第四十話 イワンの依頼


 ドアを開けて入ってきたのは、リーゼとサンドラだ。

 サンドラは、ヤスを見て頭を下げるが、リーザはヤスに飛びついたのだ。


「ヤス!僕が案内するよ!」


「わかった。わかった。イワン。二人で間違っていないのか?」


「あぁ・・・。サンドラの嬢ちゃんだけの予定だったが・・・」


「駄目だよ!サンドラとヤスを二人だけなんて!僕も一緒に行く!案内なら任せて!」


 ヤスは、サンドラを見るが、なぜか懇願する表情になっている。ヤスはリーゼが無理矢理サンドラを説得したのだと理解した。


「わかった。その鉱山の村までは遠いのか?」


 ヤスの問いかけに案内は大丈夫だと胸を張ったリーゼだが、具合的な質問には応えられなく、サンドラをヤスの前に突き出した。

 ヤスもイワンもサンドラも短く息を吐き出した。


「サンドラ。それで、どのくらいだ?」


「神殿から王都に向かうよりは近いとは思いますが、王都への道は、街道の整備がされておりますが、鉱山の村までは違います」


「そうか、リーゼは行ったことがないよな?サンドラはその鉱山の村には行ったことがあるのか?」


「はい。一度、お兄様・・・あっハインツ兄様の剣を作る時に一緒に行きました」


 サンドラは、リーゼが後ろに居るのを思い出して、お兄様を言い直した。サンドラが言い直した理由も、ヤスとイワンは解っている。しかし、当事者であるリーゼだけが解っていない様子だ。

 そんなリーゼをヤスは手招きして頭をくしゃくしゃと撫でてから座らせる。サンドラはイワンの横に座った。


「イワン。荷物の量は?」


「酒精が殆どだ。量は、ヤスが王都から運んできた物資の10分の1程度だ」


「はぁ?イワン。馬鹿だろう?酒精が殆ど?食料は?」


「必要ない。酒精があれば、我が種族は平気だ」


「・・・」


 ヤスは、ドワーフを甘く見ていた。


「ヤスさん。ドワーフ族は加護を持っている場合が多く、酒精があれば大丈夫というのもあながち間違ってはいません」


 ヤスは、イワンを見るとうなずいている。


「わかった。鉱山の村から持ってくる荷物の量は?」


「鉱石が殆どだ。必要ないとは伝えたのだが、工房をみていない者を信じ込ませるのは難しい。道具に関しても嵩張る物は必要ないと伝えている」


「そうか、トレーラーを出したほうが良さそうだな」


「ヤス。すまん。それで報酬だが」


 ヤスは、サンドラを見る。


「サンドラ。ギルドを通しての依頼にしてくれ」


「よろしいのですか?」


 ヤスはうなずく。

 ヤスなら、イワンから依頼を直接受けても問題にはならない。ヤスは、あえてイワンの依頼を直接受けるのではなくギルドを通すと決めた。

 サンドラがヤスに確認したのは、イワンなら支払いで揉めるとは考えにくい。わざわざ手数料が取られるギルドを通すメリットがヤスにはないのだ。


「いいのか?」


 イワンも報酬に関して考えていたのだが、ヤスの考えを尊重すると決めたようだ。

 ギルドは指名依頼になるので問題はない。


「イワン。準備はどのくらい必要だ?」


「もう終わっている。積み込むアーティファクトが決まれば、それに積み込んで終わりだ」


 ヤスは、サンドラとリーゼを見る。

 準備が出来ているとは思えない。


「サンドラ。日帰りは無理だろう。強行軍で飛ばしたとしても、向こうで一泊は必要だろう。帰りは荷物を積み込んでいるから、足も遅くなる。途中で一泊は必須になるだろう。最低3泊出来る準備を頼む。リーゼも同じだ」


「ねぇヤス。僕とサンドラだけど、別のアーティファクトじゃ駄目かな?交代で操作すれば疲労も大丈夫だと思うけど?案内もしっかりと出来ると思うよ?」


『マスター。個体名リーゼの提案に賛成します』


『マルス。そうか、車はどうする?安全に運転させるのなら、オートマだぞ?FITを出すか?』


『はい。それがよろしいかと思います』


 ヤスは、マルスからの提案を考えた。

 確かに、王都までの距離なら大丈夫だと思える。それに、行きは案内が必要になるが帰りは必要ない。問題が生じたときに、先に逃がす事も可能になる。燃料の問題だけだが、魔力の比較的に多いリーゼと一般的なサンドラなら大丈夫だと思える。


 ヤスはリーゼとサンドラの期待している目を見てため息をつく。


「そうだな。二人に先導してもらった方が良いだろう。アーティファクトを準備する」


「!!」「ヤスさん。よろしいのですか?」


「貸すだけだし、操作はそれほど変わらないから大丈夫だろう」


「うん。ヤスが前に操作したアーティファクト?」


「ん?そうだな。サンドラも見ているし、複雑な操作も無いし大丈夫だろう」


「わかった」「はい」


 二人の嬉しそうな顔を見て、ヤスは”まぁいいか”と考えた。


「イワン。手続きを頼む。明日の朝には出発するつもりだ。セバスに命じて、トレーラーをドワーフの工房近くに持っていく」


「わかった。サンドラ。ギルドで手続きをする」


「はい」


 イワンとサンドラが会議室から出ていく。


「リーゼ。メイドを一人は連れて行けよ」


「え?あっそうだね。サンドラは、お嬢様だったね。わかった。ファーストに相談する」


「頼む。俺は、アーティファクトの準備をする。明日の朝までには準備が終わると思うから、工房に来てくれ」


「うん!ありがとう!」


 何が嬉しいのか、リーゼはニコニコ顔だ。


 ヤスは、ギルドにはよらずに、神殿に戻った。

 リーゼは、サンドラと準備をすると言ってギルドに残った。


---

 翌朝。


「旦那様。サンドラ様が工房に来ておられます」


「ん?サンドラ?リーゼなら解るけど・・・」


「はい。サンドラ様です」


「わかった」


 ヤスは、眠い目をこすりながら工房に向かった。


「おはようございます。ヤスさん。早くにもうしわけありません」


「ん?それは別に良いけど、どうした?まだ時間には早いぞ?」


「はい。解っています。今回の事で、ヤスさんに勘違いをさせてしまったかも知れないと思って・・・」


「勘違い?」


「はい。イワンさんが、最初は私だけに案内を頼もうとしたと言っていました」


「そうだな。実際に、そうなのだろう?」


「はい。大筋では間違っていません。しかし、リーゼが無理を言って着いてこようとしたわけではありません」


「ん?」


「リーゼは、ヤスさんの役に立ちたいと言って、私とイワンに頼み込んだのです」


「うーん。リーゼは、十分、仕事をしてくれているけどな」


「私もそう思いますが、自分だけ固定の仕事が無いのが気になっているようです」


「それで?何を、リーゼに提案した?」


「・・・」


「サンドラ?」


「ヤスさんが、アーティファクトで人を運ばないと公言されています」


「あぁ俺は、トラックの運転手で、人を運ぶのが仕事じゃないからな」


「・・・。”とらっく”が何を言うのかわかりませんが、ヤスさんが人を運ばないのなら、これから道案内とか交渉で人を運ぶ必要が出た時にリーゼがヤスさんの代わりに人を運ぶのは仕事になるはずだと、提案しました」


「あぁそれで、アーティファクトが欲しかったのだな」


「はい。カスパルさんが使っているような大人数を運ぶ物ではなく、少人数を運ぶアーティファクトが良いと思っていました。そして、物資や荷物はヤスさんのアーティファクトで運んで、リーゼは交渉や道案内の人を運ぶ。不器用な提案だと思いますが、受け入れて頂けませんか?」


「リーゼやサンドラの思惑は置いておくとして、俺は別に拒否しないよ。それに、リーゼとサンドラの様に両方とも基本操作ができれば、逃げられるだろう?」


「え?あっ。問題はないと思います」


「うん。アーティファクトは壊してもいい。だが、絶対に死ぬな。いざとなったら逃げろ。アシュリまで逃げられればなんとなる。リーゼに言って、メイドを一人付ける。それに、眷属の魔物を一体護衛で付ける。リーゼが来てから、アーティファクトの説明をする。教習所で使っている物とも違うから、説明が必要になるだろう」


「わかりました。ありがとうございます」


 まだなにかサンドラはヤスに言いたいことが有ったが、言うことが出来なかった。

 リーゼが工房に到着したとファーストが挨拶に来たのだ。


「サンドラ。まだ、なにかあるようだけど、帰ってきてからでもいいか?先の方がいいのか?」


「いえ、帰ってきて、お時間に余裕があればお願いします」


「わかった。それじゃ、リーゼも来たから、アーティファクトの説明をするよ」


 ヤスは、新しいFITをリーゼに渡した。神殿仕様になっているが、ヤスが乗るために改造した部分はノーマルにしてある。

 基本操作は大丈夫なので、結界の張り方などハンドルに付いているボタンの操作を説明した。メータの読み方も同じなので、シートの調整とか、若干異なる部分の説明を行った。リーゼとサンドラは、ある一部以外は殆どサイズの違いはないので、座席合わせもそれほど苦労しない。


 丁度、イワンもやってきてコンテナへの荷物の積み込みが終了したようだ。

 中身を確認したヤスが頭を抱えていた。


「イワン。本当に酒樽だけだがいいのか?」


「大丈夫だ。この酒精を飲めば、奴らだって神殿の価値が解る。急いで来るに違いない」


「まぁ仕事だから運ぶけど・・・。あっイワン。積み込んだ物の確認を頼む」


「わかった」


 ヤスとイワンが積荷酒樽の確認をし始めた時に、リーゼとサンドラはFITを操作して基本動作を習得していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る