第8話 サンドイッチと木漏れ日と

 広場を右に進んで、まばらだった木々を抜けると二番目の目的地。


「…幻想的だねー」

 ふいに立ち止まった毬乃は広場の時のように呟いた。

 でも、鳴っている毬乃のお腹は現実的だなあと思って笑いそうになる。

「お昼にしよう」

 返事を待たないで私はバスケットからレジャーシートを取り出して大きな木の根元に広げる。

 サンダルを脱いでシートに上がって正座をすると毬乃も同じようにサンダルを脱いでシートに座った。

 最初にお絞りを渡して自分でも手を拭いてからお弁当を出す。

「本日のお弁当はサンドイッチ。ごめんね、好み聞いてなかったから卵と野菜とベーコンの3種類を作ってみたんだけど。嫌いなのとかあったらよけていいから」

「好き嫌いなーし! いっただきまーす」

 食べ始めた毬乃に水筒から紙コップに注いだお茶を渡してあげる。

 回しのみになっちゃうから紙コップを別に用意しておいた。だいぶ前にお母さんが買って結局使わなかったあまり。

「ベーコン、すっごくおいしー」

「ああ、それ菊池さんちのなの」

「菊池さん?」

 毬乃は食べるのを止めて私を見る。

「そっか知らないよね。菊池さんは養豚場をやってて趣味で腸詰とか燻製を作ってるの。お父さんと仲良しで色々くれるんだ」

「趣味でこんなおいしーんだ。じゃあ卵とかは養鶏場があったりする」

「ううん。あるけど卵と野菜はうちの。畑の方で鶏飼ってるから。今朝のだから新鮮だよ」

 今日は早起きした。お父さんたちと一緒に畑に行って自宅用の野菜と卵をもらって来た。

 一緒に帰って来ても良かったんだけれど、お弁当の準備もあるから朝日が昇っていくのを見ながらのんびり家に帰って来るのは楽しかった。

 無駄になったかもしれなかったけれど、毬乃が来てくれて一緒においしそうに食べてくれているから、がんばって良かったって思えてうれしい。

「おいしい?」

 ついつい聞いてしまう私に毬乃はニコニコして答えてくれる。

「おいしー。ちえは料理上手だねー。いいお嫁さんになるよ」

「もう、お父さんみたいなこと言わないでよ」

 いいお嫁さんになる、と言ったあとにお父さんは、いやまだ早い、嫁になんか出さないって毎回同じ事を言ってはお母さんを呆れさせている。


 残ってもいいかな、と思って多めに作ったつもりのサンドイッチは毬乃の食欲のおかげで全部無くなった。暖かくなってきているから食べ物の足も早くなるし、無くなって良かった。

「はーお腹いっぱーい」

 最後にお茶を飲んだ毬乃は満足そうに微笑むところんと正座をする私の太ももに頭を預けて寝転んだ。

「ちょ、ちょっと毬乃」

「おねがぁい」

 甘えを含んだ毬乃の声にしかたなく私は膝枕を続けることにする。

「ほんとはさ…待ち合わせに行かないつもりだったんだ……せっかくちえが親と話してくれるって言ったのに無視して帰って…ひどいことした。ごめん……」

「あれは、私が悪いんだよ。毬乃が言ったみたいに意地になってたと思うし」

 のせられた毬乃の頭を撫でてあげる。お母さんたちがしてくれるように、優しくそっと。

「そのあとも無視して、ごめんなさい」

「無視? してないでしょ。他の人と話していたからタイミングが悪かっただけで。図書室だって来るのは毬乃の自由なんだし」

「……違う。ちえに話しかけられないように話してた。嫌われてるかもって思ったら怖くて。図書室も行けなくて……今日だって、ちえがいないと思ってたし。だからいないのを見てあきらめようって思ったからガッコに行って……」

「んん、でも、毬乃が来てくれたから、私は嬉しかったよ」

 顔を向けない毬乃の頭を撫で続ける。髪の毛が細くて柔らかくて本当に綺麗。

 そんな毬乃の肩は震えて見える。

「だから気にしなくっていいよ。私は毬乃のことが好きだから」

 自然に口から出た言葉に反応するように毬乃の身体がピクッと動いた。

「…わたしも……大好き……」

 返事をする毬乃の耳たぶが真っ赤になっている。

「あ、ありがとう」

 熱があるみたいに顔が熱いからお礼を言う私の顔もきっと赤くなっていると思う。

 次に何を言っていいか分からない私と同じなのか毬乃も何も話さない。


 無言の時間が続く中で風が木の葉を揺らす音だけが聞こえて、まるで世界に二人しかいない、そんなふうにも思えてくる。

「世界に二人しかいないみたいだねー」

「うそ、同じこと思ってた」

「ホント?!」

 すごい勢いで身体を起こした毬乃の顔は耳たぶと同じ真っ赤。

「うん。葉ずれの音しかしなくて、毬乃と世界に二人しかいないみたいだなぁって」

「そーそー。誰もいなくってそんな感じ――ハズレ?」

 起きた時と同じように勢いよく振られていた毬乃の頭の動きが止まって私を見る。

「あたりの音もあるの?」

「違う違う。あたりはずれのほうじゃなくって。葉っぱがこすれるのを葉ずれって言うの。学校の子達も来ないから静かでここが好きなの」

「へー」

 四つんばいで移動して来た毬乃は私の横に座りなおして肩に頭を預けてくる。

「ガッコのみんなとは来ないの?」

 毬乃のなにげない質問に動揺して身体が動いたのに毬乃は気付いちゃったかな。

「みんな、石段が面倒らしいし……それにみんなは…みんなはソバカスのことからかうから……きらい」

 言ってしまった。今まで誰にも言ってなかったのに。

 スカートを握って力が入る手に毬乃の手が添えられる。

「ソバカス可愛いよ。初めてちえを見た時からずっとそー思ってる。すっごく似合ってて可愛い。ホントのホントに可愛いよっ」

「そう言ってくれるのは家族と毬乃だけだよ」

「いーじゃん、そんなの。分かってくれる人が増えたら、ちえが独占できなくなっちゃうじゃん」

「なに言ってるんだか……」


 しばらく二人で移り行く木漏れ日を眺めて、私は毬乃の頭をちょんちょんと突っついた。

「そろそろ次のところに行こうと思うんだけど。いい?」

「このままでもいーけど……次はどこに案内してくれるの」

「川。もうすぐ川開きがあるから」

「かわぁ?! わざわざなんで川なんか」

 肩から頭を離した毬乃は露骨に嫌そうな声を上げて私を見る。

「これから行こうと思ってる川は川開きが終わると授業でプール代わりに使うところなんだよ。最初は水着を着て。それから川に落ちた時のために服を着たまま泳いだりするんだ」

 私が立ち上がると納得いかない様子ながら毬乃も立ち上がる。

「川は流れがあるから、ちょっと油断してると流されちゃうから本当に危ないの。外から来た人が流されたこともあったんだって」

 毬乃がサンダルを履き終わったところでレジャーシートを折りたたんで――シートをたたむ時は、ちゃんと毬乃も手伝ってくれた――ビニールに入れる。

 シートをバスケットにしまって準備終了。

「授業があるから場所を知ってもらおうって言うのもあるんだけど……単純にきれいな場所だから毬乃に見せたいなぁって思ったの」

「行きます。すぐ行こー」

 私の手を取って先導して歩き出す毬乃。これは、きっとあれだ。

 歩き出してすぐに毬乃は立ち止まった。やっぱり。

「えっへへー、どっち行けばいいの?」

 おじいちゃん先生じゃないけれど毬乃の行動パターンが分かった気がする。

「言うと思った」

 舌を出す毬乃が可愛くて、そう思う自分が嬉しくて。笑いながら今度は逆に私が手を引いて歩き出した。


 お弁当を食べた林を抜けて川だった名残――と聞いた――の丸く抉られた緩い坂道をゆっくり降りて私たちは川に向かう。

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