死損のヴェスティウム

蓬瀬

第0話 自由を求めて

ㅤピ、ピ、ピ、ピー。


ㅤ電子音と共に、暗闇が白い光に覆い尽くされる。音と光と共に、彼らも一斉に目を開けた。


ㅤ遠くでドアの閉まる音が聞こえる。二、三人の足音が聞こえ、ドアの開閉音が聞こえた。

ㅤ繰り返される度その音は近くなる。


ㅤそしてついに、彼らに一番近いドアが開いた。


ㅤ彼らがいる通路に足を踏み入れたのは、白衣の男一人のみ。

ㅤ隣の通路からも足音が聞こえる。残りは同じような他の通路に行ったのだろう。


ㅤ入ってきた男が、通路の壁を見ながら進んでいく。否、壁と呼ぶには窓に近い。人一人分の幅ごとに区切られている透明な壁は、両側に連続して奥まで続いている。片側に二十ほど並んでおり、中を覗くと、奥行きも幅も等しく、人間一人が辛うじて立って入れる空間が存在している。


ㅤまるで小さな部屋だ。


ㅤその中には、人が収納されていた。髪や瞳の色、背などの容姿は異なるが、性別、身に付けている物は寸分違わず、異様な程に揃っている。服と呼ぶにはあまりに簡素な、膝上丈の白い布。それ一枚を身にまとい、彼らはただ、表情筋一つ動かさずに立っていた。


「第零世代、来い」


ㅤ白衣の男が若葉色の長い髪を持つ人型の前で立ち止まり、呼びかける。

ㅤ流れるような動作で透明な壁に掌を当てると、その壁が触れた箇所から音もなく消えていった。


ㅤ中からゆっくりとした動作で、第零世代と呼ばれた男が通路へと出てくる。歩き出した白衣の男に続く前に、反対側の壁に顔を向けた。中にいるのは、プラチナブロンドの長い髪を持ち、左右異なる瞳の男。


ㅤその男のアイスブルーと金の瞳を、自身の群青の瞳に映して、彼は微笑む。


ㅤそして、音も無く告げた。


『今夜、決行するよ』


ㅤ口をそう動かし、しかし音は出さずに言葉を伝える。

ㅤプラチナブロンドの髪の男が首を縦に揺らしてから、白衣の男が不審に思う前に、彼は表情を消した。何事も無かったかのように、白衣の男の後ろに続く。


***


ㅤその夜。

ㅤヴェスティウム研究所で、事件が起こった。


ㅤ欠陥品の実験体達が、脱走を試みたのだ。主犯の他に、混乱に乗じて脱走した者も数名。


ㅤしかし、実際に成功した者は片手で数えられるほどだった。第零世代、第一世代・識別番号『六』、第一世代・識別番号『十三』、第一世代・識別番号『一九』、以上四体。


ㅤそれ以外の実験体は、封印処分された、と伝わっている。


ㅤ同時に、第零世代に手を引かれて走る金髪の男は、その瞳に初めて空を映した。新鮮な冷たい空気で肺を満たして、頬を弛める。息を吐き出し、力強く地面を蹴って、未知の世界へと飛び出した。


ㅤその出来事から、時が流れて202年後。

ㅤ彼らの物語が、一つに重なっていく。

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