stage19.体裁
「まぁ、どうぞ入ってくれ」
「ええ。では、お邪魔します」
ここからはもう敵の懐の中だ。
意識してそれとなく警戒しておかねば。
久遠は悠然として見せながらも、体の芯には緊張感を張り巡らせる。
「確かに、中は外見と違ってごく普通の造りをした家ですね」
「そうだろう? だがこの外見のおかげで余計な訪問販売などは来ないから、その点では楽でいい」
滝沢は言うと軽く笑う。
これに久遠も相槌を打って答えると、キッチンの方を指差した。
「教授、キッチンをお借りしても?」
「ん? どうしてだい?」
「電話でも言ったでしょう牛肉と赤ワインを持参すると」
「ああ! それなら私が調理を……」
「いえいえ。教授は座っていてください。最高クラスのA5ランクの肉です。調理にコツが必要で。これがあるかないかで味が大きく左右されるんですよ」
言いながら久遠は、植物の葉で包装された牛の肉塊を取り出して、滝沢へと見せた。
「ほお! これは本当に立派な肉だな! 確かに調理にコツが必要そうだ。残念ながら私は、職業上“肉を捌く”のは得意だが調理までは専門外だ。おっと、こんなこと医者が言ったら不謹慎かな? 患者に聞かれでもしたら大変だ」
これに場を和ませるように、二人の笑いが室内に響き渡った。
「そう言えばご子息がいらっしゃるんですよね――」
ここまで久遠が口にした時、見覚えのある顔が姿を現した。
「パパ、一体何の騒ぎ――」
「この子が私の一人息子の有夢留だ。さぁ有夢留、ご挨拶しなさい」
「あ……僕、は――」
「
久遠は全く知らない振りをを演じて、有夢留へと訊ねた。
「……!? じ、14歳、です……」
この様子にようやく気付いた有夢留も、初対面を演じ始めた。
そして父親に寄り添い、彼の袖を掴む。
この息子の反応に、滝沢は苦笑しながら言った。
「この子は人見知りが激しくてな。性格もおとなしいんだ」
「成る程、そうですか。牛肉を持ってきたんだ。君の分も焼くから、一緒に食べよう。では教授、キッチンをお借りしますよ」
久遠は言い残して、ダイニングの壁の向こうにあるキッチンへと姿を消した。
すると滝沢は、小声で有夢留へと話しかけてきた。
「どうだ実物は。相当魅力的だと思わんか? じっくり時間をかけて手懐けたら、たっぷりと可愛がってやろう……クックック」
父親の不気味な様子に、有夢留は息を呑んだ。
「さぁ出来ましたよ」
久遠は言いながら、焼いたステーキの乗った皿を運んできた。
「う~ん。食欲をそそるいい匂いだ」
滝沢はダイニングテーブルの椅子に座って待っていた。
勿論、有夢留も一緒だ。
久遠はステーキ皿をそれぞれテーブルに並べると、再びキッチンへと戻る。
そんな彼の後ろ姿を見つめながら、滝沢は言葉を続けた。
「実に……美味しそうだ……」
この言葉がどんな意味を指すのか、ピンときた有夢留は内心、落ち着かなかった。
再びキッチンから戻ってきた久遠の手には、器用に指に挟んだ二つのワイングラスとワインボトルがあった。
「有夢留君はグレープジュース」
久遠はニコリと笑って、もう片手に持っていたペットボトルにはキャップの方にグラスがかぶせてあった。
「いっぺんにそれだけ運んで来れるとは、響咲は器用だな」
「以前バーでバイトをしていた時期がありましてね。鍛えられました」
滝沢の言葉に、久遠は軽く笑って見せる。
「ほぅ、成る程……そうか」
これに滝沢も軽く笑って答える。
「では開封しますよ」
そうして久遠は手早くソムリエナイフで包装紙を切ると、スマートな手つきでコルク栓にスクリューを捻じ込んでいき、上へと引き上げる。
キュポン! と軽快な音を立てて、ワインのコルク栓が抜けた。
引き続き布を片手に、ワインの底を持つとグラスに注ぎ始める。
ワインは音も楽しめるように、再びポ、ポ、ポ、ポ……と音を立ててグラスに流れ込んでいく。
3分の1程注いだところで、久遠は鮮やかな手つきでボトルを持ち上げ、片手に持っていた布で注ぎ口を素早く拭う。
同じ要領でもう一つのグラスにもワインを注いでから、今度はグレープジュースをグラスに注いで有夢留が座るテーブルの前に置いた。
目で必死に何かを訴えてこようとする有夢留に、久遠は微笑を浮かべた。
「もしかして、君もワインの方が良かったかな?」
久遠の軽いジョークに、滝沢も弾かれるように笑い出した。
「アッハッハッハ! せめてあと六年は待たないと無理そうだ! まぁ、お前が大人になった暁には、是非パパと一緒に飲もうな有夢留!」
「う、うん……」
大きく肩をバシバシ叩いてくる父親に、有夢留は戸惑いながら頷いた。
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