誰も知らない物語

クロバンズ

第1話

「ふぅ〜。今日もなんとか売れたなあ」


 長い金の髪をなびかせながら少女はそんなことを呟いた。

 少女は街から村へと向かう道で馬車を走らせていた。

 彼女の名前はリミア。

 クレア村の住民である少女だ。

 彼女は村で作ったさまざまな商品を街に売り出した帰りだった。


「……村のみんな、喜んでくれるかな」


 正直今日の売り上げは上々だと思う。

 このお金で少しでも村が豊かになってくれればいいのだが。

 そんなことを考えていると。


 ドサッと、背後の荷台から物音が聞こえた。

 不思議に思い、馬を一旦止め荷台を確認する。

 するとそこには。


「きゃああ!」


 黒髪の男がうつ伏せに倒れていた。

 華奢な体格をした青年のような外見だ。

 何故荷台に人が?

 走行中の馬車にどうやって乗り込んだのか?

 さまざまな疑問が少女の脳裏を駆け抜ける。


「……えっ」


 だが、すぐに青年の状態に気づく。

 全身が傷だらけで、息づかいも荒い。

 外套のようなものを身に纏い、装備のあちこちに血が滲んでいる。


「だ、大丈夫ですか!?」


 警戒など放り捨てて、思わず駆け寄る。

 すると青年は弱々しく口を開いた。


「……ここ、は?」

「ここはクレア村の近くの街道です。その傷、どうしたんですか。早く手当を!」

「そうか……よかった、成功したんだな……」


 青年は僅かに安堵の表情を浮かべた。

 だがすぐに糸が切れた人形のようにぐったりとうなだれた。


 *


 青年は背に感じる柔らかな感触を感じながら目を覚ました。


「……」


 ベッドから状態を起こし、周囲の状況を確認しようとする。

 そんな青年に声がかけられた。


「目ぇ覚めたかよ。兄ちゃん」


 それは長身の男性だった。

 筋骨隆々な体をした中年のような男だ。


「……あなたは?それに、ここは……」

「ん?あぁ俺はナケル。一応この村の村長だ。んでもってここは村の診療所」


 周りを見回すと確かにどこかの病室のようだった。

 それに青年の体には治療が施されていた。


「リミアに感謝しろよ?傷だらけのアンタを

 治療してほしいって息切らしながら駆け込んできたんだ。


 ナケルはこれまでのことを話し始めた。

 いつものように荷馬車を引きながら少女は街から帰ってきた。

 村に着くなりリミアは診療所に駆け込んできたのだという。


「で、俺が荷台に倒れてたアンタをここまで運んできて、医者に治療してもらったつーこと」


 説明を終えたナケルは腕を組みながら息をつく。


「それにしても一体何があったんだ。普通の傷じゃなかったぜ?」


 青年の体は複数の傷を負っていた。

 火傷や切り傷、はてや凍傷のようなものまで。

 盗賊の類に襲われたにしては少々違和感がある傷だった。


「助けてもらって申し訳ないけど……答えることは、できない」

「……そうかい。まあその有様だ。ワケありってことはわかったぜ。せいぜいその傷が治るまで、村で休んでいきな」


 そう言ってナケルは部屋を後にしようとする。


「ナケルさん」

「……ん?」

「本当に、感謝する」


 部屋から退室しようとするナケルを呼び止め、感謝の言葉を告げた。


「礼なら愛しの我が娘に言いな。そういや兄ちゃん。名前はなんていうんだ?」

「オレの名前は……ライク」

「そうかい」


 そう言って男は部屋を去った。


 それからしばらくして、ライクは診療所を後にした。

 せめて少女に一言お礼を言おうと辺りを見回すが姿は見えない。

 数分探し歩いていると、再びナケルと出くわす。

『もう出てきたのかよ、早えな!』などと言われながら少女の所在を聞こうとしたその時。

 甲高い音が村中に鳴り響いた。


「大変だぁぁッ!あの大型魔獣が!『ガドロゲス』が出たぞぉッ!


 けたたましく鳴り響く鐘の音とともに村人の男が声を大にして叫び声をあげる。

 ナケルはその言葉を聞くと同時に表情を一変させる。


「なにい!?」


 ナケルの一声を皮切りに周囲の村人たちがどよめく。

 やがて村は慌ただしくなり始める。

 見れば村人の何人かが広場らしき場所に集まっていた。

 ライクはナケルとともに広場に駆け寄る。


「……この騒ぎは一体」


 ただ一人ライクは尋ねていた。

 聞いたことのない魔獣の名に、疑問符を浮かべる。


「ガドロゲス……大型級の魔獣だ。単体でも厄介な上に、中型の分身を幾つも産み出して群れで行動する。今この村で勝てる奴は……いねぇ」


 ナケルは顔を歪める。

 ガドロゲスは魔獣の中でも大型級に位置する魔獣だ。

 その巨大な体躯を持って暴れまわることはもとより、さらに厄介なのが自分の下僕を大量に産み出せる繁殖能力。

 産み出された中型の分身は一体ずつならそこまで脅威にはならないが、一気に多数を相手にすれば対処が難しくなる。

 それにどんなに分身を倒そうが本体である大型のガドロゲスを倒さない限り、時間を経れば再び分身が繁殖する。

 "群体型"の魔獣の脅威が村に迫ろうとしていた。


「ちくしょう……なんだってんだ。『禁忌地帯』からは遠く離れてるってのに。ついに大型級まで現れ始めたってのか……!」


 独り言のようにつぶやくナケルの顔からは焦燥が消えない。

 そんな中、追い討ちをかけるように彼の思考は加速した。


「リミアは……どこにいった?」


 先程から姿が見えない少女の所在を問いかける。

 思えば先程診療所に来て以来一度も目にしていない。


「リ、リミアちゃんなら、薬草を採りに森の中へ行っちまった!

「……ッ!」


 村人の言葉を聞くと同時、ナケルは目を見開く。


「まずいッ!」

「だめだ。村長ッ!あんたまで死ぬ気か!?」

「いくらあんたが王国兵だったっていってももう昔の話だろ!無理だ!」


 どこかへ駆け出そうとするナケルを周囲の男たちが複数人で押さえつける。

 だが、すぐさま村人たちを軽々と押しのけた彼はさらに前へ進もうとする。


「うるせえ!それでも俺は行く!このまま見捨てることなんてできるか!」


 村の男たちが複数人で一人を止める中。


「オレが行きますよ」


 広場に一つの声が響く。

 村人たちが声の方に皆視線を向けると声の主は黒髪の青年だった。

 つい先程村の診療所で治療されていた、素性もわからない旅人があげた言葉に村人たちは訝しげに眉をひそめる。


「おい旅人さん!アンタみたいなヒョロイのじゃ無理だ。さっさと逃げる準備でもしとけ!」

「こう見えても、多少の防衛はできるんですよ?何より恩人の危機だ。まだオレは彼女に借りを返せてませんしね」

「無茶だ!魔獣の群れだぞ!死にに行く気か!?」


 逃げるように促す周囲の声。

 心配の声を投げかける村人に対して、青年は答える。


「——大丈夫ですよ」


『それに、逃げ足には自信がありますから』と付け加え、少年は微笑む。


「……」


 ナケルは数瞬思案する。

 目の前の青年、ライクの表情はどこか確信を持っているように見えた。


「兄ちゃん……頼めるか?」


 ナケルは真剣な表情でライクの瞳を見る。

 彼は目の前の青年から言いようのない"何か"を感じていた。

 それはただの思い過ごしか、あるいは。

 それに現状、彼に頼るしか他に手段はないのだ。

 青年の申し出を断る理由は無い。


「リミアを、救ってくれ!」


 村の村長として、一人の父親として。

 ナケルは少女の救出を懇願する。


「……もちろん」


 僅かに笑みを浮かべ、ライクはうなづいた。

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