(四)

 僕は一つ目の港で船を乗り換え、さらにその先の凪を求めて、あの子を目指した。

 遠い、あの子はまだ遠い。

 本当に近づいているのだろうかと時々不安がおそうのは、二つ目の航海があらい波にもまれて、僕の心を不安定に揺さぶるからだ。

 僕の内側にある淡く薄いものが、また違う色も覚えた。

 どんな色かと具体的に説明することは出来なそうだ。知らない色のようだった。目にしたことのある色なのかもしれないけれど、淡すぎて、今はまだ判別出来ない。

 初めて船酔いを覚え、胸が苦しくなったが、いつのまにか慣れて、平然としていられるようになった。

 胸の内が忘れない、あの子と同じ凪がこの先にもきっとまた待っている。

 そう思えば、船酔いなど、てんでどうでもよいものへ変わる。

 凪の向こうには荒波があり、その向こうにはまた凪が待っているだろう。 

 荒波の向こうの凪を僕は知りたい。

 今、あの子はどのような表情で微笑んでいるのだろうか。

 僕があの子に辿り着けた時、あの穏やかな凪を僕に再び覚えさせることを信じて、僕は今日も船に揺られる。



 今の僕はあの子の凪を求めて旅をしている。あの子に辿り着いて、それから先、また再びあの子のそばで凪を見つめ続ける、それが僕の目的である。

 その最中、僕はひとつのある答えを知った。

 本当の旅は、きっとそこから始まるのだろう。

 長い長い旅であってほしいと願う。

 あの子と共に時の流れを感じながら、ふたりで長い旅路を行く。

 いつか、僕の内側にある淡く薄いものが鮮明に色付くまで、あの子と一緒にいたいと僕は願う。

 目指す陸はまだ遠い。

 あの子にもまだ遠い。

 淡い薄いものが、それまでに確かな色を覚えると、今は思っていない。

 淡くていい、淡くてどんな色なのかわからなくてもいい。いろいろな色で僕を染め上げてほしい。

 恋と指すにはまだ少し遠いこの淡い色以外にも、さまざまな色を覚え始めた僕は、この色が恋の色へと姿を変えてほしいわけではないようだ。

 あの子の隣で、お互いの凪を感じ続けるために、在りたい僕へ向かっているのだと考え始めた。

 きっと、淡い薄いものを鮮明なものへ変えてくれるのは、あの子だ。その時にきっと、僕のあの子へ向かう、確かな気持ちを知ることが出来るのではなかろうか。

 恋でも愛でも、なんだって構わない。 

 ただ、僕とあの子はずっと共に居ることを望んでいた。

 そこに存在する情の姿など、本当はどうでもよいものなのだ。



 いつだかの夢、目の前に道がない海上に居た僕と、あの凪ぐ水面の上にこれから生まれる道は、僕の足跡から生まれる水面の揺れと、あの子の足跡から生まれる水面の揺れが響き合うことを願う。

 長い航海が終わろうとしていた。

 初めて見る広く伸びる海岸線が近づいてきた。

 目指す大陸はいつのまにか目の前にあった。

 凪ぎた日和が僕の背中を押した。

 あの子はもう近い。

 僕の内側にある薄いものは、いつの間にか、取り取りの淡い色を覚えていた。

 僕に認識できるものは、淡く色付いたいろいろな色が、ほのめく虹のように、明るく僕の外側を照らそうとしているさまだった。









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海を歩く人 未知乃みちる @sakayamirin

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