第十章 エルフの里

第一話 状況確認


 神殿の領域静かな時間が流れている。


 今日は、神殿の各村の代表と各部署の責任者を集めた会議が行われている。

 神殿を取り巻く情勢が落ち着いてきたので、後始末と今後の対応を含めた話し合いを行っている。


 会議の冒頭で、状況をマルスが皆に説明している。

 サンドラやアーデベルトやドーリスは知っていることも多かったが、状況を全ては把握していない。当初は、認識合わせを行おうとしたのだが、ヤスが”神殿として認識している”事実をベースに考えたいと説明したことで、皆がマルスの話を聞いてから、後始末と各自に来ている陳情を話すことに決まった。


 マルスがまとめた”事実”は次のような話になっている。


 王国も帝国も、離れているが皇国も内乱が発生していた。

 ヤスの所にも、情報が入ってきていたが、ヤスは、報告だけを聞いて、神殿の領域に被害がなければ問題はないと言い切った。紛争地域への、従業員の派遣は一時的に停止した。

 ドーリスを通してギルドにも通達を出した。王国内は、サンドラとアーデベルトが告知した。


 王国は、貴族が取り潰しになった。

 民に重税を課したり、商人から賄賂をもらったり、他領への嫌がらせを行うような貴族たちだ。民への暴力や搾取は自分たちに与えられた権利だとでも思っているような振る舞いを平気で行っている。

 愚かな貴族家は、更に愚かな貴族家と手を組んだ。神殿のアーティファクトが手に入れば逆転ができると思ったのだ。そして、神殿に最初は金で集めた冒険者や傭兵たちとスラム街に居た者たちを向かわせた。成果が上がらない状況に守備隊の一部や常備兵を送るようになる。多少の成果はあるが、目的になっている神殿の攻略やアーティファクトの発見には至らない。徐々に、負債を取り戻すために賭けのような投資を始める。人員の追加投入を行う。金銭が足りなくなると、民への締め付けをきつくする。

 その段階に陥ってから、民に武器や食料を”神殿の名前”で送る者たちが出た。実際に動いたのは、ルーサーたちだったが、民が武器と食料を得ると、権力者は武器や食料を奪おうとする。しかし、神殿の攻略に守備隊までも投入しているのは、民にも伝わっている。民たちは、食料を・・・、命を・・・、そして人としての尊厳を奪う貴族に牙を剥いた。支配のために必要だった暴力守備隊が少なくなってしまっていた貴族たちは、民からの攻撃を防ぐことが出来なかった。

 そして、民を虐げていた貴族は、民に討たれた。復讐を成し遂げた民たちは、そこで、自分たちが行った行為を顧みて、今後のことを考えるようになった。

 ギルドと神殿が協力して、各地を回った。物資の補給という名目だ。各地の代表と話をして、王家や貴族家との対話が行えるような場所を設置した。話し合いは、王都の外周部で行われた。話し合いの結果、数カ所を除いて近隣の貴族に吸収されることになった。ただ、代官は貴族家から出さずに、民から選出することに決まった。

 王国での内乱が、腐敗した貴族を排除する結果になり、王家と貴族家と民の距離を近づけた。


 同じ時期に、帝国での内乱も終結を迎えていた。

 帝国では、2級国民が解放される事案が続いている。もちろん、貴族が解放しているわけではない。夜中に、解放されてしまっているのだ。ある派閥の貴族の領で集中して発生していた。神殿の攻略に賛成しなかった貴族領だけに発生していた。

 2級国民を奪われる形になっていた貴族が一斉に蜂起した。そこに、皇国が絡んできて、泥沼化した。神殿の攻略に乗り出した貴族家は、王国の貴族と同じ道をたどる。帝国内では、貴族が別れて争う形になった。終結の兆しが見えなかった。

 しかし、皇国の滅亡という出来事で、帝国の内乱は終結した。ただ、火種としてくすぶり続ける形になったが、表面的には以前と同じ状況になった。


 皇国は、神殿の攻略という甘い餌に喰い付いた。

 支配している帝国や王国の貴族を使って、神殿の攻略を試みた。金銭的な支援を行っているだけなら良かったのだが、人員の派遣を行い始めた。皇国に住む奴隷たちを消耗品の様に帝国や王国に送ったのだ。皇国では、教会が絶大な力を持っていた。枢機卿や司祭が、民たちを支配していた。皇国から、奴隷が消えて、それでも神殿が攻略できない。次に、教会から神兵を派遣した。これで攻略ができると考えたのだが、神殿の攻略はできない。

 皇国の支配が緩んできた。虐げられていた民と奴隷は、蜂起した一部残っていた良識派の司祭が先導する形で、教会の総本山に攻め込んだ。旗頭になった司祭を途中で失うというアクシデントがあったが、壁となる奴隷だけではなく、護衛となる神兵も神殿に送ってしまっているために、小規模な抵抗だけで皇国は滅ぼされてしまった。司祭や信徒たちは、民や解放された奴隷たちに追い立てられて、一部は野盗になったり、盗賊になったり、未来を悲観して自害した者までいた。元皇国は、小さな集団が勃興する形で小康状態を保っている。


「・・・」


 皆は、マルスの話を聞いて感想らしい感想が出てこなかった。


「ふぅ・・・。マルス。王国、帝国、皇国で発生した内乱は、内部で争うのは同じだったが、結果がまるで違うよな」


『是』


「王国は、力をつけた。帝国は、力を無くした。そして、皇国は国さえもなくなってしまった」


『是』


 ヤスは、会議室を見回して、皆が納得していると認識した。


「ヤスさん。お願いがあります」


 ヤスと目が合ったドーリスが手を上げてヤスに話しかける。


「なに?」


「冒険者ギルドからの要望なのですが、神殿の攻略は閉じてしまわれるのですか?」


「うーん。どうしたらいいと思う?俺は、どっちでもいい。攻略が可能だとは思えないし、できるものならやってみろとも思うけど、安全装置は復活させたいと思う」


「ヤス様。入り口を分けるのは当然として、アイテムを所持した者だけ安全な処置が行われる様にできます。また、最下層でアイテムを所持していなかったら、攻略のための部屋にはいられるようにしてはどうでしょうか?」


 アーデベルトからの提案が一番しっくりくる。


「マルス。できるか?」


『是。アイテムだと取り外しが可能になるので、入り口で”マーク”をつけます』


「入り口を分ける対応で可能なのか?」


『是』


「アデー。ドーリス。サンドラ。どうだ?入り口を分けて、対応する方法が取れるようだが?」


 三人以外も、その方法で問題は無いようだ。


「ヤス。武器や防具を、外の者たちに売るのは、反対だ」


 イワンの発言なのだが、ルーサーや他の者も賛成のようだ。


「そうだな。イワン。少しだけ大変になるが、完全に受注販売にするか?」


「・・・。うーん。できの悪い品は、神殿の商店で売ればいい」


「イワン殿。神殿で作っている武器や防具のできの悪い物でも、外ではかなりの品質だぞ」


「そう言っても、まったく売らないのは問題になるのだろう?」


「エアハルトの言いたいことがわかるが、できの悪い物を、高値にして売ればいいと思うのだが?」


 ルーサーの意見に皆が頷いて、方向性は、ルーサーとサンドラとイワンとエアハルトで決めることになった。

 サンドラは、武器と防具の販売が難しければ、酒精の販売数を増やせばいいと思っていたが、”駄目な大人”たちが揃って反対した。それなら、武器や防具を売ると言い出したのだ。ヤスは、どちらでも良かったので、言い争いをしている4人に輸出量や販売物品の調整を行わせることにしたのだ。


「それで、ヤス様。神殿の迷宮区はどこまで攻略されたのですか?」


「え?王国や帝国や皇国からの客人の話?」


「そうです」


「知りたい?」


「是非!」


「最下層・・・。と、言いたいけど、結局20階層を越えた、森林エリアで全滅。21階層には誰もたどり着けていない」


「え?難易度は、変えていないのですよね?」


「変えてない。けど、あそこは、多数で向かえば、それだけ厄介な罠が多い」


「あ・・・」


 アーデベルトは、サンドラから迷宮区の詳細を聞いていた。

 そのために、20階層にある罠も記憶していた。人数が多ければ、人数の分だけレベルが上がった魔物が出現する場所が存在する。それも一箇所ではなく連続だ。森林エリアに入る前の部屋に集まった人数でレベルが決まる。情報を仕入れていれば、それほど難しい状況では無いのだが、”数が力”だと思っている連中は、数で攻略を行ってきたために、ここで全滅してしまっている。


 ヤスは、マルスの補助を受けながら、迷宮区で行われた戦闘や内容の説明を行った。


「それで、ヤスさん。今の所の生存者は?」


「うーん。保護した奴隷や子供たちを除くと、”0”だ」


 沈黙が場を支配した。想像していた内容だったのだが、はっきりと言われると、なんとも言えない感情が心から沸き起こる。恐怖ではない。哀れみでもない。本当に、よくわからない”畏怖”に似た感情だ。

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