第三十三話 我が家へ


 ヤスは順調にユーラットへの道を走っていた。

 頭の中では、どんなトレーラー被けん引車を討伐ポイントで交換しようか考えていた。


 実際、かなりの討伐ポイントが有りヤスが望む物が手に入る状況になったのだ。


「マルス。ナビにエミリアの操作画面を表示して、音声で操作する事はできるか?」


”可能です”


「設定を頼む。準備ができたら、討伐ポイントで交換できるリストを表示してくれ」


”了”


 マルスが設定の変更を始めたのか、ナビが暗転した。

 暗転していたナビが再起動したのは5分くらい経ってからだ。


「マルス。コンテナトレーラにしたときに、積み込めるコンテナは交換できるか?」


”可能です。コンテナも用意されています。マスターが所有していた車両や付属品は交換が可能です”


 ヤスはいろいろ思い浮かべるが、この世界で使いみちがありそうな物が少ない事に気がついた。バルク車粉粒体運搬車は使いみちがありそうだが、タンクローリーやミキサー車の出番はなさそうだ。


「まずは、コンテナトレーラと詰め込めるコンテナを用意してくれ」


”了。コンテナの種類と数はどうしますか?”


「10フィートを4つ。12フィートを2つ。20フィートを2つの8個で頼む」


”了”


「マルス。コンテナを積み込むのは、クレーンが必要だよな?」


”はい。神殿内部でしたらクレーンがなくても積み下ろしは可能です。領域内はクレーンを用意することをお勧め致します”


「そうか・・・リーチスタッカーか・・・ないよな?」


”リーチスタッカーを申請・・・・。却下されました”


「そうだよな。俺も欲しかったけど買えなかったからな。でも、荷降ろしは別にコンテナを降ろさなくても人手を使えばいいのか?」


”はい”


「そうだよな。まだ日本に居た時の感覚が抜けないな。あっユニック車なら有ったよな?」


”はい”


「交換を考えよう」


”了”


 ヤスは運転しながら音声でマルスとのやり取りをしていた。


 すでにかなりの距離を走ってきていたのでFITを停めて休憩する事にした。結界を展開して外に出た。


(珈琲が飲みたくなるな。あの缶コーヒーのなんとも言えない味を懐かしく感じる事があるとは思わなかった)


 タバコを吸わないヤスだったので、運転中などは珈琲をブラックで飲むことが多かった。


(ふぅ・・・。さて行くか!)


 大きく伸びをして背中の筋肉を解してからFITに乗り込む。


 左手の森はすでに神殿の領域に入っている。

 マルスから報告が有った”死体”を捨てていった者たちとすれ違うかと思っていた。

 ヤスが気が付かなかっただけかもしれないが誰ともすれ違わなかった。しかし、すれ違わなかった事でヤスの意識から死体を捨てていった者たちの存在は頭の中から綺麗に消えていた。


 休憩から30分くらい走った場所で風景が一変する。

 左手に見えていた森を石壁が遮り始めたのだ。


「マルス。神殿の境界を示す壁か?」


”はい”


「立派すぎないか?」


”質問の意図がわかりません”


 ヤスが心配したのは討伐ポイントが足りるのかということだが、曖昧な質問だった事からマルスはうまく答える事ができない。


「すまん。討伐ポイントは足りるのか?」


”問題ありません。設置には、討伐ポイントは使用しておりません”


「え?どういう事だ?」


”個体名セバス・セバスチャンの眷属たちが組み上げています”


「え?人力?っておかしいか・・・。本当に、作っているのか?」


”はい”


「でも、眷属が居るようには思えないぞ?」


 マルスはヤスにセバスの眷属が行っている方法を説明した。


「え?それじゃ、石壁は常に眷属が支えているのか?」


”はい。間隔を開けて補強するように裏側から石壁を支えています”


「それをするメリットは?」


”メリットは、境界での異変にすぐに気が付きます。神殿の領域内は、監視できますが、領域外の監視ができません”


「そうだよな。でも、セバスの眷属はそれほど数が用意できるのか?」


”問題ありません。討伐ポイントを使って眷属化を行いました”


「そうか、セバスに負担が内容なら問題ない。引き続き頼む」


”了”


 ヤスは神殿の領域を示す石壁を見た。

 強度はそれほどではない感じがするが、別に最終防衛ラインではないから問題ないと割り切る事にした。


 その上で監視ができるのなら近づいてきただけで警戒する事ができるのは大きなアドバンテージになると思えた。


「そうだ。マルス。石壁に印を付ける事はできるか?」


”可能です”


「ユーラットの正門を基点として、5キロごとに印を付けてナンバーリングをしてくれ」


”了”


「それから、10キロごとに馬車が休憩できるような場所を作る事はできるか?」


”休憩できる場所の指定が曖昧です。境界が作成できれば、森から街道に魔物が出る可能性は皆無です。休憩する事は可能です”


「そうだな。馬車をつないで停められる場所と、水場を作る事ができるか?」


”可能です”


「水場は、湧き水の様にする事ができるのか?」


”可能です。壁から水が湧き出るようにします”


「10キロで近いから、20キロごとに作ってくれ」


”了”


 FITを走らせながらマルスに指示を出していたが、どれだけの討伐ポイントを利用するのかを考えないで拡張を指示した。マルスは、ヤスが討伐ポイントを新しいトレーラーにすることを望んでいると思い。セバスに討伐ポイントを使わないでできるだけのことを行うように指示を出した。

 セバスもマルスからの指示をヤスの指示と受け取り眷属たちを動かすことにした。眷属たちも、ヤスの為になると考えて協力を惜しまない状況なのだ。


 その結果、エントの特性を利用して監視できる石壁が用意されたのだ。

 石を積み上げるのは眷属には難しい事ではなかった。積み上げた石を固定する事が難しかったのだが、根を這わせる事で石壁の固定を行った。それだけではなく、草も同時に這わせる事でより強固な石壁を作る事ができた。

 眷属たちは、木の姿に戻って静止する事になるのだが本来の姿に戻るだけなので問題にもならない。

 根や草が攻撃されれば眷属たちが認識できるので侵入者を判別できるのだ。


 生きている境界が出来上がったのだ。


 そんな生きている石壁だが、ユーラット付近には設置されていない。

 イザークが監視できる範囲には設置されていない。ヤスがユーラットに近づいて初めて気がついたのだ。


「マルス。ユーラットの近くには石壁は作っていないのか?」


”はい。個体名イザークの監視範囲だと認識しています”


「問題ない。正門の近くまで作ってしまえ」


”近くが曖昧です”


「ユーラットの門と平行になる位置まで作れ」


”了。石壁の開始している地点を基点とします”


 数日しか離れていなかったが、ヤスはユーラットに帰ってきた。

 イザークが慌てて正門から飛び出してきた事で、なぜだか懐かしく感じていた。


--- コンラートの落胆


 ヤスがユーラットに向かってアーティファクトを走らせていた頃。領都の冒険者ギルドでは一人の男が頭を抱えていた。


(どうしてこうなった?)


 つぶやいたセリフだったのだが、コンラートの正直な気持ちだ。

 コンラートが使っているギルドマスターの部屋にあるテーブルの上には、ミーシャを筆頭にしたエルフ族たちの辞表が置かれている。


 最初は辞表ではなかったのだが、辺境伯の次男がやらかした事でエルフ族が領都から神殿に移動すると決定してしまった。

 それに伴って関係者が辞表を提出する事態になってしまったのだ。


 冒険者ギルドだけではなく、他のギルドの職員として働いていた者も辞表を提出していると報告苦情が各ギルドのギルド長から来ている。


 コンラートは、ミーシャの事は残念に思う気持ちが有るのだが、アフネスやエルフ族との関係で言えば”しょうがない”と思っている部分もある。いずれユーラットに帰ると言われていた。コンラートも帰る事を前提に仕事を割り振るなどしてミーシャやエルフ族と付き合っていた。


(原因が頭痛の種になりそうだ)


 ミーシャからの報告があってすぐに抗議の使者を出したのだが、”そんな事実は無い”とだけ返答が来た。

 食料を買い占めた事も”領主からの命令”とだけ伝えられた。書簡で返答を求めたのに、口頭での返答だ。確実に、領主は知らない。コンラートはミーシャたちエルフ族の問題とは別に領主(次男)との問題も抱えている事になるのだ。

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