【To the next stage】18th Track:ゆめのかよひじ


 こうして顔を突き合わせて練習するようになって、演奏の腕前もそれなりに様になってきた四人だったのだが、どうしても隠し切れない雰囲気が志乃吹から漂っていた。表情は明るく振る舞いつついたものの、しかし、どことなく暗い雰囲気が楽器の音色に現れる。張りのない音が彼女の演奏する箏(こと)や篠笛から奏でられていた。

 数日前に半ば八つ当たり気味になってキレ散らかした紫吹は、今回も表情が曇りだした。そして、首輪をつながれた犬のような顔をし、椅子に胡坐を掻いて座り始めた。

 苦い顔をしながら譜面とバンドメンバーをちらりと見つめる伊織と藍呉。何よりこの曇り始める雰囲気を緩衝材として和ませていたのは志乃吹だったの役目だったのだが、彼女はいつもにも増して暗い表情を浮かべ、泣き腫らしたような顔をしていた。

 藍呉と伊織はお互いに小声で詮索し始める。

 「おい、伊織。お前……心当たりあるか?」

 「藍呉先輩、あんたこそ何か心当たりあるんじゃないっすか?」

 肘で小突き合って詮索している二人を見ながら、紫吹はぶすっとむくれて言った。

 「あー!うるっせぇな!!なんだよ。この腐った空気はよ!よく分かんねぇけど、アタイみたいな馬鹿でも分かるぞ。いい加減にしろ!」

 「おい、紫吹、お前またキレ散らかして……八つ当たりすんのか?」

 「……め、飯食い行くぞ!」

 無理やりな言葉を照れ隠し交じりに吐き捨てた紫吹。勿論、志乃吹のことは感づいていたのだが、こうして理由を付けないと集まれない自分らにもっと接点が欲しいと、切実に感じていた。どうしてこんなに仲が悪いのか。無論、自分の短気で癇癪を起こしやすい性格にも問題があるわけだが。

 だが、唐突にツンデレな全開な台詞を吐き捨てて照れ隠しをする紫吹を見て、伊織は口をパクパクしながら呆然としていた。イラっとして紫吹は伊織の頬をつねって両側に引き伸ばした。

 「あ・わ・せ・ろ!!」

 「いふぁいいふぁい!!離せ!!」

 伊織は紫吹に揉みくちゃにされ、視線の先に志乃吹がいることを察した伊織は、棒読みで頬を掻きながら言った。

 「ウ、ウン、ソウダネ、ファミレスデモイコウカ」


 **

 ――会話が重く、間が持たない。まぁ、かれこれファミレスでドリンクバーを繋ぎに三十分居座っていた。これが仮に男女比2対2の合コンだったとしても、どこを探しても多分見つかるはずもないだろう。女性サイドにしなやかに毒を吐く志乃吹と、暴言吐きでのガサツな紫吹。男性サイドにナルシストで自分に時々酔狂している藍呉とヘタレで優男な伊織。こうやって改まって雑談をするなんてこともなかったから、空気が硬直していて、誰かが飲み物を取りに行くと同性が付いて行って、結局、場の会話が進まないという地獄絵図が展開していた。

 傍から見てもその様子は滑稽だった。周囲の子どもたちが興味津々に指をさしながら、それを見て、子どもの目を親が覆うと言う、よくあるべたな三文芝居が周囲で展開していた。

 紫吹が痺れを切らしながら、伊織を見てきた。「俺は、某ネコ型ロボットかよ。何かと助けを求めやがって……」と溜め息。聞こえたらしく、今度は足を踏みつけられて、舌を噛んだ。

 「ん?伊織、どうしたぁ?」

 「い、いやあ……べつにぃ」

 脂汗を垂らしながら睨み合う紫吹と伊織。それを見て、暗い表情をしていた志乃吹に少し笑顔が戻った。

 「相変わらず、仲がいいんですわね」

 「うるせぇ!こいつが!」×2

 「ははっ、息ぴったりかよ!妬いちゃうねぇ」

 藍呉が笑って、やっと張り詰めた空気が弛緩した。

 

 **

 ――少しお腹に物を入れながら、落ち着いた頃に伊織は窓を見ていると、志乃吹が重い表情で感づいたように話し始めた。

 「しぶしぶ、みんな、今日はお誘いありがとうございました」

 「い、いやさ、アタイもせっかくこれからみんなで大きな事やるってんだから、少しでも仲良くしようと思ってな。こいつに無理言って仕切って貰ったんだよ!」

 「あ、ああ」

 しきりに堰を切ったように泣き始める志乃吹。いきなりのことだったから、三人は戸惑い始めた。

 「おい、だ、誰かハンカチ持ってるか?!」

 慌てふためく藍呉をよそに、志乃吹は絞り出すような声で言った。

 「……ごめんださい。わたし、あなただちを……りようしてた」

 「利用してたって……何を言ってんだよ、おめぇ」

 「しぶしぶと、いおりんとあいごんとバンドをやって、うちの両親を……一人でも何かやり遂げたいって思ってたの。利用しててごめんなさい。親の注目を引きたくて、私……」

 「ったく、ダチじゃねぇか。なーにが利用してるだよ。しのがみんなを引き合わせてくれなきゃ、アタイのこのクソったれな性格であっという間に解散してたぞ」


 紫吹が座り直して、志乃吹に温かい飲み物を差し出すと、こくんと頷いて志乃吹は話し始めた。

 「うちの父は、この近域で名の売れた政治家。母親はそこそこ稼ぎのいい医療系の仕事をしていて、昔から本当に仲が悪かったの。どうやら、政治の目的で政略結婚だかで、土地柄のいい娘さんに父が嫁いで婿養子に来たのだけれど、ふたを開けてみたら仮面夫婦。父も母も、家を顧みない父に、母はお金は不自由させない暮らしをさせたのだけれど、愛情不足になった母は、昔からあの大きな家に男を連れ込んで浮気をするようになったの」

 「うへぇ、反吐の出る話だな」

 「私は、父と母のかすがいとして生まされたようなもので、母親も私がいる限り、父とは離婚できないって当て馬のように生まされた娘なの」

 「……簡単に理解しちゃいけねぇかも知れないが、うちのお袋は未婚の母でさ、俺を暴走族時代に身ごもって生んだらしいぞ。だから俺は父親を知らねぇんだよ」

 藍呉は自分の母親である、美鈴のことを語った。

 「アタイは……老舗の楽器店で生まれてよ。昔は良かったんだよ。ただ、婆ちゃんが死んでから、クソ親父が暴力を振るうようになってさ。今でも、父親のこと憎んでる。ただ、しのはどうしたいんだ?家を出たいのか?それとも親を見返してやりたいのか?」

 「……分からないわ」

 「アタイも言葉が見つかんねぇよ。付き合いが長かったのにすまねぇ」

 額を机に伏して落ち込む紫吹。伊織は涙ぐみながら、絞り出すように言い始めた。

 「くっそ!くそったれ!なんだよ、不幸だと思ってたの、俺だけじゃねぇのかよ!馬鹿野郎!うちなんか、十三代も続くクソヤクザの家だぞ。俺なんか、今までホントに夜更かししたり、ダチ公と夜まで遊んで、好き放題させて貰えなかったんだよ!この前なんか、お袋に、半裸で土蔵に閉じ込められてすげぇ怖かったんだよ!くそ!!」


 気付いたら、傷の舐め合いになっていたのかも知れない。両親の厳しすぎる重圧だったり、愛情不足や片親家族。そして家庭環境の複雑さが、少年少女をぐれさせていた。目的も将来の夢も、希望ですら示してくれる素晴らしい大人なんて……彼らにはいなかった。だからこそ、「自分らの力で何かをやり遂げたい」って心から思っていた。

 未成年のくせにぐちゃぐちゃに泣き腫らし、酒で酔ったようにドリンクバーを煽り、店員に白い目で見られた四人は、二十時を過ぎた頃に店から追放されてしまった。

 「馬鹿野郎!下手すれば、学校にまた連絡が行ってたぞ」

 「あー、でもすっきりした!」

 「だなぁ。クソみたいな不良の俺らでも、何かやれるってとこ魅せてやろうぜ?」

 河川敷で腹を抱えて笑っている三人を見ながら、紫吹はポツリと呟いた。


 「なぁ、新しいバンド名さ、『ワカバノアオハル』にしないか?」

 「え?お前らしくないセンスだな」

 「うるせぇよ、伊織!いいか?『若葉と青羽』と『ヤクザと族のカシラの若』、『青春』、『未熟な若葉マーク』……色んな意味が詰まってんだよ!」

 「ちっ、そこまで言われたら言い返せねぇな。俺がめっちゃカッコいいバンドネーム考えてたのに」

 「え?なににしたんです?」

 「『ポンコツ姫と三人の野猿』」

 「おい、てめえら、藍呉を河に沈めろ。先輩だろうが関係ねぇ!」

 「らじゃー!」×2

 志乃吹と伊織が藍呉の腕を掴み、河まで連行していく。それを見て紫吹は腹を抱えて爆笑していた。それはまれにみる笑顔だったし、彼らがやっと打ち解けられた瞬間でもあった。

 そして、四人は勉強も進路もそっちのけで翌日から練習に熱を入れて本気で音楽に向き合っていった――。

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