第十九話 伝達


 ヤスは、寸前まで猛スピードで突っ込んで門の手前で停まった。砂煙を上げてユーラットの正門前で停まったのだ。


「ヤス!」


「イザーク!丁度良かった。裏門の鍵。それから、ダーホスとアフネスに裏門・・・。いや、ギルドに集まるように言ってくれ。俺もすぐに行く」


「・・・」


「イザーク!」


「すまん。わかった」


 イザークは、屯所に居た者に声をかけて、ヤスに裏門の鍵を渡すようにいいながら自分はギルドに向かって走り始めていた。

 どう考えても、ヤスの到着のほうが早いと考えたからだ。


 何かが発生しているのは解るのだが、ヤスが慌てている状況がわからないのだ。


 ヤスは、裏門の鍵を受け取って今度は”ゆっくり”と周りを観察するように脇道を進んだ。


「エミリア。周辺の魔物を調べてくれ」


『了』


 スマートグラスには魔物を示す点は表示されなかった。

 ヤスは魔物がユーラットに迫ってきていない事に安堵した。


「エミリア。ディアナは動かせるか?」


『マスター。マスターが動かしている物がディアナです』


「あぁそうだったな。トラクターは動かせるか?」


『可能です。修復は終わっています』


「了解。ありがとう。いつでも出られるようにしておいてくれ・・・と、マルスに伝えておいて欲しい」


『了』


 ヤスは一つの可能性を考えていた。

 魔物の侵攻が早かった場合に、ユーラットの街まで来てしまうのではないかという事だ。


 そして、討伐ポイントを稼ぐチャンスなのではと・・・。捕らぬ狸の皮算用を始めそうになってしまっている。


 トラクターで魔物の討伐を行うのは間違っていない。狩りにはならないだろう。虐殺に近い状況になってしまう事も考えられるのだが、ヤスは”ユーラット”をどうやって安全に保てるかしか考えていなかった。


 裏門の所定の位置にアーティファクトHONDA FITを停めた。

 裏門の鍵を開けて中に入ると、ドーリスが待っていた。


「ヤス様?」


「おっドーリス!アフネスとダーホスは?」


「ダーホスはギルドでお待ちです」


「ありがとう」


「荷物は?」


「あっそうだ!」


 ヤスは、エミリアから目録を取り出す。

 コンラートの事だから、目録以外にも何か報告のような事が書かれているだろうと考えたのだ。自分が”説明する項目が減ればいいな”と考えていた。


「これは?」


「とりあえず、ダーホスに渡してよ。それから話をする」


「わかりました」


 ドーリスがギルドに小走りで向かった。後ろから、ヤスが歩いてついていっている。

 ヤスが走らないのには理由がある。30分の仮眠では睡魔を完全に追い払う事はできない。運転している時には、感じていなかった疲れが身体と精神を襲い始めている。睡魔も襲いかかってきている。


”エミリア。FITの自動運転は可能か?”


”神殿の領域内なら可能です”


”神殿の中だけか?”


”神殿内ではなく、神殿の領域内です”


”・・・。そうか、それならユーラットの近くから自動運転で神殿に帰る事は可能か?”


”マスターが運転するような速度では無理です”


”安全に帰る事は可能か?”


”可能です”


 ヤスは寝るなら神殿に戻ろうと思っていたのだ。

 無茶はしたつもりは無いが少しだけ無理な運転だった事は認識している。


「ヤス!リーゼ様は?」


 アフネスがギルドの外で待っていた。


「あぁ・・・。ラナの所で寝ている。そろそろ起きて暴れだしているかもしれない・・・」


「一緒じゃないのか?」


「仕事だからな。アフネスも一緒に聞いてくれ、多分ダーホスよりもアフネスの方が適任かもしれない」


「わかった」


 ギルドに入ると、ドーリスとダーホスが待ち構えていた。ダッシュしたのだろうイザークが椅子に座り込んでいた。


「イザーク。大丈夫か?」


「ヤスか?考えてみたら、お前のアーティファクトに乗せてもらって裏門から走ればよかった・・・。疲れた」


「あ!そうだな。すまん」


「ヤス殿。イザークの事はいいから、話を聞かせてくれ」


「わかった。どこか広い所はあるか?」


「奥の倉庫を使ってくれ。目録を見た。どういう事だ?」


 ダーホスが重ねてヤスに質問をする。


「アフネス。ダーホス。それに、イザークも一緒に来てくれ、倉庫で物を出してから話す」


 3人がうなずいてヤスについていく、ドーリスも3人の後ろからついていく事にしたようだ。


 倉庫に入って、空いている場所にヤスが目録にかかれていた物を出した。


「ダーホス。全部あるか?」


「正確には確認しないと駄目だが有ると思える。だから、なんでこれを持って帰ってきた?コンラートからの指示なのか?」


 ヤスはどれから話そうか考えたが、考えてもいい順番が思いつかない。

 考えるのが面倒に思えてきた。どうせ全部話すのだから、順番は関係ないか・・・と投げやりなことを考え始めていた。


「全部話すまで質問も何も受け付けない。それに俺も多くは知らされていない。それでもいいよな?」


「あぁ」「わかった」「おぉよ」「・・・」


「まず。ドーリス。”魔通信機”が壊れていないか?」


 ヤスは、ドーリスが居たので適任者はドーリスだと考えて質問してみた。


「え?大丈夫だと思うのですが?」


「ヤス!どういう事だい!」


「アフネス。質問は後にしてくれ」


「すまない」


 一歩前に出たアフネスが少し下がる。

 アフネスとしては、”魔通信機”はリーゼの父親。アフネスの恩人と言ってもいい人からの授かりものだ。それが故障と言われて咄嗟に怒りの感情が出てしまったのだ。


「ドーリス。ダーホス。コンラートからユーラットのギルドに繋がらないと言われた。俺には故障なのか判断できない。ひとまず、魔石を運んできた。入れ替えて試してみてくれ」


「わかった。ドーリス。頼む」


「はい」


 荷物の中から魔石を取り出して、ドーリスが出ていこうとしたので、ヤスが呼び止める。

 全部の話を聞いてから出ないと、魔石を入れ替えて繋がってしまうと領都からの情報が入ってきて混乱してしまう可能性がある。緊急時には情報は多く欲しいが、違う方向からの情報は混乱を招く恐れがある。ヤスは、防災訓練や実際に発生した自然災害の現場か知っていたし経験もしていた。


 ヤスが、ドーリスを呼び止めた理由が解らない3人は怪訝な表情を浮かべたが、質問は後だと言われているので、黙ってヤスの言葉を待つことにした。


「ダーホス。武器と防具と食料とポーションは、ユーラットに必要になると言われた」


「だから、何故だ!」


「スタンピードが発生した。商隊や斥候の報告から、多くの魔物たちは領都に向かわずにユーラット方面に向かってきている」


「なに!」「え?」「ヤス!本当なのか!」「・・・」


「俺は、スタンピードが解らない。ただ、領都からこっちに来るまでの街道で6体のゴブリンを倒した。それだけではなく、アーティファクトに表示された情報では数千の魔物の存在も確認した。最低でも2千だろう・・・」


「2千・・・。それは・・・。いや・・・」


 ダーホスは難しい顔をして何かを考えているようだ。アフネスは何かを考えているようだが、表情には出していない。イザークは、苦虫を噛み潰したような表情をしているが、武器と防具を見つめ始めている。ドーリスは声にならない悲鳴を上げたあとで黙ってしまった顔色がどんどん悪くなっていく。


「ヤス。それは、どの辺りだ?」


「場所は解らない。時間でいいか?」


「あぁ」


”エミリア。魔物の集団が居た場所までの距離は?”


”正確な時間は出せません。現在も移動している事と思われます”


”俺が見た時間でいい。ユーラット到着を基準としてくれ”


”ユーラット到着の2時間27分前です”


「2時間30分前だ」


「ヤス。そこから距離は出せるか?」


「そうだな。時速120キロがアベレージだから約300キロって所だな」


「・・・。300キロがどの程度か解らないが、ヤスのアーティファクトで領都まではどのくらいかかる?先程と同じくらいの急いだとして・・・だ」


「そうだな。アベレージ120キロで走ったとしたら・・・」


”エミリア。どのくらいだ?”


”5時間39分です”


「だいたい、6時間くらいだな。今回と同じ速度で走り続けるのは難しいけど、その位と考えてくれ」


「・・・(予想以上に早いな)そうなると、ザール山の麓の辺りだな」


 ダーホスがザール山の麓と聞いて解ったようだ。

 イザークも心当たりがあるようだ。


「アフネス殿!」「あ!」


「そうだな。ユーラットを目指している・・・。と考える事ができるのだが、そのまま山を登り始めれば、ユーラットではなく神殿に向かう可能性も有る場所だな」


 沈黙が場を支配する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る