第10話 一緒のお風呂とドキドキと

 やさしい外崎のおじいちゃんは、玄関前に車を着けてくれた。

 お礼を言って別れた私は玄関の鍵を開けるのももどかしく思いながら、元気の無い毬乃を連れてお風呂場に直行した。

「すぐ、お風呂入れるから、もうちょっとだけ我慢してて」

「んー」

 脱衣所に座る毬乃の力の無い返事を聞きながら湯船にお湯を張る。

 どうしようか。お湯なんて入れ替えればいいから、早く温まってほしいし服のまま入ってもらっちゃおうか。どうせ一回濡れちゃったんだし。

「毬乃、服着たままでいいからお風呂入っちゃって。早く身体を温めよう」

「んん…ふく、脱ぐ」

「分かった」

 言い争いたくないから川のログハウスとは逆の順番で座ったままの毬乃を脱がしていく。

 慌てていた川の時と違って今度は毬乃の下着姿をばっちり見てしまう。ところどころにレースの飾りが付いて透けたところもある上下おそろいの大人っぽい下着。

 綺麗だな…下着だけじゃなくて毬乃自身が。白くて細くてお人形みたい。

「下着はどうする? 脱ぐ?」

 もちろん、お風呂に入るのに脱ぐのは当たり前なんだけどワンピースのままお風呂に入れようとしたから念のために聞いてみる。

「お風呂…はいる」

 立たせようとしたら四つんばいで毬乃が動き出した。ログハウスでテーブルに座らせちゃったからお尻が汚れていた。

 ゆっくり動く毬乃に寄り添ってバスタブに入るまで見守る。

 お湯は半分よりちょっと少ないけど、毬乃が入ってお湯の高さが上がった。

「着替え持ってくるから、そのまま入っててね。お湯はあふれても気にしなくていいから」

「…わかりましたー」

 多少は元気になったのか毬乃が敬礼する。普段の元気いっぱいな敬礼と違って弱々しい。

 具合が悪くなっているから当然なんだけれど、強がっているようなその姿にほっとして、ほっとしたらおかしくなってきて笑い出す前に私は浴室から出たのだった。


 濡れていたから廊下に足跡がついていないか確認して階段を上がって二階に行く。

 自分の部屋に入って毬乃の着替えに……毬乃に似合いそうな洋服、持ってない。

 下着だって新品を下ろすけど、あんな大人っぽい下着を持ってる毬乃からしたら子供っぽいって思われちゃうだろうし、スポーツブラなんてするのかな。

 でも服を着ないとお風呂から出られない。

 ふと我に返った私は、今日は毬乃のことで喜んだり、驚いたり、心配だったりと彼女のことばっかりを考えていることに気が付いて、今度は部屋だったからクスクス笑ってしまった。


 結局、新しいショーツとスポーツブラを用意して、ブラを使わないようならと厚手のキャミソールを用意した。服は申し訳ないけれど私の持っている薄い水色のブラウスと今着ているのと同じエプロンワンピースの色違いで紺のやつ。

 それと自分の着替えを持って私は下に降りていった。


 微かに鼻歌がお風呂場から聞こえてくる。元気になったかなと思ってお風呂場の扉を開けると鼻歌が聞こえなくなった。

「毬乃ぉ、身体温まった?」

 浴室に声をかけても返事が無い。

「毬乃?」

 扉を開けるとバスタブで頬杖をついて毬乃がにやにやしている。その横には白い下着がかけてあった。とりあえず、元気そう。

「えっへへー、ちえーこんだけ広いんだからさー、一緒に入ろうぜぇ」

「え、うん。最初からそうするつもりだけど」

 お父さんのこだわりで子供の頃に家族で入れるくらいに広い。私と毬乃なら余裕で湯船に入れる。

「えっ、えー?!」

 なぜか驚く毬乃をおいて一度扉を閉めて脱衣所でまだ湿っている服を脱ぐ。


「バスタオルは出たところすぐの棚ね。服は私ので我慢して。下着は新しいの用意したけど毬乃みたいな大人っぽいの持ってないんだ」

 浴室に入ってシャワーで身体を流しながら背中を向けたままの毬乃に話しかける。

「…分かリマシタ」

 話し方がおかしい。のぼせちゃったかな。

「大丈夫。のぼせちゃった?」

「だだだ、大丈夫デス」

「そう、ならいいけど。無理しないでちゃんと言ってよ」

 赤みがさした背中を見せてうなずく毬乃の背中に安心して私は髪を洗い始めた。

 きれいな川だからこそ虫だったり色々いるから川遊びしたら、ちゃんと髪や身体を洗うよう子供の頃から繰り返し言われている。

 トリートメントが終わったところで水音でバスタブからお湯が溢れ始めたことに気付いた。

 髪を洗い流すのをいったん止めて後ろを向いてお湯を止める。

「川に入ったから毬乃も髪を洗ったほうがいいよ。きれいでも川の水は生きてるからなんだって」

 まだ背中を向けている毬乃に声をかける。虫とか嫌かもしれないから話さないようにしたら、よく分からない説明になってしまった。

 怖いものでも見るようにそーっと毬乃が私を見る。

「そうだ、私が髪の毛洗ってあげるようか。私ね上手なんだよ。お母さんがほめてくれるくらいなんだから」

「…ちえはお母さんとお風呂に入るの?」

 なんだろう。毬乃の視線が落ち着かないようにあっちこっちを見てる。

「入るよ。いつもじゃないけど。一緒に入ったら背中の流しっことかもするし」

「仲いーんだね……」

「うん。仲いいよ。じゃあ髪をすすいだら毬乃の髪を洗わせてね」

 ちゃんと返事をしないから一方的に決めて私はシャワーに戻った。もう一度お湯を出して軽く髪をすすいで、しぼってから椅子の横にずれる。

「はい、どうぞ…毬乃?」

 振り返ると両手をバスタブにかけて目元だけだして、お湯の中で話しているのかぶくぶく音がしている。

「いやならしないけど」

「ヤじゃない……」

「いやじゃないなら、早くおいでよ」

「ヤじゃないけど、恥ずかしーんだってば!」

 毬乃に言われていることが理解できなくて私は考えてしまう。女の子同士なのに。水泳教室で水着に着替える時だってみんな裸になって隠さない。

「毬乃って意外と恥ずかしがりやなんだね。じゃあ、やめる?」

「待って待って。わたし、ちえに洗ってほしいデス!」

 顔を真っ赤にしたまま毬乃が湯船から立ち上がって、その勢いに揺れてお湯がこぼれる。

 立ち上がった毬乃の温まって白から薄いピンクに染まった裸を真正面から見て、また綺麗だな、と思ったとたんに私の心臓がどきんと跳ねた。

 毬乃の綺麗な体が近づくたびに心臓の鼓動が早くなってくる。

「じ、じゃあ、椅子に座って」

 どきどきする心臓の音が聞こえるかもしれないと思いながら顔をそらす。

 どうして髪を洗ってあげるなんて言っちゃったんだろう。

 そんなことを思いながらも、ちょこんと椅子に座った毬乃の髪を手であわ立てたシャンプーで優しくすいていく。

 落ち着かないと。お母さんにしてあげるのと同じでいいんだから。

「おっ、お客さん、かゆいとこありませんかー?」

「あはっ、なにそれ?」

 髪の毛だけを見ているから毬乃の表情は分からないけれど肩が揺れているから笑っているみたい。

「子供の頃に行ってた床屋のおじさんがね、シャンプーの時に必ず言うの。だからそのまね」

 お母さんの髪を洗ってあげる時も同じように言うからクセのようなもの。

「そっかー。えっと、かゆいトコはありません。でももっとわしゃわしゃ洗って大丈夫だよ」

「だって、こんな綺麗な髪なのに」

「へーきへーき。自分で洗うときなんて、もっとてきとーだから」

「分かった。じゃあ普通に」

 雑にするんじゃなく指先に力を入れてマッサージするように頭を揉む。お母さんはついでに肩も揉め、とか言い出す。

「あーはーきもちいー」

 ハートマークでも見えそうな聞いたことのない声で感想を言う毬乃に、私の心臓は騒ぎっぱなしで自分がどうかしてしまったみたいに思える。

「シャンプー、流すから目をつぶって」

「はーい」

 ちゃんと毛先までブラシですいて洗い終わってシャンプーを洗い流す。髪が長いから思っていたよりも大変だった。

 同じようにトリートメントもして、すすいでおしまい。手間がかかるから本当に適当に洗っているのかも。

「ふひゅー、気持ちいかったー」

「はい、お疲れ様でした。えっと、またお湯に入る?」

「んー、ちょっとこの気持ち良さの余韻にひたるー」

「そう? なら私はお湯に入って身体を温めるから」

「はーい」

 左手を振る毬乃を椅子に残して私は、お湯に身体を沈めた。思っていたよりも身体が冷えていたのか、お湯の温かさが気持ちいい。

「先に上がりまーす」

 椅子に座って背中を向けたまま毬乃が敬礼する。今度はいつものようにビシッとした敬礼になった。

 うん、元気になってきたみたいだ。

「うん。さっきも言ったけど出てすぐの棚にバスタオルあるから。ドライヤーとか好きに使ってね」

「ありがとー」

 浴室から出ようとして振り返った毬乃がバスタブに近づいてくる。

「ぱんつぱんつ」

 バスタブにかかっていた下着を取って毬乃は浴室から出て行く。

 お尻小さくて可愛いな。

 なんて変なことを考えながら洗い場より低い姿勢の私は毬乃のお尻を見て一つ気付いたことがある。

 毬乃は思っていたより、ずっとずっと私より大人だってことに。


 バスタブの中で口元までお湯につかっている私は毬乃の身体を思い出してまたどきどきしている。

「ちっえー」

 バスタオルを巻いた毬乃がガラス戸を開けて顔を出した。

「トイレかしてー」

「あっ、そうか。場所分からないもんね。おトイレは脱衣所出てすぐ右にあるよ」

「ありがとー」

 裸じゃなくなったからか毬乃はいつもの調子に戻っている感じ。

 私の方がのぼせちゃいそう。


 のぼせないうちに、と思ってバスタブから出てお湯を抜く。お母さんたちのためにお湯の張りなおしをしないと。簡単にバスタブを洗ったらまたお湯を出す。今度は自動で湯沸し。

 バスタブに蓋をかぶせてから脱衣所に出た。

 棚からバスタオルを取って髪を拭きながら脱衣所を見回すと毬乃はもう着替えて洗面台の前で鼻歌を歌いながら髪を乾かしていた。自分で言っていたとおりに私からすると心配になるくらい雑に髪を扱っている。

 裸を見られるのが恥ずかしくなっていた私は気付かれないようにこそこそと身体を拭いて着替えに手をのばす。

「あっ、ちえも出たんだ。着替えありがとー。スポブラはちょっときつかったからキャミ借りたー」

 私の服も毬乃が着ると素敵に見えるから不思議。

「う、うん。分かった」

 お風呂場と逆の状況になって身体を見せるのが恥ずかしくなっている私はバスタオルをアゴで挟んで身体を隠すようにして着替える。

 きついって…細いのに毬乃の方が胸が大きいんだ。

 あらためて知った事実に驚いて、つい鏡に映る毬乃の胸元に目が行く。

「んー、どーかした?」

「むね…じゃなくて、今日うちで晩ご飯食べていかない?」

 誤魔化すのと、せっかくうちに来たからというのもあって晩ご飯のお誘いしてみる。

 近づくと私がドライヤーを使いたいことに気付いた毬乃が洗面台の前をあけてくれたので交代。

「どうしよっかなー。うれしーけど、今日は迷惑かけっぱなしだからなー。うーん、うーん」

 毬乃は腕を組んでうんうんうなりながら身体を左右にゆらゆらさせて悩んでる。

「ご飯は私の担当だから一人増えても困らないよ」

「一人って、そっか。ご両親いるんだよねー。それなら遠慮して――」

「お母さんたちに毬乃のこともちゃんと紹介したいし」

 断ろうとする毬乃の声を聞こえないふりして私は話を続けた。もっと一緒にいたいとおもったかったから。

「分かった。ちえのご両親に挨拶する。がんばるよー」

 いつの間にか挨拶が中心の話になっちゃった。

「やだなぁ。挨拶でなにをがんばるつもりなの?」

 両手を握って力を入れる毬乃がおかしくて笑ってしまう。本当に何をがんばるつもりなんだろう。

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