第二話 ラナからの依頼


 朝食をリビングで食べて、食後の珈琲を飲んでいるヤスに、セバスが会釈してから今日の予定を説明した。


「そうか、今日は荷物の運搬はないのだな?」


「ございません」


「他に仕事の依頼は?」


「ギルドからの依頼は、割り振りが全て終了しております」


「わかった。1-2週間なら時間が空けられそうか?」


「緊急依頼が入らなければ、依頼の割り振りは可能です」


「そうか、ディアナでしか運べないような依頼は俺が担当しなければならないか・・・」


「はい。しかし、旦那様でしか運べない物は、もともと”運べない”ものです。ダメ元で依頼される場合が多いので、お断りも可能です」


「わかった」


 ヤスは、ここ数ヶ月。

 ディアナを使って運搬の仕事を担当していた。物資の輸送をギルドや辺境伯から受けて行っていたのだ。馬車でも運搬が可能なのだが、時間がかかりすぎるために、ヤスが動いていた。物が流れるようになって、王国は溜まっていた澱が洗い流されるように物事が動いた。


「旦那様。ラナ様のご依頼は、どういたしましょうか?ツバキが担当しても大丈夫だと思います」


「そうだな。王国内の騒乱は、収まりつつあるのだよな?」


『マスター。地域名バッケスホーフ王国は、すでに沈静化しております』


「マルス。状況を、モニターに出してくれ」


『了』


 ヤスは、セバスと一緒にモニターを確認する。

 地域の関係は、大まかに把握できている。


 バッケスホーフ王国は、内部では燻っている火種は存在するが、火種の大本をマルスが押さえたことで、火種のコントロールが出来るようになっている。上の指示を守らない、下級貴族が”空気感”を読めない者たちを扇動した暴発は、各地で起こっているが、大きな問題ではない。下級貴族や踊らされた者たちは、自らのしっぽを飲み込もうとしている蛇のような状態になっている。


 ヤスは、エルフの里までの道を、マルスに何通りかシミュレーションさせている。ディアナが実測していない為に、不確かな情報になってしまっているが、ドッペルゲンガーたちを使った地図の作成を行う過程で得た情報をもとに、シミュレーションを行った。


「マルス。どのみち危険地域を何回かは、通り抜ける必要があるのだな?」


『是』


「ディアナの結界を破壊できそうな者は居るのか?」


『情報不足ですが、現在収集している情報から、結界を突破・破壊・無効化する存在は、認識していません』


「わかった。そうなると、ディアナで移動するのがいいのか・・・。リーゼなら、後ろで寝られるだろう・・・」


『マスター。ディアナ本体では、大きすぎます』


「そうか?」


『帝国内は、馬車が通行出来る道が整備されていますが、皇国と神国は、道の整備がされていません。FITやS660でギリギリだと思われます』


「え?奴らは、移動に馬車を使わないのか?」


『基本は、徒歩です。小型の馬車を使っています』


 小型の馬車は、1-2名が乗れる馬車だ。

 皇国や神国では、位が上の者だけが、馬車を使う。そのために、小型の馬車が通行出来る幅があれば十分なのだ。


「そうなると、FITでギリギリだな」


『是』


「走れそうな場所はあるのか?」


『戦場の跡地や状況を見ながらの移動が推奨されます』


「うーん。セバス。俺が行くのがよさそうだな。ツバキたちでは少し荷が勝ちすぎている」


「かしこまりました。業務を行わせます」


「たのむ」


 ヤスは、地図を確認しているが、詳細に表示でない地図を見て、”出たとこ勝負”の匂いがしていて、気分が乗らない。安全に運行出来るようにする準備が整わないのに、強行するのは間違っている。冬の雪国に荷物を運ぶときに、冬装備を用意しないのは自殺するのと同じだとヤスは考えている。雪山では、自分の責任ではないところで頓挫する場面がある。だから、不確定要素が依頼に含まれる場合には、できるだけの準備を行うことにしている。


「マルス。海路は使えないよな?」


『是』


「そうだよな。海路ならユーラットから妨げる物がなく行けると思ったけど・・・。無理だよな」


「旦那様。王国内を横切り、神国を迂回される方がよろしいと思います」


「ん?神国も?」


「はい。楔の村ウェッジヴァイクで入手した情報なのですが、旦那様によい感情を持っていないようです」


「あぁ・・・」


「ディアナほどではありませんが、FITやS660でも・・・。それに・・・。リーゼ様がご一緒だと・・・」


「そうか、目立つよな」


「はい」


「わかった。マルス。セバスの意見を聞いて、算出してくれ」


『了』


 ヤスは、セバスのほうを向いた。


「ラナを、ギルドの打ち合わせが出来る部屋に呼んで欲しい」


「かしこまりました」


 セバスが部屋から出ていったのを確認して、ヤスは残っていた果実水を飲み干して、席を立つ。


「サード。ギルドに行く」


「はい」


 控えていたメイドサードは、食器類を下の者にまかせて、自分はギルドに急いだ。

 ヤスは、着替えをしてから、地下に置いてあったモンキーでギルドまで移動した。


「ヤス様!」


「ラナ。何度も言っているよな?」


 会議室に入りながら、ヤスはラナに”様”をつけないように注意する。もう、気持ちの上では、諦めているのだが、注意しないと、これからも”呼び方を変えてくれない”と思っているのだ。実際、ラナだけではなく他の者も、”ヤス様”とヤスが居ないときに呼んでいるのは知っている。


「はい。今日は?」


「あぁ状況が落ちつたので、前に聞いていた、依頼の話がしたい」


「!」


「必要がなければ、必要がないと言ってくれ」


「いえ、エルフ族の時間では、1年や2年の違いは誤差です。是非お願いします」


 サードがヤスとラナの前に、お茶を持ってくる。

 出されたお茶を飲みながら、ヤスは話を続ける。


「書類を持っていくのだよな?」


「はい。お願いできますか?案内に、リーゼをおつけします」


「ラナではないのだよな?」


「私では、エルフの森に入ることができません」


「そうなのか?」


「はい。私は・・・」


「ラナがダメだと、他の神殿に居るエルフ族もダメなのか?」


「はい。リーゼだけです」


「事情は聞かない。ラナの依頼を完遂するには、リーゼを連れていくしか無いのだな?」


「はい。エルフの里に入る為には、結界を通過する必要があります。ヤス様だけでは、結界の通過は・・・。その・・・」


「不可能ってことか?」


「いえ、結界を破壊出来るとは思いますが、それをされてしまうと・・・」


「破壊は、”出来る”可能性はあるが、”やらない”。エルフに対しての敵対行動は取らない」


「ありがとうございます。それで、リーゼが一緒なら、一度だけなら入る事ができます」


 ヤスは、ラナが使った”一度”という言葉に引っかかりを覚えるが、エルフの里に行けば判明するだろうと考えた。もともと、リーゼを連れて行くのが目的なのは解っているが、ラナはヤスの”人は運ばない”という話を破らせないために、書類を運んで欲しいという依頼をだしている。


「ラナ。それで、”書類”はリーゼが持っていけばいいのか?」


「いえ、ヤス様にお渡しします。集落の中まで、荷物を運んでください」


「そうか・・・。里は、森の中にあるのだったな?」


「あっいえ、違います。森の中にあるのは、集落です」


「ん?集落と里は違うのか?」


「はい。集落は、エルフの部族が少人数で暮らす場所です。里は、エルフの国だと考えていただければ・・・」


「なんとなくだけど、わかった。俺は、その里まで行けばいいのだな?」


「できましたら、リーゼと一緒に、集落まで行っていただけると・・・」


「ん?書類を届けるまでが仕事だからな。途中で引き返すようなことは考えていないぞ?森の中だと移動は徒歩か?」


「はい。ですが、ヤス様のアーティファクトなら移動が可能だと思います」


「ん?どれ?」


「カイルやイチカが使っている」


「あぁモンキーか?木の根っことか越えられないぞ?」


「東門の道と同じような物ですが・・・」


「それなら、なんとかなりそうだな。モンキーを積んでいくか?マルス!」


『モンキーを二台ですと、S660では無理です。個体名ラナの話から、FITが適切だと考えます』


「準備を頼む」


『了』


 ヤスは、大筋の話をまとめたあと、セバスを会議室に呼んで、ラナと話をまとめるように指示を出した。そのまま、ギルドに行って、ラナからの依頼を自分が受諾すると伝えて、処理を行うように依頼した。

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