第三十九話 後始末の準備


 ヤスは、魔通信を切った。


 ヤスは、大事な用事を思い出した。辺境伯でも良かったが、サンドラに繋いだ。


「サンドラ。聞きたいことがあるけど大丈夫か?」


『大丈夫です』


「豚公爵の名前と領地を教えてくれ」


『ヤスさん。何をなさるおつもりですか?』


「明確な敵なのだろう?名前と所在がわからないと、気持ちが落ち着かない」


『・・・。ヴァルブルグ公爵です。領地はありません。王都にお住まいです』


「へぇ王都か・・・。そりゃぁ大変だな。狐侯爵は?」


『お父様ですか?ヤスさんに教えたのは?』


「うーん。それで?」


 サンドラは、ヤスがとぼけていると感じたがスルーした。


『はぁまぁいいです。リューネブルク侯爵です。こちらも法衣貴族で領地を持っていません』


「領地が無いのに、よく金が回るな」


『特定の物品にかかる税が彼らの主な収入です。王家は、これを取り上げたいのですが、公爵派閥の抵抗が激しくて難しいのです』


「それが、塩や砂糖や胡椒だったのだな」


『・・・。はい。お父様は、神殿から得られた物なので、王国外からの輸入したのと同じ扱いにして、関税をかける必要がないと王家に認めさせたのです。そして、王家に対して、”献上した物が献上品だと解るようにして輸送していたのに襲われた”と報告したのです』


「物品は神殿からの輸入品とでも申告したのか?」


『はい。塩や砂糖と報告すれば、豚と狐に邪魔される可能性があったのです』


「そうか、それで、王家は塩と砂糖と胡椒や香辛料の特権を取り上げたのだな」


『そうなりました。お父様と王家での取り決めでしたので、詳しい話は聞いておりませんが、布告された内容からは、豚と狐から特権を取り上げたのは間違いありません』


「わかった。ありがとう」


 魔通信を切って、ヤスはエミリアを操作した。モニターに、魔通信機の貸し出しリストを表示させる。


「マルス」


『はい。識別名ヴァルブルグ公爵家と識別名リューネブルグ侯爵家にある魔通信機の傍受記録を作成します』


「そうだな。でも、それよりも、二人の屋敷にドッペルゲンガーを潜入させたい。可能か?」


『可能です。虫に擬態をさせた、種族名ドッペルゲンガーを忍び込ませます』


「そうか、ドッペルゲンガーをヴァルブルグ公爵とリューネブルグ侯爵に近づけて擬態をさせろ」


『はい。本体はどうしますか?』


「別に殺す必要はない。そのまま放置だな。公爵ドッペルと侯爵ドッペルが居れば、殺してもいいけど、王家の対応を見てから考えればいいかな」


『かしこまりました』


 マルスは行動を開始した。ドッペルゲンガーを10体召喚した。迷宮区に残っていた帝国領内で使ったドッペルゲンガーの残りを呼び出した。ヤスの眷属になっているドッペルゲンガーを主として体制を構築した。今まで捕らえた、男女に擬態をさせた。上位の魔物に進化させるために、迷宮区を効率よく回らせたのだ。ドッペルゲンガーは使い勝手がいい魔物なので、マルスもこの機会に予備を作ると決めた。


「あと、帝国側に作る村に適した場所の選定を頼む」


『・・・。関所から抜けた街道を進んで、地域名ザール山の麓に、廃村になった場所があります』


「都合がいいのか?」


『後ろは、神殿の領域になっている山脈の一つです。切り立った崖から1キロ程度離れた場所です。農地になる場所もあり、種族名ドリュアスに命じれば、畑に使えます。山の麓は種族名エントに命じて果樹園に出来ます』


「水は?」


『地域名ザール山から流れ出た水が川となって近くを流れています』


「よし、支配領域に組み込め。それから、村を任せられる人材は・・・。面倒だから、ドッペルゲンガーを使うか?あと奴隷商ドッペルに支店を出させよう」


『了』


「村の防御も考える必要があるだろう。間違いなく、帝国国内から攻められるだろう?」


『はい。認識名貴族ドッペルから兵士の貸し出しで対処が可能です』


「うーん。それでも良いけど、自分たちで守れる様になって欲しい。貴族ドッペルは関わり合いがない様にしよう。奴隷商ドッペルと司祭ドッペルに支援させよう。村長は、紛れ込ませたドッペルにやらせて、”テイマー”という触れ込みで、ゴーレムでも操っている状況にするか?」


『了。ゴーレムマスターとして、ドッペルゲンガーを村長に設定します』


「うん。あとは、村はなるべく手を入れないようにしよう。家とかはそのまま利用しよう。上下水道だけは整備してくれ」


『了。家も、ゴーレムを使って建築します』


「そうだな。壁や堀も同じ手法で頼む。物見櫓も作ってくれ」


『了』


「あと、森とか作られないか?守護獣を置いておきたい」


『可能です』


「アラクネとかでいいかな?」


『了。フォレストスパイダーを進化させます』


「頼む。アラクネを眷属して、スパーダー種を配下に加えておいてくれ」


『了』


 ヤスは、マルスに指示を出した。

 帝国での物流を行うための拠点にするための場所を確保したのだ。帝国では、開拓した場所は、開拓した者が所有出来る。廃村になっている場所を、テイマードッペルがゴーレムを使って開拓をすれば、それはテイマードッペルの物だ。国からの支援もなく開拓が行われたので、帝国からの代官を受け入れる必要がない。税金を収めるのは吝かではないが理不尽な話になってきたら従わないつもりだ。近隣の貴族は、神殿の関所に攻め込んでくる奴らなので、徹底的に痛めつける。

 帝国の他の貴族が攻めるためには、間の貴族を通過した上で、村を攻めても、全滅させては意味がない。服従させるしかなく、場所的にもそれほど美味しくない。帝国の辺境に位置する村なので、攻めるリスクに見合うメリットが少なく、攻めようとする者は近隣の貴族だけだと思われる。

 計算したわけではないが、ヤスは帝国に楔を穿つことになる。


『マスター。個体名ドーリスがマスターに相談があるそうです』


「わかった。ギルドの会議室に行くと伝えてくれ」


『了』


 ヤスは、テーブルの上に置かれていたサンドイッチを口に入れて、果実を絞ったジュースで腹に押し込んだ。

 1階に移動して、マウンテンバイクを引っ張り出して、漕ぎ出した。今日は、自転車の気分だったのだ。


 ギルドに到着すると、ミーシャがヤスを出迎えた。


「ヤスさん。ドーリスが、会議室で待っています」


「わかった。そうか、ドーリスならギルドマスターの部屋でもよかったか・・・。まぁいい」


 ヤスは、ミーシャに部屋番号を聞いて、会議室に移動した。

 部屋では、イワンとドーリスが待っていた。


「おっ珍しい組み合わせだな。どうした?」


「ヤスさん。イワンさんから、ヤスさんに依頼があります」


「ん?依頼?イワンから?」


「おぉ悪い。ドーリス殿。ヤスには、儂から話す。ヤスが受けてくれたら、手続きを頼む」


「かしこまりました」


 ドーリスがヤスに頭を下げて、受ける場合には、イワンと一緒に受付に来て欲しいとだけ伝えて部屋を出ていった。


「それでイワン。依頼はなんだ?」


「その前に、リップルの馬鹿が男爵家を巻き込んで、神殿を攻略しようとしているのは知っているよな?」


「あぁルーサから話は聞いた」


「そうか、男爵領に、産出量は減ってきているが、質のいい鉄鉱石が採れる鉱山がある」


「へぇ」


「その鉱山の村に住む同族から、神殿に移住したいと申し出があった」


「ん?俺は、人は運ばないぞ?」


「解っている。だから、相談したいと思っている」


「すまん。言っている意味がわからない」


「そうだな。まず、ヤスが人を運ばないのは理解しているし、承知している」


「あぁ」


「だが、物資は運んでくれるだろう?」


「当然だ。それが俺の仕事だ」


「まず、鉱山の村の状態から説明する・・・」


 イワンの説明を聞いて、ヤスは納得した。


「そうか、紛争で物資がなくなっている。”神殿から、イワンが集めた物資を村に運んで欲しい。向こうで移動に邪魔になる、道具を積み込んで神殿に持ち帰って欲しい”で、合っているか?」


「そうだ。物資が不足している。逃げ出すのも難しい。それに、炉は無理だとしても槌や生活用品は運びたい。そのための、馬車が手配できない。ずるずると伸ばしていたら、紛争が始まって荷物を持ったままの移動は不可能に近い。物資もはいってこない状況になってしまった。と、いうわけだ。やってくれるか?」


「問題はないが、問題がある」


「なんだよ。その問答のような話は?」


「依頼は受けるが、俺はその”鉱山の村”の場所を知らない」


「ヤス。道案内だが・・・」


 ドアがノックされた。


「丁度よかった。はいってくれ」


 イワンがノックに応えた。

 そこには、ヤスも知っている女性が、二人が立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る