幕間 憂鬱と歓喜


「ヤス殿は行ったか?」


 イザークは後ろから声を賭けられたが正面を向いたままでも、声の主は解っている。


「あぁ律儀に裏門の鍵を返すために立ち寄ってくれたよ」


「そうか・・・。イザーク・・・。いや、いい。忘れてくれ」


「そうだな。できれば、帰ってきて欲しいよな」


「大丈夫。そのためのリーゼだろう?」


「そうだな」


 二人は、ヤスが走り去った道を見ている。


「イザーク。ヤス殿のアーティファクトを”どう”考える?」


「ダーホス。いや、ギルド長。質問の意味がわかりません」


 イザークは、ダーホスというユーラットで昔から呼んでいる名前ではなく肩書で呼んだ。


「ヤス殿と敵対するつもりは一切ない。無いのだが、危なっかしい・・・と、思っているだけだ」


 イザークは、ダーホスがヤスからアーティファクトをその先にある神殿をギルドが専有するつもりでは無いかと考えた。ダーホスにはそのつもりが無くても、冒険者ギルドは神殿を専有したいと考えるだろう。商業ギルドは、アーティファクトを専有したいと考えるのは間違いない。イザークも、アフネスとロブアンから話を聞いて賛同している。二人ほどリーゼを守ろうと考えているわけではないが、普段から世話になっているアフネスとロブアンの話を優先するのは当然の事だと思っている。

 ダーホスにも世話になっているが、ダーホスの場合には対価の交換をしているだけで一方的に世話になっているわけではない


「たしかに・・・。あのアーティファクトはできれば秘匿しておいたほうがいいとは思う。思うのだが、あのアーティファクトがなければ神殿を攻略したと言っても誰も信じないだろう。俺もアフネスやダーホスから聞かなければ信じないと思う」


「あぁ自分で見ても・・・。コアの光は信じられませんでしたよ」


「アフネスからも聞いたが、すごかったのだろう?神話の世界だと言っていた」


「えぇその言葉がチープに思えるくらいすごかったですよ」


「俺も見たかったな。無理矢理にでもついていけばよかったかな」


「辞めておいてよかったですよ。イザークは馬車でも酔うのですよね?」


「短時間なら大丈夫だけどな」


「ヤスのアーティファクトは馬車の数倍の速度で走りますよ?裏門から神殿までの間でどれだけ怖かったか・・・。死ぬかと思いましたよ」


「そんなに?」


「えぇそうですね。あぁそうだ。イザークは、雪山を板で滑り降りる遊びをしますよね?」


「あぁエルフ族の若い衆に誘われて何度かやったぞ」


「あの速度で森の中を疾走すると考えてください。多分、速度はあれ以上出ています」


「・・・。確かに、怖いな。でも、リーゼは楽しんだのだろう?」


「一部の異常な感性を持った子を引き合いに出されても困りますよ」


「たしかに・・・。俺も、大きいアーティファクトには乗ったけど、揺れは少なかったし、速度もゆっくりだったけど、たしかに酔いそうだったな」


 イザークは、いろいろ考えているようで何も考えていないだろうヤスの事が気に入っている。

 できれば、ユーラットで生活して欲しいと考えている。アフネスから神殿のことを聞いた日に、違うタイミングでイザークからも神殿のことを聞いた。二人とも同じことを話してくれた。イザークは、二人の話を聞いて感じたのは、アフネスは『”自分たち”の仲間にできなくても敵対しないようにしたい』と考えている。しかし、ダーホスは『自分たちの為に神殿を使うことを考えて、ヤスと敵対しないようにしようとしている』と感じた。そして、ダーホスの考える”自分たち”はこの国やギルドのことを指していると感じたのだ。そのために、アフネスとダーホスの利害が一致している間ならいいが、一致しなくなった時にユーラットはどうなってしまうのか考える必要が出てくる。


 神殿を攻略したという事実はそこまで大きな事なのだ。


「それで、ダーホスはどうする?」


「私ですか?」


「あぁ今まで通りなのか?それとも、他の町や領都に居る奴らの様にするのか?」


「それは・・・」


「いいよ。まだ今は考えるだけだろう?俺は・・・。違うな。そんな選択をしなくて済むようにすればいいだろうな」


「そうだな。そのために、ヤス殿に領都に行ってもらったのだからな」


 二人の間を風が吹き抜ける。

 意識したわけではないが二人の距離は初めてであった時よりも広がってしまっている。


 イザークは、ダーホスとの距離を見ないように走り去ったヤスが無事に帰ってきてくれる事を祈っている。


 ダーホスは、ヤスが走り去った方向を見てから、イザークとの距離を見て憂鬱な気分になってしまった。


---


 ダーホスが、イザークやアフネスと、感じた心の距離を憂鬱に思っている頃。ギルドの中でもちょっとした騒動が発生していた。


 ギルドの受付がざわついているのだ。

 中心に居るのは、ヤスを受け持つ事が決まったドーリスだ。


 実はドーリスは領都への移動が内定していたのだ、しかし、ドーリスはユーラットのギルドに残ることを希望していた。

 やりがいを見つけていたと言えればカッコイイのだが、残りたいという理由はもっと個人的な理由だった。


 ドーリスは王都の冒険者ギルドで採用されたエリートだったのだが、ギルドの職員間の足の引っ張りあいが嫌になってユーラットへの移動を出した。場所はどこでも良かったのだが、辺境の方が忙しいかもしれないが、職員やギルド員との関係で悩む必要はないという理由だった。


 事実、ユーラットのギルドは面倒な駆け引きもなく気楽に過ごせた。出世を諦めた人たちが多く日々を平穏に過ごす事を目標にしているので、肩肘張った人が少ないのだ。

 その上、ドーリスを喜ばせたのは王都の冒険者ギルドでは”冒険者ギルド”の仕事しかなかったが、ユーラットのギルドでは商業ギルドや冒険者ギルドや職人ギルドの仕事をしなければならなかった事だ。それが嫌で辺境努めを嫌がる者が多い中、ドーリスは喜々として他のギルドの仕事をこなした。


 しかし、元々王都での採用されたエリートなので、ドーリスは次の定期交代で領都の冒険者ギルドに移動になる通知を受けていたのだ。

 必死に抵抗したのだが認められるわけもなく、冒険者ギルドが用意した護衛と一緒に領都に行く事になっていた。


 冒険者ギルドの歯車が狂ったのは、リーゼの護衛がリーゼを置き去りにして逃げた事だ。

 有耶無耶になったかのように思えるが、領都でリーゼを護衛するはずだった者たちは捕縛された。現在、冒険者ギルドの判断待ちの状態になっている。問題になったのは、この者たちを推薦したのが”領都の冒険者ギルド”なのだ。そして、リーゼを護衛して帰ってきたら今度はドーリスを護衛して領都に戻る事になっていたのだ。

 ユーラットから領都は比較的に安全だと言われているが、ゴブリンのコロニーができたりオークの集団が現れたり、ときには、”はぐれオーガ”が発見される事があり、単独での移動は推奨されていない。

 そのために、領都の冒険者ギルドが護衛を用意したのだ。

 その護衛が逃げ出しただけではなく、護衛すべきリーゼの荷物だけではなく商人の荷物を持って逃げたのだ。


 冒険者たちにもいろいろ言い訳はある。逃げ切れる勝算もあったのだ。

 リーゼ達を置き去りにしてから、領都まで急げば3日程度で到着できる。そのために、冒険者たちは領都で商品やリーゼの荷物を換金してから、アデヴィト帝国に逃げようと思っていたのだ。帝国にもギルドはあるのだが、逃げた冒険者たちは冒険者ギルドにしか登録していなかった為に、領都で商業ギルドに登録して新しい身分証を得てから、帝国に行こうと思っていたのだ。

 しかし、ヤスのおかげでリーゼが思った以上に早くユーラットに戻ってしまった為に、護衛放棄だけではなく窃盗容疑がかかってしまった。

 その上リーゼの持ち物の一部を換金してしまっていた為に言い逃れができない状況になっていたのだ。


 遠回しにヤスのおかげでドーリスの領都行きは延期された。


 それだけではなく、ヤスが神殿を攻略した事実やアーティファクトの件が事実と認められると、ダーホスはドーリスをヤスの専属にした。

 ヤスが冒険者ギルドだけではなくすべてのギルドに登録したために、全てのギルドに精通している者が担当する事になったためだ。


 ヤスが持ってきた武器や防具や宝飾品を”ユーラットのギルド”に買い取りを依頼した事が決め手となった。

 ダーホスとアフネスの取引によって、買い取りは領都の冒険者ギルドが行う事になるのだが、実績はユーラットのギルドの手柄となる事が決定している。


 そのために、ダーホスがドーリスに指示を出して、買い取り金額の査定額を皆と共有した。


 概算で最低額を計算したのだが・・・。

 出された金額をベースに特別報奨金を計算すると、安く見積もってもギルド職員の全員に”一年分に相当する”金額が支給される事になるのだ。


 騒ぐなという方が無理だ。

 ドーリスは最初に自分の計算を疑った。それから、隣に座っている同僚に検算を頼んだ。同僚も同じ結果になった。


 ドーリスは、ヤスのおかげで領都の冒険者ギルドに移動となる話がなくなって、ヤスのおかげで一年分に相当する金額の報奨金を得る事ができたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る