8話 はじまり 2/3

 対岸といっても小さな泉なので、空がオレンジ色に染まる前には小屋に着くことができた。


 元いた場所からは、葦に隠れて見えなかったが、近づいてみるとずいぶんとボロい……もとい、はっきり言ってしまえば、廃墟だった。


 少し近づけば廃墟である事はわかったのだが、周りに他の建物もなく、今手がかりがない状態で次の村まで歩くのも躊躇(ためら)われたため、ダメ元でここまでやってきてしまった。

 今いるのは扉の前だ。


 玄関らしいドアは泉の岸辺とは反対側に設置されていた。

 赤いドアで、一応錆びた呼び鈴が、これまた錆びた鎖でぶら下がっていた。


 とりあえず人がいないのはほぼ決定なのだが、玄関で声をかけないわけにもいかず、三人横に並んで突っ立っていた。


 「……ストローが一番年上だし、声かけてよ、」

 「えっ、そんな……これ、絶対人いないよ。もう、入っちゃっていいんじゃない?」


 「人のおうちに勝手に入っちゃダメって、ウッジが言っていたよー」

 「……ウッジって誰なんだよ……。もぉー……。やっぱりウチ(が声かけるの?)」

 と言いかけた瞬間、泉の方でバケツのような缶が転がる音がした。


 ────!


 驚いてメイシアとストローの髪が逆立った。

 チャルカに至っては、メイシアにしがみついて泣き始めた。


 「だ、誰かいるの?」

 「裏だ! 泉の方に誰かいる!メイシアは、そっちから回って!」


 素早くストローが小屋の外周を、時計と反対回りで走って泉側へ向かった。


 ストローの言う「そっち」とは、ストローとは反対側から時計回りで泉側に回り、泉側に誰かがいるなら挟み撃ちにして逃がさないように……という言う事だろう。


 「え?ちょっとまってよ!チャーちゃんが、くっついているのに……」

 メイシアの苦情が聞こえているのか聞こえていないのか、ストローは鉄砲玉のように飛び出してしまった。


 メイシアはため息を一つして、チャルカの目線の高さになるようにかがんだ。


 「ねぇ、チャーちゃんは、ここでじっとしててね。」

 「やだーー、こわいー!」

 「じゃ、ついてくる?」

 「やぁぁぁだぁぁぁーーー!」


 手が付けられそうにないくらい、泣きじゃくり始めてしまって、こういう子をあやす経験に乏しいメイシアはお手上げだった。


 「どうにでもなれ」という気持ちよりは「どうにかなるか」という気持ち寄りで、メイシアはよし!と気合を入れるとチャルカを抱き抱え、ストローに言われた通り、時計回りで小屋の外周を辿った。

 チャルカはメイシアにしがみついて、顔をメイシアの首元に押し当てて回りを見ないようにしている。


 時計回りルートは背の高さよりも高い葦が邪魔をしてとても進みにくいルートだった。

 チャルカを抱っこしているので片手しか使えず、コシの強い葦をよけて進むのは至難の技だ。

 片手で葦をよけて、根本を踏みつけて進む。そうしないと、バチン!と葦がむちのようにかえっくる。

 悪戦苦闘しながらノロノロと進んでいると、向こうからもガサガサと葦林を進んでくる音がした。


 ドクン!ドクン!一気に心拍数が上がる。

 (どうしよう、もしお家の人だったら叱られるかもしれない!)


 こんな誰も住んでいないと思われる廃墟だ。

 何も悪いことはしていないはずなのだが、悪いことをしているような気分になって心臓が今にもはちきれそうになる。


 その時「メイシアーー!」とストローが呼ぶ声が聞こえた。

 「な、なんだ、ストローか……驚かさないでよ、」

 と安心したのも束の間。

 ガサガサと葦林を割って姿を現したのは、見たこともない女性だった。


 「ぎゃっ!」

 「わっ!」


 メイシアだけでなく相手も驚いて声を上げた。


 驚いた声に全く回りを見ていないチャルカが異変を察知して、またギャン泣きし始めてしまう。

 そこに首や頬にうっすらミミズ腫れを何本か作ったストローが、慌ててやってきた。


 「ちょっと、あんた!待ってよ!聞きたいことがあるだけなのに、なんで逃げるの!」

 呼び止められた女性も、頬やおでこに葦が当たった跡が浮き上がっている。


 でもメイシアが気になったのは、そんなことよりも目を真ん丸にして驚いているその女性の様子と「チャルカ?」と発した言葉だった。


 「もしかして、本当にチャルカなの?」

 女性がメイシアのそばまで近寄ってきた。


 「ちょ、ちょっとまって!あなた、この子の事知っているんですか?」

 そう言いながら、なんとなく後ずさりしてしまう。


 「知っているも何も…チャルカでしょ?」

 「チャーちゃん、ちょっと!顔あげて!あの人知ってる?」

 怖がって、首をイヤイヤと振って顔を上げようとしない。


 追いついたストローが女性の腕をつかんだ。

 観念したように、女性が一つため息をついて話し始めた。


 「……ウチは、その子の保護者……代わりでした……」


 「保護者?」

 こんな所で見つかると思ってもいなかった探し求めいてたゴールなのだが、なんだか雲行きの怪しさを感じ取ってしまう。


 「チャルカ、どうしてこんなところにいるの?ウッジだよ。こっちおいで。」

 女性がそういうと、恐る恐るチャルカが顔を上げた。


 「ウッジーーーー!わーーーーーーーーん!」


 チャルカがウッジのところに行こうと、重心をぐいっと移動させたので、メイシアがバランスを崩してこけそうになってしまう。


 「危ない!」とストローが近寄ろうとしたけれど、そこは葦林の中。

 バチン!とストローの顔に葦の鞭がヒットした。


 「…………。」


 「痛い……、とりあえず、ここから出ようか……、」


 もう空は黄昏時。

 青い虹の時間がすぐそこまでやってきていた。

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