虹の国のメイシア1~村を何者かに壊滅されたので黄色い道をたどって願いを叶えてもらいに行きます~
メラニー
第一章 はじまり
1話 秘密の書庫の秘密 1/3
メイシアに訪れたある朝。
彼女は一人になっていた。天涯孤独というやつだ。
昨晩、何者かが村を襲い村を全滅させてしまったのだ。
家族どころか、メイシアを知る者が存在しなくなった。
運良くというべきだろうか。昨晩、メイシアは村の洞窟にいた。
そこは教会の書庫になっている。
洞窟と言っても洞窟の空間を利用した部屋になっており、窓は一つも無いものの、壁も壁紙が張られ、天井も設えてあるので一見普通の部屋のような場所だ。
村人には知られないようにしていた秘密の書庫だったが、いつの頃からか教会の仕事を手伝っていたメイシアは洞窟の書庫の事を知っていた。
知ってはいたが、牧師様が恐ろしい本があるからと、必要なものを取りに行く時以外は入れさせてもらえなかった。
しかし「きっと何か素敵なものがある」とメイシアは、書庫を探検したいといつも思っていたのだった。
昨晩、それは起こった。はじめはいつもどおりの土曜の午後だった。
書庫から明日の日曜の礼拝に使う賛美歌の楽譜を持ってくるように言いつけられたメイシアは、暗い書庫用に
歌が得意なメイシアは、日曜礼拝の賛美歌の時間がことの他好きだった。
誰にも言っていないが、将来、歌を歌う仕事ができたらと思っていた。
しかしこんな片田舎の村。『歌を歌う仕事』なんてものはなく、そのような夢を口に出すことも
堂々と人前で歌うことのできる日曜礼拝の讃美歌の時間は一番好きな時間だ。明日はどれを歌うのかな?と思うだけでワクワクする。
(スズメの歌だったら良いなぁ。)
そんな事を考えながら烏瓜の
踏み台に登って65番の札のついた棚の右から3冊目。そこへ手を伸ばそうとしたとき、バタン!と書庫のドアが突然閉じられてしまった。
洞窟の中と外とでは気圧が違うので、ドアに挟んでいた
一瞬びっくりしたものの、そう思ったメイシアは気にも留めず、いつもの賛美歌集を手にして踏み台を降りた。
踏み台をいつもの場所に戻して行燈を持ち、書庫の奥に視線を送る。薄暗いその奥は見えないが、ずっと奥にある書棚を見据えていた。
暗闇の奥にある書棚……10番台の棚より向こうは絶対に近寄らせてはもらえなかった。
たとえ誰が見ていなくとも、守らなければいけない牧師様との約束事だった。
メイシアは、闇の向こうの好奇心に後ろ指を引かれつつ、書庫の扉に手をかけた。
(あれ? )
もう一度。
ぐぐぐっと今度は力を入れて。
まったく動かない。
しかしメイシアは、あまり心配性の性格ではない。何事もなるようになるし、滅多な事なんて起こらない。
(帰ってくるのが遅かったら、牧師様が気がついて出してくれるでしょ。きっと扉の向こう側は古い洞窟がそのままだから、石か何かが転がってドアが開かなくなっているのかな?)
この用事の後に、母親に言いつけられていた夕食の準備をうやむやにできるかもしれないと、鼻歌交じりで踏み台をもう一度出してきて腰をかけた。
(歌っていたら、時間なんてすぐに過ぎるもん。)
何十分経ったのか。
一人で歌うことにも飽きてきたのでドアの向こうに耳を澄ませてみるけれども、まったく牧師様が「また油を売っているのですか?」と叱りに来てくれる様子もなく、灯りは烏瓜の行燈のみ。行燈の揺らぎが眠気を誘う。
退屈と心地のいい行燈の揺らぎに誘われて、メイシアはそのまま床に腰を下ろし眠ってしまった。
メイシアは不思議な夢を見た。
メイシアが住んでいるこの世界は、空の上に巨大な輪っか状の虹が天使の輪っかのように浮んでおり、その巨大な虹がずっと地面を照らしている。
昼間は煌々と。夜は深々と。
それこそがこの世界の昼と夜。
その虹の輪の中心部には、島のようなものが浮かんでいる。
この世界に住んでいる人々は、虹の国と呼んでいた。そして虹の国にはこの世界の全てをつくり、守ってくださっているロードさまがいらっしゃると信じている。それは
夢が変だというのは、メイシアの体が浮び上がり、その神の国に吸い寄せられているというべきか、体が浮かんでふわふわと気持ちのいい夢だった。
(あぁ。書庫の奥の棚を見ようと思えば見ることができたのに、言いつけどおり見なかったご褒美……?)
そんな事を思いながら……
ドカン!!ゴゴゴゴ……ガタン!!!
扉の向こうですごい音がした。
向こうというよりも、もう扉そのものだ。
書庫の
今まで12才になるまで教会に出入りはしていたが、こんな事は初めてだった。教会で初めてというよりも、この村はとても平和な村で自然災害も聞いたことがない。まったく初めての経験。
ドアの前にもしメイシアが寝そべっていたら、命は無かっただろう。
目が覚めたメイシアは何事かと思い、なんとか抜けられそうなそのドアの穴から外へ這い出た。
(あれ?まだ夜なのかな?なんか暗い。)
と、思ったのも一瞬。
洞窟の入り口が半分崩れて、かろうじて崩れていない所にも倒れたであろう樹の枝がかぶさって日よけになっているようだった。
(何?土砂崩れでもあったの? )
この世界で、そのような現象があることは知識として知ってはいるが、とても珍しい事で、実際に起こる事はほとんどない。
それらは行いの悪い地域や人に起こるのだ。
この村の人々は勤労で優しく、そのような珍しい事件が起こるとは考えにくいことだった。
メイシアが茂った枝葉から、小さな擦り傷を作りながらなんとか出てくると……目に飛び込んできたのは、見慣れた懐かしい生まれ故郷の姿ではなかった。
えぐれた畑、傾いた教会、崩れたサイロや、学校代わりの集会所も……そして生まれ育った家も例外ではなかった。
両親や、牧師様、となりの家の時々クッキーをくれるトッカおばちゃん、向かいに住んでいる魚つりの上手なロルフおじいちゃんも、みんな何処を探してもないなのだ。
途方にくれる。
気がつけば、もう夜だった。
空には少しだけかけた赤い月が浮かんでいる。
あれから何度もこれが夢で目が覚めるようにお願いをしたが、一向に目が覚めてくれる気配は無かった。
かろうじて残っていた教会のパントリーから、堅パンとマーマレードを持って書庫へ戻る事にした。
夜、外に居るのは怖いし、もしかして、もう一度書庫で眠れば、目覚めたとき元のいつもの朝がやってくるかもしれない……そんな淡い期待がどこかにあったからだ。
今思考すると、悪い事ばかり考えてしまう。
眠ってしまえば思考は停止するのだけれど、悪夢を見そうで、目を瞑れば洞窟の外に広がる壊滅した村が瞼に浮んで、どうしても積極的に眠る事が出来なかった。
フラフラと何度か書庫を徘徊して、本棚の番号などを無意識に意味もなく数えたりした。
「16…15…14…13…12…11…10……… 」
気がついたら、10番台の書棚まで来てしまってた。
こんな緊急事態にも、慌てて戻ろうと思ったのだが、10番台の書棚の前まで来ると、今まで暗かった書庫が一転した。
ここは洞窟の中に作られた書庫なので窓なんてあるはずもなく、もし有ったとしても、まだ外は青い虹の時間なので夜のはずだ。
一番奥の壁。さっきまで真っ暗だったはずなのに、大きな窓が現れ光が差している。
メイシアは息を呑み、吸い込まれるように窓に近づいていた。
「窓……? 」
近づいてみると、窓ではなく祈りをささげるロードとこの世界を描いた美しい絵だという事が分かったが…朝日が差し込む窓と間違えるほどの強い光を絵画が発する現象を今まで一度も見たことが無かったので、メイシアは混乱した。
しばらくは、その美しい光景に言葉が出なかったのだが、ぽつりと口を開いた。
「こんな素晴らしい絵があったのなら、村のみんなに見せてあげれば良いのに……」
外の事なんてひと時の間忘れてしまうほど、メイシアはしばしの間、
それは突然だった。
「!!」
ドキリとした。これ以上びっくりすることもないだろうと思ったいたのだが心臓が飛び出るかと思うほど脈を打った。見惚れていた絵に描かれたロードの目から涙がこぼ落ちたのだ。
驚きのあまり勢い良く後ずさったので、書棚に肩をぶつけてしまい、スカスカの書棚の本がパタパタと倒れた。
(いけない! )
慌てて書棚の本をもとどおりにしようとする。本を棚に並べると背表紙に書いてある書棚の番号が目に入った。
(……あれ? 二番の本……? )
牧師はとても几帳面な性格で、本の背表紙に書棚の番号を分類した紙を貼っているのだが、部屋の一番端の棚なので一番の書棚のはずなのに、それは二番の書棚にあるべき本だった。一番の書棚に二番の本を収納するなんてありえない。
書棚の上部を見ると二番の書棚の札がかかっている。
本は正しい書棚に収納されていたということになる。しかし牧師の整理整頓の潔癖さからいうと、書棚を二番から始めるなんて考えられない。
メイシアは周りを見回した。
と、ロードの絵の上に「1」の札が控え目にかかっているのを発見した。
(これが、一番目……? )
絵に近づいて、触れそうになった時、今まで窓のように感じていたその理由が分かった。
雲は現実世界のようにゆったりと流れ、木漏れ日も僅かながら瞬いていた。
またロードの目から涙が……
それがありえないことだと思いながらも、息をのむような美しい光景に再び見惚れてしまう。
ロードの涙に目が釘付けになっていたその時。閉じられたロードの目が開かれメイシアと目が合った。
あまりのことにメイシアは気を失い、その場へ倒れてしまった。
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