第1章 思い出話7

 翌日、隼人に連絡もしないで帰ってしまったことに関してまた謝罪をしながら登校をしていると、前を三井が歩いているのが分かった。


「葵。おはよう。」


「おはよう。隼人君。春樹君。」


 隼人に出遅れて、自分も挨拶を返した。


「おはよう。」


「昨日はありがとね。文芸部よろしくね。」


「文芸部って何のことだ。」


 一人だけ事情を呑み込めない隼人の声色は些か曇って聞こえた。


「ああ。隼人君には言ってなかったよね。文芸部に春樹君を勧誘したの。部員がいなくて困ってて。で、裏取引を行った結果、承諾してもらえました。」


 隼人は、葵の敬礼に敬礼を返しながら、怪訝そうな顔をした。


「それはよかった。ただ、その裏取引ってなんだよ。推理オタクがまた人様に迷惑をかけたんじゃないのか。葵、くれぐれも春樹には迷惑かけるなよ。こいつ顔はこんなんだけど、本当に優しすぎるんだから。人に頼まれると断れない性格しているんだよ。葵のわがまま全部聞いてやりそうで俺は怖い。」


「わかってますって。ギブアンドテイクだから大丈夫。ねっ春樹君。」


 突然会話を振られ、密かに三井を見つめていたことを悟られないように真顔を貫き通し、できるだけ低い声で俺は「うん」と返した。


 そしてクラスにつくと、昨日と同じように隼人の周りには人だかりが出来た。話を聞けば、入学初日から隼人のファンクラブが発足されたそうだ。俺はその波を回避するのにすぐに自分の席に座った。三井も同様に俺の隣の席、つまりは自分の席に座った。


 「おはよう。隼人。」


 朝から通る声で隼人に挨拶をしたのは中学から一緒の四条愛花だ。ファンクラブに入っているわけではないが、彼女は常に隼人の隣にいた。


 彼女には花があった。


 茶色に染めたきれいなウェーブのかかった髪、ナチュラルなのに洗練されたメイク、愛くるしい笑顔、そして、なんといってもサバサバしていて誰とでも仲良くなれるという特技を持っていた。そして、隼人とも仲が良く、女子バスケのキャプテンをしていたのだ。そんなこともあって、中学時代はお似合いのカップルと噂をされていたのだが、隼人は全く恋愛に興味がなく、付き合っていると報告を受けることもなかった。


 四条はファンクラブの波をかき分けて、図々しくも隣に並んだ。


「隼人。REDMANのCD買ったよ。後で貸そうか。」


 その声に隼人は過敏に反応した。そして、四条の方に目線を向け、


「まじか。買いに行こうか迷ってたんだよな。俺に貸してくれるなんて、本当に愛花は優しいな。サンキュー。」


 隼人がそう口にすると、満面の笑みを浮かべ、「明日持ってくるね」と軽く返した。その後の四条はとても嬉しそうにほほ笑んだ。


 四条の気持ちは俺から見るとバレバレなのだが、超のつくほど鈍感な隼人は全くと言っていいほど四条のアプローチには気が付いていない。俺も中学から一緒で隼人と仲がいいこともあり近くで四条の行動を見てきたのだがあれで気が付かない隼人はどうかしていると思う。モテていることも本人は自覚しておらず、友達がたくさんいると思っているだけなのだ。モテていることを鼻にかけない気のいいやつだからこそ男女共に人気があるのだろう。


 そして、隼人の言葉に気をよくした彼女は少し離れていたところにいる中学校からの同級生の俺に気が付きもせず、自分の席にルンルン気分で座った。


「葵ー。今日、CDショップ付き合ってもらわなくても大丈夫だわ。今日は家帰り遅いって言ってたから、帰りに飯食ってこうぜ。」


 隼人は結構離れていた三井にわかるぐらいの大きな声で話しかけた。


「ごめんね。それなら、今日は家の用事を頼まれてて、先に帰るね。」


 隼人の言葉にファンクラブの女子生徒全員が反応した。そして、ざわざわと話をし始めたが、重苦しい空気の中でクラスメイトが一人、口を開いたのだった。


「隼人君。あの子と付き合ってるの?」


「いや付き合ってはいないけど、大切な幼馴染なんだ。家も隣だし、兄弟みたいなもんかな。」


 そう言うとそこにいた女生徒全員が納得したように、安堵のため息をついた。


「そうよね。さすがに隼人君と付き合うにしては地味な子よね。」


「さすがにあの子は釣り合ってないでしょう。」


「さっきの子ならまだしもあんな地味眼鏡なんてね。」


「自分の立場を考えたらいいのに。」


 隼人には聞こえないようにみんな悪口を話していた。ただし、三井には聞こえるような声で。


 三井にも聞こえるように言うってことは隣の席の俺にもばっちり聞こえているんだけどな。昨日も今日も隼人と一緒に学校に来ているのに俺が隼人と仲いいの知らないのかな。それとも隼人しか目に写っていないのかな。


「三井大丈夫か?」


 俺が三井を心配すると三井はまた、昨日見せた困ったような表情を浮かべ、笑顔を向けてきた。


「慣れてるから大丈夫だよ。」


 そう一言だけ言って授業の準備をし始めた。そのぎこちない笑顔を見ているだけで自分まで心を潰されたような気がした。

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