星明かりと消灯
@Houki_kokoro
星明かりと消灯1
この街の夜はとても寂しい。
民家のドアから漏れる光と、酒場の前に設置された街灯を除いて、輝くものは存在しない。
星が、この街には存在しない。
「まさか・・・」
夜空を唖然と見上げながら男は思った。
今日も快晴で新月。
絶好の星空観測日和であるにも関わらず上空に広がるのはどこまでも、どこまでも闇。
「なぜだ」
男は旅人で、立ち寄った土地で星を眺めることを毎日の習慣としていた。
故に知っていたのだ。
星は何十万、何百万と散らばっていて、その姿が拝めない所などないと言うことを。
それが“普通”であるはずことを。
「部屋は空いているか?」
発展の進んでいない街にあるボロい宿が満室になる方が珍しいだろうとは思いつつも、旅人は決まり文句として、木製の椅子に座り込む宿屋の管理人らしきてっぺんハゲの老父に尋ねた。
「空いていますよ」
しゃがれた低い声で老父は言って、皺だらけの瞼を少しだけ上げる。
そして旅人を爪先からアホ毛の先端まで舐めるように見回し、「どこから来たんだ?」と問うた。
「遠いところから、ですよ」
「こんな小さな街にどうして、わざわざ・・・」
「いろんな街を巡る、旅をしているんです」
「面白みもない街にもか?」
「ええ」
どうせ長々と説明しても分からないと踏んでいた旅人は3度とも端的に答えたが、それがいけなかったらしい。
老父が訝しげに旅人を睨む。
眉間に集まった皺が妙に厳しく、旅人を威圧せんと力んでいた。
「わざわざ?」
「・・・ええ、いけませんか?」
声のトーンを落として旅人は呟くように言った。
こんな風に喧嘩を売らるような物言いをされては、流石の老父も黙るだろうと考えたからだ。
「・・・いや、気にしないでくれ。魔王が倒されたばかりだろう?残党やら、盗賊なんかに街をまた侵略されちまうんじゃないかって、怯える奴もいるんだよ。そうだよな、お前さんは違うな。すまないな、疑ってしまって」
何を根拠に怪しいものでないと老父が判断したのか旅人にはわからなかったが、ともかく彼は今日この地にとどまることを許されたのだ。
ワンテンポ遅れてうやうやしく下げられた老父の頭から、旅人は思わず目を逸らす。
30を超えた旅人にとって、老父のハゲ頭は見るに耐えなかったのだ。
「と、ところでオヤジ・・・あなたは星空を見たことがあるか?」
宿屋に入る前から聞こうと思っていた質問を焦り気味に口走る。
「ホシゾラ・・・?それはいったい、誰のことです?」
老父は下げていた頭を上げ、見当もつかないといった風に首を傾げてみせた。
(魔王のことは知っているのに、星空は分からないのか)
旅人はため息をなんとか呑み込み、老父に形ばかりの礼を言って今度は部屋の場所を尋ねた。
すると老夫はおもむろに立ち上がり、「2階の部屋へ案内します」と言ってランタンを片手に先を歩き始める。
案内されている間、自分より少し背の低い老夫のハゲが丸見えとなってしまい、旅人は複雑な気持ちに苛まされた。
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