第27話 アイラ姉さんの妊娠

 天幕に帰ると、姉さんとソラさんが天幕の前で待っていた。


「母ヤギルも大丈夫だったんですね!」


とソラさんが嬉しそうに言う。そこは同じ遊牧民、通じ合う物がある。


「あの、私達から報告があるの。実は私妊娠したみたい。」


一瞬の沈黙の後、歓声が上がった。


「「「おめでとう!」」」


と私達から次々とお祝いの言葉を言われ、姉さんは恥ずかしそうだ。


「妊娠しているんだったら、こんなところに手伝いに来ちゃダメじゃない。自分達の天幕でおとなしくしてないと。」


と母さんが言う。


「それが、おかしいなと思い始めたのは数日前からで、確信を持ったのは今日なの。ヤギルの出産をみて、何故か間違いないと思えたの。」


そんなことがあるんだな。女性の身体は神秘に満ちているのだ。


「でも、それならしばらくは馬には乗らない方が良いわね。」


と母さんが言う。遊牧民では妊娠時、特に妊娠初期には馬に乗らない方が良いとされている。流産の危険があると言うのだ。どこまで本当か分からないが、馬にのると結構な振動が腰に伝わるから、真実かもしれない。


「それでね、ソラと相談したんだけど、私だけ後一月くらいこっちに居ても良いかな?」


「それはもちろん良いけど、ソラさんは大丈夫なの?」


と母さんが確認する。


「私からもお願いします。アイラが流産しては一大事ですからね。父と母には私から伝えておきます。」


と、ソラさん。もちろん私達に異存はない。姉さんが滞在するのは大歓迎だ。と言う訳で、翌日ソラさんだけが自分達の居住地に帰って行き、姉さんは私達と一緒に残った。一月後にソラさんが迎えに来ることになっている。


 アイラ姉さんが天幕に居るとまるで昔に戻った様な気がする。母さんも嬉しそうだ。もっとも朝の乳搾りに姉さんも参加しようとしたら、母さんの猛反対に会った。「乳の入った重い缶を持って、お腹の子に何かあったらどうするの」と言うのだ。さすがの姉さんも母さんの剣幕に圧されて諦めた。と言う訳で、姉さんの仕事は主に天幕で出来る料理と裁縫になった。生まれてくる赤ちゃんの衣服を縫い、飾りの刺繍もしなさいと言うことだ。裁縫と聞いて嫌な顔をする姉さんに、「刺繍の腕を上げる良い機会よ、生まれてくる子が女の子だったら、あなたがその子に刺繍を教えないといけないのよ。今のままじゃ生まれてくる子がかわいそうよ。」と母さんが言う。辛辣な言い方だがその通りだろう。それが分かるから姉さんも逆らえない。


 その日から母さんの裁縫と刺繍の授業が始まった。良い機会なので私も姉さんと一緒に教えてもらう。私だって、アマルと結婚する時は花嫁衣裳を仕上げないといけないのだ。


 その日の夕食時、ヤラン兄さんが3日後に町にヤギルの毛を売りに行くことになったと皆に伝えた。カライのお父さんのシルさん、アマルのお父さんのトマさん、コーラルさんとコーラルさんの息子のヤルさん、と一緒に5人で行くらしい。兄さん以外の人も町にヤギルの毛を売りに行くのだそうだ。


「どうせなら、姉さんがこっちに居る間に行った方が良いと思ってね。外での作業は無理でも天幕の中での作業はして貰えそうだから、その分母さんの手が開くだろうからね。」


「分かったわ、こっちのことは私に任せておきなさい。」


と姉さんが胸を張って応じるが、さっそく母さんが「無理してはダメ」と窘める。


「まったく、お腹の子に何かあったら、ソラさんに顔向けが出来ないんだからね。」


「分かったわよ、ほどほどに頑張るから。」


と姉さんは言うが、母さんは懐疑的である。結局、姉さんが無理をしない様に母さんと私で監視することになった。


 そして、今日はヤラン兄さんが町にヤギルの毛を売りに出発する日だ。兄さんは朝早くからいくつもの袋に詰めたヤギルの毛を5頭のラクダルに括り付けている。ラクダルはヤギルと違って乳は独特の匂いがあるし、その肉もたいして美味しくない。だが、大きくて力が強く、持久力があるので荷物の運搬に適している。遊牧民は草を求めて草原を移動するから、その時に天幕を始めさまざまな家財道具を運搬するのに欠かせない家畜なのだ。


 母さん、姉さん、私の女性陣3人に見送られて出発する兄さん。昔、兄さんが父さんと初めての狩りに出かけた時のことを思い出した。ここに父さんが居ないのが不思議な気がする...。


 それから数日して、姉さんとふたり切りになった時に、姉さんが不安そうな声で聞いてきた。


「ねえ、イル。イルの魔法で、お腹の中の赤ちゃんが元気にしているかどうか分かる?」


そりゃ、気になるよね。もちろん探査魔法を使えば可能だ。


「うん、出来るよ。」


「じゃあ、お願いして良いかな?」


私は頷いて、姉さんのお腹に片手を当てる。これだけ近距離だと使う魔力もほんの少しだ。もちろん赤ちゃんにも影響はない。慎重に探査魔法を発動すると、赤ちゃんの様子が鮮明に見えた。見えた内容にちょっと驚く。驚きが顔に出たのだろうか、


「どう? 赤ちゃんは大丈夫?」


と姉さんが不安そうに聞いてくる。


「大丈夫だよ、ふたりとも、とても元気。あっ、男の子と女の子の双子だからね。」


「まあ、双子なの!」


と姉さんが嬉しそうに言う。遊牧民の間では双子は縁起が良いとされている。子供をたくさん産む家畜は良い家畜とされるのと同様、多産な女性も良い妻とされる。そして双子は多産の象徴だからだ。


「それは大変、赤ちゃんの服もふたり分用意しないといけないわね。名前もふたり分考えないと。」


と口では言うが顔から笑みがこぼれている。


「でも、ソラさんには内緒だよ。」


「え、そうか、そうよね。分かったわ内緒にするわね。」


双子なのはめでたいが、今それをソラさんに言うと、どうして分かったのかと言う話になる。そうなると私の魔法のことも話さないといけなくなるかもしれない。


こうして上機嫌に成った姉さんは、今までになく熱心に裁縫と刺繍を頑張る様になった。めでたし、めでたしだ。

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