飛んですたーりん
@65536
第1話
「いい加減、買い物いくか」
そうコウジに聞く俺、35歳。
「やむを得んだろ」
コウジも同い年で35。英語でいえばサーティファイブ。仏語でいえばボンジュール。俺たちは二人とも近所のコンビニでアルバイトしており、家賃43000円のアパートに二人、ルームシェアして暮らしている。無論BL的なアレではない。俺はガリガリでハゲだし、向こうはデブでハゲだ。ハゲ二人のイチャイチャなんて見たくないでしょ。ハゲてるおっさんがイチャイチャなんて、ディスカバリーチャンネルもびっくりだと思うんだ、実際スゴイ発見だけど。
俺たちは小学校からずっと一緒で、家も近所だったし、毎日ゲームをやったりガンプラ作ったり、アクティブな連中が外でわいわいサッカーやら鬼ごっこやらかくれんぼやらをやってる中、彼らを野蛮人扱いしながら(俺:おいコウジ、あいつら野蛮人だな。コウジ:そうだな、あいつら先祖原始人だぞきっと、などと言いながら)、俺たちは春夏秋冬常に家の中、ゲームゲームガンプラ、ゲームガンプラゲーム、ゲームガンプラ疲れたらたまに漫画、みたいなヲタクライフを過ごしてずーっとやってきた。俺たちはだから、そうやって「ずーっとやってきた」わけだから、就活だとか社員だとかそうゆー社会ステータス的な概念を一切知らない。サンシャインなら知っているが(きっとまぶしい社員かなんかなのだろう)。
周りの連中が就活なんてものを始めたときも、当然に俺たちは少しも焦らなかった。おまえら就活しなくて大丈夫なのかと同期のナカムラが俺たちに言ってきたとき、俺たちはアングラ志向なんで、だったか、カルト路線なんで、だったか、とにかくメジャー志向じゃないんでくらいの言い方でナカムラをいなした記憶はある。
ただ、生きていくためには金が必要だということは知っていたので、俺たちは家を出て、バイトをはじめ、金がかからないように共同生活をはじめたわけだ。
それから20年。あっという間の歳月が流れた。この20年のあいだに消費税は120パーセントになったし、かつて高齢化社会と呼ばれた世界は今じゃ超超超超超超高齢化社会という長ったらしい名称になったし、現在総理大臣はロシア人がやっている。それに基本的に世界はラリラリ星人が統括している世の中なのだ。
でもそんなことはフリーターで初手からアウトローだった俺たちには一切関係ないし、ゲームができて酒が飲めればそれでいい。てかゲームってなんでこんなに素晴らしいんだろうね。今やってるのは「GRAND MOTHER2」。いかにしてコストかけずに優良な老人施設におばあちゃんを叩き込むかってゲーム。まあなんとなくわかると思うけどインディーゲームですこれわ。ちなみに俺たちもプログラミングくらいはできて、古いのならアセンブラ、ベーシック、C言語、それよりちょっと進んだパイソンやゴー、スウィフトも使えるし、なんなら最近のギブスンやイーガンやヒロタカも使える(とエラそーにいったけど、そのロイヤリティーがあったのは随分昔の話で、今じゃあ小学生でもギブスンくらいなら出来る。とはいえ、そのプログラミング技術のおかげでコンビニ店員の収入だけじゃ賄い切れない支払いが賄えてるわけだし、やっといて良かったとは思っている)。
見よう見まねでゲームを作ったりもした。でもやっぱ俺たちはやる方が好きなんだってある時わかったんだよね。だいたい作るのって大変じゃないですか。プログラム書くくらいならまだあれだけど、それに音楽やってグラフィック描いてって、もう二人のスペックじゃ限界過ぎでした、はい。やるのは簡単だけどね。酒飲んで、ダラダラあーこりゃ糞ゲーだとかこりゃ傑作だとか、いやこのBGM傑作だね、小室哲哉なんじゃない? とか言ってやってる方が好きで、いまも実際そんな感じでやってます。このヒロコっておばあちゃんがなかなか施設に入んないんだよ。難易度イージーでこの頑固さってハードだったらどうなるんだ?
「あれじゃないか、もうそろそろ課金が必要だってことなんじゃないか」
「えー。だってまだ二人しか施設に送ってないじゃん」
「だってほら、ヒロコっておばあちゃんになってからBGMめちゃくちゃヘビメタみたいになったじゃん? やっぱそのおばあちゃん強敵なんだよ。おまえの選択は完璧だと思うし、これで送れないなら、もう課金して能力あげるしかないと思うんだ」
酒で真っ赤になったコウジが言う。そうだ、ビールが切れたんだった。
「一回中断して、酒買いに行こうぜ」
「うーむ」
「なんだよ面倒くさがるなよ」
「やー、配達じゃダメ? 今休憩いれたら絶対このおばあちゃん送れない」
「こないだ来た配達君クソみたいに使えなかったじゃん」
配達君というのは、いわゆる配達ロボのことで、そいつは旧式のロボットだった。あの硬さはパイソンだろう。この配達君は品を渡してお釣りを計算するのに、30分もかかったのだ。
「わかった。わかったよ。じゃあもう一回だけ」
俺はコンテニューを押して、再びヒロコおばあちゃんと対峙。画面が切り替わり、うまくいっていた選択肢を選び、失敗した手前までいく。そう、ここだ。ヒロコおばあちゃんが目を瞑り、目を見開いた瞬間にBGMがヘビメタロックに。
【このワッパがッ!!!!!!!!】
ヒロコおばあちゃんが暴れる。
このゲームはある種の風刺になっていて、高齢化を緩和するために政府が老人をサイボーグ化し、かつ労働力に昇華させ、人権を剥奪することで老人を減らす、というその政府の詐術的リアリズムを描いているのだが、このヒロコおばあちゃんはそれを完全に察しており、プレーヤーに対して物凄い抵抗をみせているのだ。老人施設というのは名ばかりで、実際はなんとも悍ましい改造施設──。
ヒロコおばあちゃんの振り回す手が主人公の職員ケンゾー(俺の名前)にヒットする。
どうする!?
「とりあえずさっきは『宥めた』から、今度は『気を紛ら』してみたら?」
コウジがそう言うので、俺は『気を紛らす』を選択する。主人公がおばあちゃんに話しかける。
【おばあちゃん、そういえば、最近お散歩行ってないんじゃなーい?】
【ん? おちんぽ?】
【ちがうちがう。お・さ・ん・ぽ】
【お・さ・ん・ぽ・?】
【そうそうおさんぽ】
【おさんぽ。お散歩。ん、んーそう、だねえ】
今までにない反応がきた。これはいけるかもしれない。俺はさらに『気を紛らす』を選択。
【おばあちゃん、あそこの公園まで歩こ? 今日はすごく天気がいいよ^_^】
【それもそうだねえ】
「おおお!!!!!」
これは絶対いけるぞ。コントローラのAボタンでおばあちゃんの手を握り、十字キーそっと倒す。おばあちゃんの手が離れないようにそっとそーっと。
ちょこちょこと歩くおばあちゃん。ゆっくりと主人公がリードする。勿論向かう先は公園ではなく、改造施設だ。おばあちゃんの気をそらすべく話しかける。
【おばあちゃん、あの鳥っ何て鳥?】
【あれはプテラノドンだよ】
二人の歩く右手側に公園が見えてくる。学校から帰った子供たちが数人はしゃいでいる。俺はおばあちゃんに公園を見せないように、左手にある大きな銅像に注意を向ける。
【おばあちゃん、あの銅像って誰の銅像かわかる?】
【あれはスターリンだよ】
【じゃあその隣は?】
【あれはスターリン二号だよ】
【じゃあおばあちゃんその隣はー?】
【スターリン三号だよ】
【おばあちゃんすごいねー詳しいんだねー】
いい感じに公園をスルー。それからなんやかんや1キロ歩いて、あと数百メートルで改造施設。ミッションコンプリートだ。
だが──。
【のうお兄さん】
【どうしたのおばあちゃん?】
【公園って】
【ん?】
【公園って、こんなに遠かったかいの?】
【え?】
おうおう落ち着け俺。コウジも固唾を飲んで見守っている。
【公園、こんな、遠くないじゃろ? のう?】
【い、いや──、
ど、どうする?】
選択肢が出る。1『今日はあまりに天気がいいから、遠回りしたんだ』、2『久々の散歩だから、忘れちゃったかな? いつもと同じ、気のせいだよ』、3『ババア、よく騙されんかったな』
こんな時、往々にしてそうだと思うのだが、ご多聞漏れず俺の手は手汗で滑り、2を選んだつもりが、3を選んでしまうという失態を演じてしまう。
【ババア、よく騙されんかったな♫】
主人公にんまり。ヒロコおばあちゃんの顔が凍りつく。青ざめた顔が瞬時に真っ赤になり、パラメーターが2倍に。
「うわ、おばあちゃんめっちゃキレてる!!」
ヒロコおばあちゃんの頭からにょきにょきと角が生えてくる。コントローラの振動がやばい。俺はあまりの恐怖に、次の選択肢でまた『宥める』を選択してしまう。
【ほらほらヒロコさん、マキコおばあちゃんが二階で手を振ってますよ〜】
すっかりサイボーグ化した銀色のマキコおばあちゃんが施設二階から笑顔で手を振っている。ぎこちなく手を振る老婆はもはや鉄の塊と化している。手を振るマキコおばあちゃんをみても、ヒロコおばあちゃんの震えは止まらない。
【マキコ? マキコだと!?】
わなわなと震えるヒロコおばあちゃん。髪が徐々に金髪になっていき、【クリリンのことかぁぁぁぁッ!!!!!】が出たところで全世界が火の海になりデッドエンド。最初マキコって言ってたのにクリリンて。ともかくまたやり直しだ。
「いい加減、買い物いくか」
「やむを得んだろ」
飛んですたーりん @65536
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