール王国でも建前上は奴隷制度は廃止されたが、上級貴族の領地では怪しいものだとアトル先生に聞いたことがある。


私は母さんと姉さんに囁いた。


「私の魔法で檻から出してあげられると思う。でもここだと人に見られるから天幕の中に運ばないと。ふたりで運べないかな。」


「ダメよ、アイラには重い物を持たせられないわ。お腹の子に何かあったら大変だもの」


「大丈夫、魔法で重くない様にするから、運ぶ振りだけしてくれればいいの。」


そう言って、私はこっそりと杖を取り出し重力魔法を使う。檻が10センチメートルくらい浮き上がる。


「魔法で浮かせているから重くないよ。」


母さんと姉さんが顔を見合わせ頷きあう。それから檻の両側にひとりずつ付いて持ち上げてみる。


「やだ、本当に軽い!」


「アイラ、そんなに軽そうに持ったら不自然よ。もっと重そうにしなくちゃ。」


ふたりはそんな会話をしながら天幕まで運んでくれた。天幕の中に入ると入口の垂れ幕を降ろし外から見えない様にする。檻の中の少女は何をされるのかと戦々恐々と私達をみている。まずは落ち着かせないと。そうだ、まだ自己紹介もしてないんだった。


 私は檻の前で座り、少女と目を合わせながら言った。


「初めまして、私はヤランの妹のイルです。それとこっちは母さんのマイラと姉さんのアイラです。よろしく。」


「ラナです。よろしくお願いします。」


と言いながらラナさんは私達に深々と頭を下げた。


「これから、魔法であなたを檻から出しますね。私は魔法使いなの、ラナさんと同じね。」


と言うと、ラナさんの目が驚きに見開かれた。

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