食怪志異

たけ

前菜 『視肉』

視肉 ①



 ――視肉――

 手足も身体もない肉塊で、真中に小さな目が二つある。視肉は食べられるためだけにある生きている精肉で、非常に美味しく、いくら食べてもすぐに復活し、減らない。かつては山水景勝の地や有名な古代の墓所には必ずあり、旅行者や参拝者が重い食料を運ばなくてもよいようにされていたという――

                  古代中国神話




 唐の貞観の頃、河北に劉郁という男がいた。

 かれは薬屋を生業としていたので、月の始めには山に薬草を取りに入る習慣だった。

 その日もかれは、いつも通り山へと踏み込んだのだが、どういうわけか、この日に限っては、お目当ての漢方がまるで見つからない。獣道に分け入り、藪を掻き分け、あちこち探しまわっているうちに、いつのまにか普段は立ち入らないような山の奥へと入り込んで、帰り道が判らなくなってしまった。

 次第に日が暮れ始め、ただでさえ暗い山の中がより一層暗くなる。山に慣れている劉郁とはいえ、濃く墨をこぼしたような山道にはどうすることもできず、そのまま、じっと夜が明けるのを待たねばならなかった。

 空腹を覚えたが、手元にあるのは薬草や漢方ばかり。どれも腹を満たしてくれるとは思えない代物ばかり。ほとほと困り果てて辺りを見まわしていると、ふと、遠くに小さな灯りが見えた。

 これ幸いと、かれはその灯りの方へと、暗闇の中、手探りで歩いていった。

 光を発していたのは、古い霊廟の窓であった。

 霊廟は土地神を奉ったものらしく、それなりにりっぱな造りをしていた。だが、すでに信仰は失われ、人の手が入ることもなくなり、ほとんど廃墟といっても差し支えないまでに荒れ果てていた。

 こんなところに人がいるとは到底思えなかった。

 もしかしたら物の怪の類かもしれない。劉郁はおそるおそる光が洩れている窓を覗いた。

 中には一人の道士が、焚き火で何か肉のようなものを焼いている姿があるだけだった。

 肉の焼ける香ばしい匂いが劉郁の鼻腔をついた。

 劉郁は朝から何も口にしていないことを思い出して、そのまま誘われるように廟の中へと入っていった。

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