9話 はじまり 3/3

 四人は、とりあえずあばら小屋の中に移動した。

 その場所はウッジが一休みをしていた、使わなくなった炭焼き小屋だった。


 チャルカはあんなにウッジ、ウッジと言っていたのに、メイシアから離れなくて、ずっとくっついている。


 なんだか、変な空気が炭焼き小屋に流れていた。


 誰もがムズムズしながら、何をどう聞けば正解かわからない状態。

 そんなムズ痒い雰囲気を破ったのはストローだった。


 「チャルカって言う名前だったんだな。」

 「……なんて名乗ったの?」

 「……。」

 プイッとチャルカがそっぽを向く。


 「チャーって……」

 本人が答えそうにないから、メイシアが代わりに答えた。


 「もう。いつも自分の名前をちゃんと名乗るように教えていたでしょ。」

 チャルカがメイシアの影に隠れてほっぺを膨らませた。


 「……ウチはウッジ・エンプレイスといいます。その子は、チャルカ・ストレングス。二人とも、ここからほど近い町のはずれにあるラズベリーフィールズ孤児院で生活しているものです。あなた方は……」


 「オラはストロー。ストロー・プリセズ。もっともっと北の村出身で、そのメイシアと知り合って一緒に旅をしているんだ。」


 「メイシア・フーリーです。孤児院で生活って言っていたけど……ここも孤児院の敷地なんですか?」


 「逃げたところを見ると、そうじゃないよね?どうしてこんなところ居たの?っていうか、どうしてこんなこんな小さい子が 一人でうろうろしているの?」


 「そうだ。どうして、チャルカがこんなところにいるの?」

 ウッジがストローの質問を受け流して、チャルカにぶつける。

 三人の視線がチャルカに集まる。


 チャルカはメイシアの洋服を引っ張って、耳打ちをした。


 「……ウッジが遠くに行くって聞いたから、追いかけて来た……そうよ。」


 「じゃ、本当に一人でここまで来たの?」

 チャルカが怒られる!と思って、顔をメイシアの背中に押し当てる。


 「……聞いて、ってウチとシダーの話を盗み聞きをしたんだね。だったら、ウチがこれからどうするのか知ってるでしょ。町にウチが送り届けることができない事もわかるでしょ?どうして追いかけて来たの!」


 ウッジの言葉にチャルカがまた泣き出してしまった。

 「ウッジのばかー!うわーん!」

 慌てて、メイシアがチャルカをなだめる。


 「ちょっと。きっとチャルカにも思うところがあるのに、そんな頭ごなしに……」


 「そうは言っても、ウチは町から一晩中歩いてここまで来たの。休むこともなくここまで来て、疲れて昼まで眠ってしまうほどだったの。それなのに、そんな道のりを追ってくるなんて。」


 「チャーちゃんはそれで、ウッジさんを見失って迷子になって泣いていたのね……。でもどうして夜中に村を……チャーちゃんに内緒にしてまでして、出発しないといけないような事になったの?」


 「…………、」

 とたんにウッジが黙ってしまった。



 明かりをとるために点けた薪の火がパチっとはじけた。



 ウッジが黙ったまま下を向いてしまった。かと思うと立ち上がり、自分の荷物から薪割り斧を持ち出した。


 「な、何をする気?メイシア、チャルカ!危ない! 逃げて!」

 斧を見たストローが慌てて声を上げた。


 「何もしないよ。昨日これを買ったの。……最近森に立ち枯れた木が何本かあって、それを薪にしようと思って。でも、その木は……ロード様の印の木だったみたいで、ウチは町の人に追われることになって……それで、院長先生がロード様に許してもらいに行きなさいと町の人に見つからないように逃がしてくださったの。」

 ウッジが話し始めたが、その斧が気になって、ストローは気が気ではない。


 「と、とりあえず、危ないからその斧、置いて。」


 ウッジは素直に斧を床に置き、後ろに振り返って三人に背中を向ける形でその場に座った。


 「ウチ……、ロード様に許してもらえるとは思えなくて。ここまで逃げてきたのはいいけど、冷静になって考えるとどうしていいのかわからないし、怖くなって、いろいろ考えて……気が付いたら夕方になっていて……」

 顔を両手で覆う。

 肩が小刻みに揺れていた。


 さっきまでメイシアの後ろに隠れていたチャルカが飛び出てきて、ウッジの背中に抱き付いた。


 「ウッジ、痛いの大丈夫」

 大きな目にいっぱい涙を溜めて何とか言った。


 それを見たメイシアは、ウッジが悪い人間ではないないと思うことができた。

 そして、一つの提案が頭に浮かぶ。



 「……印の木なんて聞いたことがないのだけど……。とりあえず、ロード様のところに行くって事でしょ?じゃ、私たちと目的地は一緒じゃない。」


 言いながらストローを見る。

 ストローは一瞬、うーんと考えたが、


 「……じゃ、一緒に行く?」

 ウッジが顔を上げて、振り返った。


 「二人も、ロード様に会いに行くの……?」

 二人とも、頷いた。


 「オラは村の貧乏の輪廻を断ち切るために、頭を良くしてほしいとロード様にお願いしに。」

 「私は、村が何者かに襲われてなくなって……みんないなくなってしまって……。だから、今までの日常に戻してほしいってロード様にお願いするの。知り合ったのも何かの縁よ。どうにかなるでしょ。」


 「……仲間に入れてもらってもいいの?」

 「まぁ、旅は人数が多いほうが心強いしな。」

 ウッジは一瞬、うれしそうな顔になったが、すぐに曇らせた。


 「でも、ウチはチャルカをラズベリーフィールズに送り届けないと……」


 「チャーはウッジと行く!ねぇ、いいでしょ!」


 「だめ。みんな心配しているから。それに、すっごく遠いところに行くんだよ。チャルカには無理だって。」

 「チャー、ちゃんと歩けるもん!」

 「だーめ!……それに……、」

 そういって口を濁したところで、チャルカがメイシアに泣き着いた。


 メイシアとストローだって、連れていくのには抵抗がある。

 まだ幼い事と誰にも告げずにここに来ている事。


 「チャーちゃん、きっとお友達が心配しているよ?」

 そんな事を言っても、聞く耳を持たない。


 「……今、なんか言いかけていたけど、なんなの?」

 ストローがため息交じりに聞いてみた。


 「……。実はチャルカには養子縁組の話が上がっていて、だから、」

 とても話ずらそうなウッジの様子に、それ以上その話を聞くのは躊躇われたが話は続く。


 「チャーはパパもママも要らない!欲しいなんて言ったことない!なんでみんな、お家からチャーを追い出そうとするの?!」

 「チャルカ……」


 そんなことを言っても「家族がいない不幸」を知っているウッジにとって、家族がいないという選択肢をチャルカに選ばせる事はできない。


 ヤーンご夫妻はとってもいい方たちだし、これ以上いい縁組の話はないはずだ。

 チャルカはヤダ、ヤダ!と泣き続けている。


 (もしウチに人を思いやれる心があったら、チャルカの気持ちを考えながら、養子縁組することが幸せなのだと伝えることができるのだろうか……?それよりもウチはその状況を言い訳にして、本当はこの子を連れて旅をすることが面倒なだけじゃないのか……?)


 考えれば考えるほど、いつもの胸の隙間にカランカランと音が響く。


 どうしようもない夜、ウッジはいつもあの呪文を思い出す。


 『ウチの両親はどうして、ウチを愛していないのならウチを殺さなかったのだろう。もし愛していたのなら、どうして殺してくれなかったのだろう』


 その問いかけをし、そして考えても詮無(せんな)い事なのだと言い聞かせて眠りについていた。

 それしかなかったのだ。

 でも今回は違う。何かしらの答えを迫られていた。


 だが今夜、その問いに答えを出したのは、ウッジではなくメイシアだった。


 「……じゃぁ、仕方ないしチャーちゃんも一緒に行く?」


 「えっ!チャーも行っていいの?!」

 「まぁ、なんとかなるでしょ。」

 「わーい!メイシア大好きっ!」

 慌てたのはウッジだった。


 「ちょっと待ってよ、チャルカには養子縁組が……」

 「だって、何年も旅するわけじゃないでしょう?ちょっと行ってすぐ帰ってきたらいいのよ。それに、あなただってロード様に許してもらって帰ってくるんだから問題ないわよね。」


 「……そうだけど、」


 ストローも慌てた。

 「でも、まだ幼いし、一日歩けるかどうかわかんないよ?」


 「チャーちゃん、歩けるよねー?」

 「うん!チャー歩ける!」

 長い一日で一番のチャルカの笑顔だった。


 ウッジとストローは、この長すぎた一日の緊張の糸が一気に切れてしまって、もうなるようになるしかない……と半ばあきらめが混じり、そこで疲れがドッと押し寄せ、思考がストップしてしまった。


 「まぁ……どうにかなる、のかなぁ……」

 「なるなる。」


 「どうしよう……。でも仕方ないのかなぁ……」

 「仕方ない、仕方ない。」



 もう時間はとっぷり夜になっていた。

 4人はそのあと、あんなに深刻に話したのが嘘だったかのように、あっさりと深い眠りについた。


 そう遠くない森で、鷲のようなライオンのような獣の鳴き声が聞こえたのも四人は聞こえなかっただろう。

 破れた窓から見える空には、いつものように青い虹が深々と輝いていた。


 少女たちの旅は始まったばかり。


 自分が行くべき場所まであとどれくらい?



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