第4話 晩ご飯とお母さんの不機嫌と
帰りながら毬乃さんの嬉しそうな顔を思い出しているうちに、いつの間にか鼻歌を口ずさんでいる自分に気が付いた。
楽しみにしてるのかな私。きっとそうなんだろうな。
足取りも軽く家に帰った私は部屋で予習を終えてからどこに案内するかを考えた。
駅、は行っても面白くないし遠い。神社と川開きが近いから川のプールは絶対だし。
考えがうまくまとまらないから、とりあえず夕食の準備をしよう。
うちも畑を持っているけど、お母さんが学生の本分は勉強という人だから手伝いはたまにするだけで許されている。同級生からはズルイとか色々言われた。
そんなのは放っておけと言うので、これもお母さんに言われたままに黙っている。
だからお母さんに感謝してお掃除に洗濯、ご飯は自分から言い出した。
小さい頃は失敗もしたけれど、お料理は今ではお母さんより上手だと言ってもらえるようになっていた。
でも、うちで一番料理が上手なのはお父さんだったりする。
今晩は何にしようか考えながら階段を下りて台所に向かう。
お母さんとお父さんの好みが違うから二人同時に喜んでもらうのは難しい。
先に糠床を混ぜてきゅうりとカブを出して水洗い。
「決めた! 今日は麻婆茄子。茄子がいっぱい、ひき肉もいっぱい園山家両親が好きなもの麻婆茄子。サラダ用のレタスは納屋にあったし……ああ、もらったささみがそろそろ危ないか。足が速いからなぁ」
と、確認するのにいちいち口に出すのは私の悪い癖。しかも声が大きいらしくて、昨日の夕飯なになにだったねーと近所の人に言われることもあったりする。
「気をつけよう」
そう言いながらも作っている最中は結局口に出しながら調理していたらしい。
「ただいまぁ、今日は麻婆茄子だって?」
台所に入ってくるなりお母さんに言われた。
「外崎さンのおじいちゃンが通りがかったら聞こえたって楽しそうに言ってたよ。あンたもなかなか料理の時に口に出す癖が直らないねぇ」
ン、を独特なイントネーションでお母さんは楽しそうに話す。ちょっと男の人っぽい感じがするけど、さっぱりとした性格のお母さんにはぴったりだと思っている。
外崎のおじいちゃんは二件先に住んでいる優しいおじいちゃんで子供の頃から可愛がってくれる。
「だって自分じゃ分からないんだもん」
鉄鍋をあおりながら口を尖らせて答えた。
「良いンじゃないの。近所の人たちだってあンたが何を作るか楽しみにしてるみたいだし。レパートリーが増えれば祭りの時においしいもの食べられるからって」
秋祭りかあ。秋になると収穫祭があって神社に村の人たちが簡単なお店を出す。
他の家と同じように何年か前からうちもお店を出すようになった。
自分の家の畑で取れた物を使った料理大会みたいなのがあって、そこで優勝したことがきっかけ。
期待されているなら、今年もがんばらないといけないかな。
「お父さんも、そろそろ?」
「うーん、山の方見てくるって。野良犬でも増えなきゃそンな遅くなンないでしょ」
「わかった。お母さんは早くお風呂入って。もう沸いてるから」
お風呂に向かうお母さんは、ちょっと鉄鍋に手を入れて味見。
「お母さん、危ないよ! 熱いんだから」
「お母さンをなめんなー。あはははー」
そんなことを言うお母さんの見た目は、テレビで見るような都会のお母さんたちと変わらない。ソバカスはあるけれど顔立ちだってきれいだし。スタイルもいい。
あんな細いのにどうやってトラックに出荷の野菜載せてるんだか。
お父さんは、ソバカスを見て赤毛のアンだーって好きになったって言う。
そんなにいいかなぁ、赤毛のアンて。
「今日は麻婆茄子だよな」
同じ感じでお父さんも帰って来て園山家の食事が始まった。
「学校どう?」
食事をしているとお母さんが珍しく学校のことを聞いて来た。
当たり前だけれどテストの成績とか何も隠していないから学校のことが食事の話題に上ることも少ない。
「どうって言っても」
もう一品作っておいたささみのピーマン詰めにお箸を伸ばす。
ささみ肉を包丁でみじん切りにしてスープの素と塩コショウと味の素で味を調えて焼いたもの。
材料はダメにならないうちにちゃんと使わないと。
「少し前に転校生の女の子が来たくらいで別に何もないなぁ」
「転校生、綺麗な子らしいじゃないか」
「うん。ちょっとつり目な感じの綺麗な子だよ。細くてモデルさんみたい。髪の毛も黒くってね。なんかすぐね敬礼するの」
いつもの毬乃さんの敬礼を思い出して笑ってしまう。
「ふーん、そうか。このピーマンの旨いな」
自分で言い出しておいてお父さんは興味なさそう。
「そうだ。今度のお休みは出かけるから食材使うね」
「珍しいね。何処か出掛けンの?」
「いまお父さんが言ってた転校生。毬乃さんって言うんだけど、村を案内することになったんだ。午前中から待ち合わせだからお弁当作ろうかなって」
「そりゃ良いな。父さんたちの分も頼むな」
「まかせて。二人分も四人分も変わらなから」
「……お母さんは、あンまり賛成できないな」
「え?」
予想しない言葉に私はお父さんからお母さんに視線を移した。
いつもと変わらない表情のままお母さんは続ける。
「別にあンたじゃ無くても他の子が案内しても良いンでしょ」
「そうだけど……約束したし」
「約束したって断れば済む話じゃない。用事ができたって」
「なんで嘘をついてまで断らないといけないの? 村を案内するだけなのに」
「別に理由は無いよ。その転校生がなンとなく良い感じがしないから」
なんだろう。お母さんらしくない。
いつだってお母さんは反対する時にはきちんと理由を話してくれるのに。
「そんなの理由じゃないじゃない。おかしいよ、お母さん。いつも嘘をついちゃいけない。約束だって守れって言うのに」
「こんな時期に転校して来た、ってのが引っかかる」
「引っかかるって何が? 時期が何なの?」
むすっとした顔でお母さんが立ち上がった。
「お母さん!」
黙ったままリビングを出て廊下を通って台所に行ってしまった。冷蔵庫を開ける音が聞こえてくる。
「お母さん、僕の分もお願い」
戻って来たお母さんの手には缶ビールが二つ。
「お母さんってば!」
お母さんは返事しない。
お父さんにひとつを渡してテーブルに着く。黙ったまま缶を開けて口にする。
普段、お母さんはお酒を飲まない。飲むのはすごく機嫌の良い時かすごく……機嫌の悪い時。
どうして急に機嫌が悪くなったの私には分からない。
「あたしの意見は変わンないよ」
怒っている時の低い声でお母さんが言う。
「納得できないよ! いつもみたいにちゃんと理由を言ってよ!」
「ちえ、大きな声を出さない」
「だって…お父さん……」
助けを求めるようにお父さんを見ると、またお母さんが言った。
「意見は変わンないよ」
カッとなった私は思わず立ち上がった。
「座りなさい、ちえ。食事中でしょう」
お母さんの声がもっと低くなって怖い。でも今日は絶対お母さんの方がおかしい。
「もういらない。ごちそうさま!」
まだ途中のお茶碗と自分の分のお皿を持って流しに行く。自分の分の残っているおかずはちゃんとラップして冷蔵庫に入れる。
泣き出しそうなのに自分で嫌になるくらいにいつもの行動をする。
食器を洗っているとぼそぼそお父さんの声が聞こえてきた。
「どうしたんだい、君らしくもない」
「……ごめンなさい」
「謝るのはちえにだろう。村を案内するだけよ?」
「でもすごく嫌な感じがして。あの子が泣くンじゃないかな」
「それで君が泣かしてしまっちゃっちゃ本末転倒じゃないか。らしくない」
「そうね……」
話の途中で私は二階の自分の部屋に戻った。盗み聞きに耐えられなくなったから。
少し前までの楽しい気持ちはどこかへ行ってしまってモヤモヤだけが残っている。
ベッドに横になっているとこらえ切れなった涙が流れた。
でもどうして泣いているのか自分の気持ちが分からない。
どれくらいそうしていたのか、気づくと部屋のドアがノックされている。
お母さんだったらどうしようと思って返事をせずに目だけをドアに向けた。
「ちえ。お風呂に入りなさい」
お父さんの声。
お風呂……
ゆっくりとベッドから起き上がってクローゼットからパジャマと着替えを用意する。
ドアを開けると待ていてくれたお父さんがいた。
顔を見て何か言おうとしたら言葉の代わりに涙が溢れてやっぱり何も言えない。
お父さんは黙って頭をなでてくれる。
いつも子ども扱いするお父さんがちょっと嫌だったけど、今日は頭をなでられるのが嬉しい。
ベソをかいたまま着替えを抱え込んでお父さんの服をつまんで引っ張ったまま階段を下りる。
下まで降りると私は右のお風呂場の方へ歩き出す。
「昔、おばあちゃんがな」
振り返るとお父さんがこっちを向いていた。ちょっと視線が横に逸れて恥ずかしそうな顔をしてる。
「結婚したいと思った人を紹介した時に大反対したんだ」
「お母さんとの結婚、おばあちゃん反対したの?」
「いや、お母さんじゃない人だ」
初めて聞いた。
「大丈夫、お母さんも知ってる。でな、とにかくおばあちゃんは反対するんだけど理由を言わないんだ。と言うか理由は分からないけどダメだ。あの娘は良くないってな。だから結婚は認めないって」
「それでお父さんはどうしたの?」
「内容は言えないけど、なんて言えば良いかな。僕からするととても非常識な人だと分かった後に振られた。別れた後におじいちゃんが言ったんだ。
『母親と言うのは凄い』って。
『俺たち男と違って母親は自分の血肉を分けてお腹の中で子供を育てるんだ。だから本能的に子供の危険が分かるのだろう。きっとあれだけ結婚を反対したのはそういうことだろうな』
ってね。
お母さんを紹介した時のおばあちゃんは、最初から結婚はいつだってうるさかったくらいだったよ」
近づいたお父さんは、ぽんとわたしの頭に手を置いた。
「正直な、僕だってさっきは何を言ってるんだと思った。ただああいう時の母さんは意固地になるから様子を見ていたんだ。それでお前が流しにいる時に話していて今の話を思い出したんだ。
だからな。理解しろとは言わないが、そういう話もあったと、少しだけで母さんが不安に思う気持ちも分かってやってほしいんだ」
私はどう返事したら良いか分からなくて、結局黙ってお風呂場に逃げ込んだ。
髪や身体を洗いながら一緒にモヤモヤも流せないかと思ったけれどだめだった。
ゆっくり湯船に身体を沈めて自分のちょっとぷにっとしてるお腹に触る。
私もいつか結婚して子供を産むのかもしれないけれど、身体の準備だってできていないから、まだまだ先。
もし、お父さんの言うことが本当なら世の中から子供が犠牲になる事故なんて無くなるよ。
なんて、とりとめのないことを考え過ぎて半分のぼせながらお風呂を出た。
二階に上がる前に流しを見た。
途中で食事をやめちゃったからお母さんとお父さんの食器を洗ってない。私の担当なのに。
でも流しには食器は残ってなかった。洗われてきちんとかごに収まって布巾が掛かっていた。
お父さんとお母さんのどっちが洗ったんだろう。今日のお母さんの機嫌の悪さなら洗ったのはお父さんだと思う。
機嫌の悪い時のお母さんは雑に扱ってよくお皿を割るから。
と言うかワザと割る。それがストレス発散になるからと笑って話してたことがある。
念のために見た燃えないごみ入れにも破片は無い。やっぱりお父さんが洗ってくれたんだ。
私は両親の部屋に向かって頭を下げた。
「食事の片付けさぼってごめんなさい。お父さん洗ってくれてありがとう」
口に出して頭を上げて部屋に帰る。
横になっても普段の寝る時間になっても寝付けなかっくて、それでも限界が来たのかいつの間にか眠っていた……
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